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りくろーおじさんの微笑み

その日は大阪で仕事だった。はずだった。

朝イチではじまる仕事だったため、遅れることのないよう新幹線に乗った。
新大阪駅に着く一つ手前の駅を通過する頃、知らない番号から着信。こんな朝早くに携帯が鳴るということは、おそらく良くない知らせで、今から向かう仕事がキャンセルなったという連絡ではないかという予感がした。
そしてその予感はすんなりと的中した。

私の仕事の性質上、当日キャンセルはありうることであり、やむを得ないことでもある。ただ、この日は遠方から移動していたこともあり、私は動揺した。

ひとまず新大阪駅で下車。本当なら私はここから地下鉄に乗り換えて仕事先に向かう予定だった。
しかし、大阪での仕事を失った私は、行くあてもなく新大阪駅のホームでたたずんでいた。

急遽休みになったのだから、気を取り直して大阪観光でもするべきでは、と考えたのも束の間、足早に移動するビジネスマンを眺めていると、そんな能天気な考えはすぐさま萎えてしまった。

楽しみにしていた大阪出張。しかし向かうべき目的地を失った人間にとって、新大阪駅は居心地の悪い場所以外の何ものでもなかった。
そして、行き先もないのにフラフラしている自分が、新大阪駅では許されない存在のように思えた。

いち早く新大阪駅を抜け出すべく、私は職場に向かうOLを装い、北口から最寄りのオフィスビルに向かうことにした。
気合いを入れて着てきたスーツ。背伸びして履いてきたパンプスが強がって闊歩する。
人波にのって歩き続けると、ニッセイビルに到着した。
地方では見たことのない、ビルの重厚なつくり。その立派さに驚くこともなく澄ました顔で各々のオフィスに上がっていくビジネスマン。
都会とはこういうものかと、私は文字通り圧倒されていた。そして、自分が明らかに場違いな人間であることを再認識し、そのまま来た道を戻ることにした。

一刻も早く帰らないと。そう思った時、「大阪土産、楽しみにしてるね〜」と言っていた子どもたちの顔が脳裏に浮かんだ。
そうだ。仕事はできなかったが、せめて新大阪駅でお土産を買わないと。

いつもは大行列をなしているであろう、りくろーおじさんのチーズケーキ売り場は偶然にも空いていた。
りくろーおじさんは私の孤独を知ってか知らずか、チーズケーキの真ん中でにこにこと微笑んでいた。

帰りの新幹線。今日大阪でお土産を買うことしかできなかった私は、あまりの不甲斐なさに泣きそうになっていた。私は一体に何しに大阪に行ったんだろうか。

帰宅して子どもたちと食べるチーズケーキは、この上なく美味しかった。
食べ尽くされて顔が半分になったりくろーおじさんは、今日一日の私の健闘を称えてくれているような気がした。
気のせいかもしれないけれど、そう思わないとやってられなかった。

未遂に終わった大阪出張、次こそはリベンジするよ、りくろーおじさん。

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