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映画『サラマンダー(原題:Reign on Fire)から見る『黄金伝説』第56章「聖ゲオルギオスのドラゴン退治伝説」

「ハリー・ポッター(原題:Harry Potter)」シリーズ(2001-2011)や「ゲーム・オブ・スローンズ(原題: Game of Thrones)」シリーズ(2011-2019)、そのスピンオフである『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン(原題:House of The Dragon)』(2022-)や実写版『モンスターハンター(原題:Monster Hunter)』(2020)などで外すことのできない存在として再び注目を浴びている「ドラゴン」というアイコン。古今東西の神話やファンタジー作品に登場するドラゴンだが、近年の演出や描写に大きく影響を与えた『サラマンダー(原題:Reign of Fire)』(2002)のことを忘れてはいけない。Twitterなどでは「CGだけで内容は……」と評される映画だが、その根底には日本人にはわかりにくいキリスト教の伝説があるのではないだろうか。

『サラマンダー(原題:Reign of Fire)』(2002)とは?

そもそも『サラマンダー(原題:Reign of Fire)』(2002)はアメリカとイギリスの共同制作映画で、ドラゴンによって破壊され尽くした2020年のロンドンを舞台に砦に隠れて生きるクリスチャン・ベール演じる主人公のクイン・アバクロンビーと、ドラゴンのボスの討伐を掲げるマシュー・マコノヒー演じるデントン・ヴァン・ザンを中心に描いたモンスターパニック映画である。まずは『サラマンダー』がもたらしたドラゴンの描写と演出の影響を語らずして話を進めることはできない。

『サラマンダー』がもたらした影響

ドラゴンを単なる悪役ではなく社会風刺の象徴にした映画には著名なものではパラマウント映画とウォルト・ディズニー・プロダクションが製作した『ドラゴンスレイヤー(原題:Dragonslayer)』(1981)が存在している。日本の劇場では未公開の『ドラゴンスレイヤー』。この作品では「聖ゲオルギオスのドラゴン退治」をモチーフにしつつ、ドラゴンを中心に為政者を皮肉った内容になっている。この映画でのアニマトロニクスとゴー・モーションで再現されたドラゴンのヴァ―ミスラックス・ペジョラティヴも素晴らしいが、『サラマンダー』はCGと巨大なセットを活かしてそれをもう一段階上へと引き上げた。


ドラゴンの火炎放射

『サラマンダー』はドラゴンを空爆など戦争の象徴とし、ドラゴンの単なるモンスターパニック映画からポストアポカリプス映画へと昇華させた。このドラゴンによる空爆や空襲の演出は「ゲーム・オブ・スローンズ」シリーズ(2011-2019)でも用いられているが、もっとも影響を与えたのは火炎放射の演出といっても過言ではないだろう。火炎放射を蛇が毒腺から毒を放出する様子に見立て、ドラゴンが口腔内の二つの毒腺から可燃性物質を噴出し空中で混合させてエアロゾル化させて火炎放射をするというこの演出は「ゲーム・オブ・スローンズ」シリーズだけではなく、『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』(2005)のハンガリー・ホーンテイル種や実写版『モンスターハンター』(2020)のリオレウスなどでも採用されている。

黄金伝説との関係性

この時点でも傑作なのは間違いないが、それでも「ストーリーがね……」と言われてしまうのには、日本人にはわかりにくいヤゴブス・デ・ウォラギネによるキリスト教聖人伝集『黄金伝説』第56章「聖ゲオルギオスのドラゴン退治伝説」があるのではないかと考える。聖ゲオルギオスはジョージ、ゲオルグ、ホルヘなどと呼ばれる聖人で、彼の物語は「放浪の騎士が生贄に捧げられそうなお姫様をドラゴンから救い出す」という多くの人が想像するドラゴン退治伝説の王道となっている。

「聖ゲオルギオス」なマシュー・マコノヒーと「乙女」なクリスチャン・ベール

二つのキャラクター像を比べてみるとわかりやすい。マシュー・マコノヒー演じるヴァン・ザンは野蛮な放浪する軍人として描かれているが、軍人を騎士に変えているだけで聖ゲオルギオスに近い。ヴァン・ザンは見返りに資源と徴兵を求めるが聖ゲオルギオスもドラゴン退治の見返りにキリスト教への改宗を迫っているので共通しているだろう。平和を求めるクリスチャン・ベール演じるクインが乙女などの人間を表わしているといえる。「乙女が男?」という声もあるかもしれないが、最近のNETFLIX製作「シスター戦士(原題:Warrior Nun)」シリーズ(2020-)で有名になった『黄金伝説』第100章「聖女マルタのタラスク退治」ではドラゴン退治の物語で乙女の立ち位置を男性の死刑囚が担っていたという話も存在している。

ドラゴン退治の新解釈

『サラマンダー』で印象的な描写としてドラゴン退治の場面がある。それは火炎放射をしようと大きく口を開いた瞬間に爆薬付きの矢をボウガンで撃ち込み、それによって誘爆を引き起こすというものだ。聖ゲオルギオスもドラゴン退治の際に火を吐こうとして大きく口を開けたところに槍を投げ込んで退治している。ドラゴン退治といえば剣で戦うイメージが強いが「聖ゲオルギオスのドラゴン退治伝説」ではとどめを刺すところで剣を使い、槍で戦っているとされることが多い。『サラマンダー』はそのような伝説上の表現を「火炎放射するような敵ならば遠距離からの攻撃、なおかつ柔らかい口腔を狙った誘爆攻撃が適切」と描写した影響は大きい。

「聖ゲオルギオスのドラゴン退治伝説」の再解釈

他にもマシュー・マコノヒー演じるヴァン・ザンが退治したドラゴンの牙を見せ徴兵を迫る、ドラゴンが一頭の雄を中心に雌で構成される帝国とも呼ぶべき群れをつくっている、英雄が悲劇的結末を迎えるなど、各所で『黄金伝説』で語られる「キリスト教のドラゴン退治の現代的解釈」が多い。『サラマンダー』の名場面の一つに崩壊した世界で子ども達相手に童話として『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』(1980)の演劇を行なう場面があるが、ジョージ・ルーカスがジョーゼフ・キャンベル著『千の顔を持つ英雄』(1949)を取り入れ、「スター・ウォーズ」シリーズ(1977-)を通して英雄物語の再解釈を試みたように『サラマンダー』もドラゴン退治の再解釈を試みたと考えられる。最近ではデヴィッド・ロウリー監督作『グリーン・ナイト』(2021)で『ガウェイン卿と緑の騎士』(5世紀末)の再解釈が行われたが、『サラマンダー』はその先駆けの一つなのだ。

結論

個人的にも『サラマンダー』には語り尽くせないほど愛があるので、ドラゴンを誘導する部隊の名前がエンジェルである理由(ドラゴン退治伝説には天使が手助けする話があったり、「ヨハネの黙示録」で天使ミカエルがドラゴンを地上に落とす場面が引用されていたりする)や、核弾頭で倒されなかったはずのドラゴンに斧や火薬が有効な理由(冒頭でドラゴンの異常な繁殖力に核攻撃が追い付かなくなり、結果としてドラゴンは生き残ったが人類は滅びかけた説明がある)など色々ある。それを除いても「ハウス・オブ・ザ・ドラゴン(原題:House of The Dragon)」の新シーズン制作決定したことや、「シスター戦士(原題:Warrior Nun)」シリーズのシーズン2の配信を機に『黄金伝説』や『サラマンダー』といった原典に触れてみるのはいかがだろうか。

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