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黎明の01フロンティア №00-05 前編

№00-04 後編 より続く

静まり返った会議室。
男の手が、勝ち誇ったように書類を叩きつけた。
「いやぁ、ボクらは本当に便利な時代を生きてますよねぇ……」
そこに記された無数の文章と、画像。
「その気になれば、他人の大事なモノがいとも簡単に盗み出せてしまう」
おいそれと他人には見せられないもの。
「ちょっ、うそ、これ……これって、いやだ、本当に」
男は女の狼狽を見て、下卑た愉悦に顔を歪めた。
「……あなた、これをどうやって! これはれっきとした犯罪行為よ!」
「だから何ですか? ボクに言わせれば、盗まれた人がアホなんだ」
男はおもむろにHIDを取り出し、フリック操作を数回。
「その気になれば、世界中にばら撒けるんだよなぁ……」
女の表情が凍りつき、そして青褪める。
「タッチ一つで……ヒヒヒ、未来永劫、恥部が他人の晒し物……」
「やめなさい! そんなことをしたら、あなたは――」
「授業中の学校で! こいつを、生徒全員に見せてやってもいいんだぜ!」
それきり女は言葉を失い、膝がかくかくと震え出した。
「どうすればいいか……わかってるよなァ?」


\黎明の01フロンティア
\ORDER №00 CHAPTER 05
\暗雲

非公式 オープニング: Novallo「Angle of Perception

――――――――――

生徒指導室。
黎明と多計夫は、担任教諭・麻衣子の叱責に直面していた。
ドンッ!
麻衣子の拳が、テーブルを音も高らかに叩いた。
「あなたたちはッ……一体何を考えているの!」
多計夫が大柄な身体をビクリと震わせ、隣の黎明を盗み見た。
「俺は、売られた喧嘩を買ったに過ぎませんよ。剱持先生」
黎明は生傷と出血の残った仏頂面で、麻衣子を冷静に見据える。
「理由が何であれ、暴力は駄目! 学校では暴力沙汰は一切禁止です!」
弁明の余地を許さず、麻衣子はピシャリと断言する。
「……それ以前に、そもそも人ととしての常識の問題でしょう!」
(やれやれ……こいつも、巡り巡る業(カルマ)ってヤツかネ)
黎明に後悔は無かった。
しかし同時に、自分の運の無さをほとほと嘆いた。
「謹慎でも退学でも、お好きにどうぞ。こっちの方は知りませんが」
黎明の肘が多計夫を小突くと、多計夫は顔を顰めて振り払った。
「私が言いたいのは、正にそういうところなのよ!」
バシンッ! 麻衣子の平手が、テーブルに打ちつけられる。
「鍛冶屋くん! あなたには、申し訳なさというものは無いの!?」
「……誰に対してのです?」
黎明は人差し指でテーブルを突き、眉にシワを寄せる。
「お互い傷つけあったのは、当事者同士の合意の上では?」
麻衣子の拳が握り込まれ、苛立たしげにテーブルを打った。
「あなたはまだ高校生でしょう! もっと大人の話を素直に聞きなさい!」
(興時間の無駄だぜ……これじゃあ埒が明かねえ)
「手短に、結論だけお話頂けませんか?」
「いい加減にしなさい! あなた最近、大人の手伝いをして調子に乗ってるみたいだからハッキリ言うわ。学生としての本分を弁えなさい!」
黎明は咄嗟に激昂に駆られ、拳を握った。
そして、テーブルに振り下ろそうとして……止めた。
諦めのこもった眼差しで麻衣子を見据えると、溜め息と共に肩を落とす。
「ええ、そうです。悪いのは俺ですよ……間違いありません」

放課後。
黎明は傷だらけの顔で、学習机に足を乗せて息をついた。
[VOICE ONLY: レイ …… サーバから 抽出した 不審な 暗号化 ファイル ですが]
「おう、そうだったな。すっかり忘れてたぜ」
ヘッドセットに向かって語りかける黎明に、二人の生徒が近づいた。
学級委員長の實藤郁世と、双子の弟の實藤郁人(じっとう・いくと)。
二人は、小学生時代からの黎明の幼馴染だった。
「どうしたんだよ實藤兄弟、二人揃って。放課後は部活だろ?」
「あのさ、レイ。私たちに、何か話しとくことがあるんじゃないの?」
「何だよ。改まって」
机上に乗せた足を下ろすと、黎明は二人に向き直る。
「昼休みに、多計夫に呼び出されたんだって? その話で持ち切りだぜ」
「先輩たちと殴り合ったってホントなの?」
「まあ、見ての通りだな」
黎明は少し罰が悪そうにはにかんで見せた。
「怪我、大丈夫なの? 病院で診てもらった方がいいよ、絶対」
「心配させちまって悪いな」
「お前のことだから、心配はしてないけどな……で、勝ったのか?」
「少なくとも、負けちゃいないさ」
「そういう問題じゃなくて!」
声を荒げる郁世を、黎明と郁人が驚いたように見つめた。
恥ずかし紛れに、コホンと郁世が咳払いする。
「担任の先生に、早速睨まれてるよ。もう少し、身の振り方も考えなきゃ」
「剱持先生、レイに対しては特・別、当たりキッツいよな!」
二人の言葉に、黎明は顔を綻ばせる。
「自分の職務に……それだけ、真剣ってことなんだろ」
黎明は欠伸まじりに席を立つ。
「もう帰るぜ。積み残した『宿題』があるんでね」
「あんたさ、もう高校生だよ。殴り合いとか、そういうのは卒業しなきゃ」
「ご忠告、痛み入ります」
黎明が仰々しく胸の前に手を当てると、郁人が堪え切れずに吹き出した。
「もう! 真面目に聞きなよ!」
「聞いてるよ。いつも見守ってくれてて、本当にアリガトな」
黎明は学生鞄を手に取り、郁世と郁人の顔を交互に見つめた。
郁人は陽気に笑い返し、郁世はしかめっ面で腕組みして、鼻を鳴らした。

アフター5の街中は、仕事上がりのビジネスマンで賑わっていた。
黎明は、市街地の片隅を自転車で駆け抜ける。
[INTEL: 前方 100メートル 道路工事中 迂回を 推奨します]
「最近多いよなー道路工事。電柱の無線化もいいけど……」
BUZZ!
[CAUTION: 付近にて ハッキング 行為を 検知 周囲の 状況に 警戒]
「なんだ、俺の端末じゃねえのか?」
黎明は咄嗟に自転車を止め、スマートグラスの表示を注視した。
[ANALYSE: 不明 …… 自己 HIDに 異常接続 なし …… 状況 解析中]
何が起こってやがる。
雑踏でごった返す周囲を、黎明は360度見渡した。
「ギャーッ!」
遠くから聞こえる悲鳴!
立て続けに響く、何かの衝突音!
そして――ドゥルルルルルッ!
酩酊したようにふらつきながら、猛スピードで疾走する自動車!
対向車線からはみ出し、こちら側を目がけて躍り出る!
BUZZ!
[DANGER: 暴走自動車 衝突コース 予測! 回避