黎明の01フロンティア №00-07 後編

№00-07 中編 より続く

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\後編開始
\黎明の01フロンティア


新喜教頭が落ち武者ヘアーを揺らし、黒縁眼鏡を正した。
実習生・木暮が手を伸ばし、驚きの表情で静止した。
担任教諭・麻衣子は、その冒涜的でおぞましい光景に、顔を顰めた。

黎明の機械化された脊椎ユニットに、接続ケーブルが挿入された。
BEEP!
特殊仕様のHIDが、CUI表示から強制的に画面遷移する。
戦闘機の部隊章めいた、稲妻を背負ったフクロウのトレードマーク。
襲いかからんと翼を広げ、嘴から一対の砲身が突き出し、火を噴いている。
[<MASTER>: 接続確認 同期開始 …… ハンターキラー β0.9.201 起動]

BOOOOOOOOOOOOOOM……。
両の鼓膜にエコーがかった低音が突き抜け、歪んでいく!
吐き気を催す、強烈な酩酊感!
身体が無重力に投げ出されたように、方向感覚が喪失する!
視界を走馬灯めいて駆け巡る、プリズム析出したような七色光!
己の精神――神経感覚『だけ』が加速し、時は遥か彼方に取り残される!
その瞬間、黎明の脳髄は電子の仮想世界と『一体化』した!
機械が黎明の一部になったのではない。
黎明の脳髄が、電子機器の外部デバイスとして『接続』されたのだ!

現実世界の黎明は、ダウナードラッグの急性中毒患者めいて脱力する。
感覚野は異常を来し、見開かれた双眸は焦点が定まらない。
脳神経の未使用領域を含めた大部分が、HID制御に明け渡された。

電子の奔流が全身を駆け抜けるのを、黎明は感じた。
物理肉体のあらゆる感触は、脳髄で処理された電気信号の産物だ。
脳が『触った』電気信号は、物理肉体による『感触』と等号で結ばれる。
黎明の存在は肉体を失い、剥き身の『精神』となった。
ただ01の世界でエミュレーションされた『概念』に過ぎない。
「……レイ……」
不可視の乙女が、黎明の脳に直接語りかける。
その言葉は躊躇いがちだった。
「よせよ、プランセス。お前がシャキっとしてなきゃ、しまらねえだろ」
乙女は沈黙し、電子の海に揺らめく。
黎明は不可視の腕を伸ばし、乙女の手に自分の手を重ねた。
……少なくとも、黎明はそう『感じた』。
どろりとした背徳的な感覚を伴い、甘美な昂揚が去来する。
『二人』は物理世界を超えた魂の空間で、『概念』となって重なり合う。
「…………ッ…………ッ!」
乙女は歓喜とも嗚咽ともつかぬ、言葉にならない声を震わせた。
「さて、始めるか。やろうぜ、プランセス」
「…………はい」
黎明は乙女の腕を『取ると』、指揮者めいて腕を『振り上げた』。
「姿形は見えなくても、お前はいつだって美しいぜ」
「…………はいッ!」


BUZZ!
[COUNTER: …… リソース回復!…… ホスゲン マスタードガス 2種展開]
それらは遅構成の破壊効果を持つ、違法な欺瞞プログラムだ!
[CLEAR: MC-III プライベーティア 中和完了 論理防壁 再構築 ……]
多数の接続点から押し寄せるウィルスを、瞬く間に制圧する! 
「えっえっこれは……一体何が起こってるんだ?」
新喜教頭が冷や汗を垂らし、狼狽して木暮と麻衣子を交互に見た!
「何なんだこれは! 鍛冶屋、貴様ッ!」
[STANDBY: 発信源を 逆探知 即時 攻撃開始 接続端末 解析中……]
[ANALYSE: 接続試行 …… 遮断 三層型 ファイアウォール 多数確認]
[BREACH: DM147 グラーフツェッペリン 準備完了 …… 展開]
[INTERCEPT: バリケード Ver.4.3.105 中和 …… ガードマン Ver.6.1 中和]
[ASSAULT: 突破確認 DM51 ファルシルムイェーガー 準備完了 …… 展開]
黎明の脳神経でブーストされたHIDが、恐るべきスピードで逆襲!

BUZZ! BUZZ!

木暮と麻衣子の懐で、HIDのアラートが悲鳴めいて鳴り響く!
「なっ、何だ!」
木暮が慌てふためいてHIDを取り出す!
「ハッキングだと! こ、この短時間でッ!? バカナーッ!」
電源ボタンを長押しして強制シャットダウン!
……だが、無駄! ボタン操作を一切受け付けない!
「クソッ、クソッ! 何だ、何が起こってるんだ!」
……ZAP!
ハンターキラーの起動画面と同じ、フクロウの意匠が画面に乱入!
お前たちは 見えているぞ ほら 捕まえた!
無機質なダイアログが、威圧的に表示される!
[SEIZURE: システム 制圧完了 …… 内部情報 収集 アップロード します]
「クソッ、あれを止めなきゃ駄目か畜生!」
木暮は舌打ちし、ケーブルを接続して酩酊状態の、黎明を見据えた!
(こいつで止めだ)
[ASSAULT: DM87 カノーネンフォーゲル 準備完了 …… 展開]
しかし遅い! 死を呼ぶ怪鳥は、既に電子の海を飛び立った!

BUZZZZZZZZZZZZZ!

応接室に鳴り響く、断末魔めいたブザー音!
YOU MUST DYE!…… FROM KANONENVOGEL WITH LOVE
「あっ……」
木暮のHIDがブラックアウト!
脱力した彼の手からHIDが滑り落ち、床をバウンドした!
[NEUTRALIZE: システム オールクリア …… 脅威の数: 9 破壊: 1 制圧: 8]
[<MASTER>: グッジョブ、プランセス。接続、同期解除する]
[THANKS: お手を 煩わせました …… …… …… ありがとう ございます]
ハンターキラーが終了し、黎明の感覚野が正常化される!
黎明は即座に、脊椎ユニットの接続ケーブルを、引き抜いた!
激しい酩酊感に脳髄が揺さぶられ、吐き気が込み上げる!
黎明は口元を押さえて呻くと、気合いで吐き気を飲み込んだ。
そして、凍りついた三者に視線を戻した。
「失礼……お待たせしました」

「か、鍛冶屋、くん……? い、今のは、一体、な、何なんだね……?」
新喜教頭がパクパクと口を開き、やがて恐る恐る質問した。
「順を追って説明しますよ、教頭先生。ですが、その前に――」
黎明は木暮に視線を移した。
「俺にハッキングした理由を説明してもらいましょうか。木暮先生」
その言葉に木暮はハッとすると、床のHIDを掴み取る!
「言いがかりは止めろ、鍛冶屋! 自分が何をしたか解ってるのか!」
威勢よく言いながらも、足はじりじりと動いていた。
「いいか! これはれっきとした違法行為だからな!」
形勢逆転と見た木暮は、応接室を駆け抜け、廊下に飛び出した!
「俺を怒らせたらどうなるか、貴様に思い知らせてやる!」
木暮はドアの陰から顔を突き出し、捨て台詞を吐いて逃亡!
「おい、どこに行くんだ木暮クン! ……木暮クン! 戻ってきたまえ!」
新喜教頭が狼狽し、大声で喚き散らす!
傍らで麻衣子は、両脚を震わせながら、懐のHIDを取り出した。
「心配には及びませんよ、剱持先生」
黎明は努めて物腰柔らかに、麻衣子を見据えた。
「システムは破壊してません。あなた方は、踏み台にされただけですから」


黎明は応接室のドアを潜り抜けて、一つ大きな伸びをした。
「クソッタレ、昼飯を食べ損なったな……」
階段に向かおうと歩き出した時、物陰から飛び出す女子の姿。
――BAM!
「あッ……!」
クラスメートの左右田夏目が黎明を見て、尻餅をついた!
夏目はスカートの裾がはだけるのも構わず、真っ先にHIDを握り締めた。
「あッ! あの…………ごッ、ごめんッ……なさいッ……」
夏目はバツが悪そうな面持ちで、黎明から視線を背けた。
今にも泣き出しそうな慌てぶりだった。
[ANALYSE: ID確認 …… 左右田夏目 …… 一ノ宮第三高校 1年A組 ……]
侵入したHIDたちから抜き出した情報が、黎明の脳裏を一瞬過ぎった。
「どこ見て歩いてる。気をつけろ」
黎明は言って、右手を差し出した。
「えッ……」
夏目は訝るように、その手を見上げた。
黎明はその姿を見て、深い溜め息をこぼす。
「……まあいいさ」
黎明が手を引こうとした時、夏目の片手がおずおずと伸ばされた。
躊躇うように、一瞬ピクリと手が硬直し、黎明の手を握った。
「……あり、がと……」
黎明は夏目を引き起こしながら、然り気無くスカートの裾を払い落とした。
「……あ、あの……」
夏目の言葉を待たず、黎明は背を向けて歩き出した。
「……あの……えっと……あ、あの……か……かじ……鍛冶屋くん!
裏返った大声が飛び出し、夏目は自分で恥ずかしくなった。
黎明は、背を向けたまま立ち止まる。
「……あの……あのッ! あれ……あれッ! 貴方ッ! だったの……?」
「さあねェ。あのとかあれとか、抽象的なことばっか言われてもねェ」
「あ、あのッ! あのHIDにパッて出た、あの……マーク!」
人語を覚えたてのロボットのように、ぎこちない喋り方。
黎明は堪らず肩を揺らして、ククク……と失笑した。
「さあねェ! どうして、俺だと思ったんだい?」
そう言って片手を振ると、振り返らずに歩き出した。


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非公式 エンディング: Novallo「Visually Silent

\黎明の01フロンティア
\ORDER №00 CHAPTER 07
\追跡 …… 100% complete

\NEXT CHAPTER ⇒ №00-08
\逆襲 …… coming soon

[APPRECIATION: THANK YOU FOR WATCHING !!]

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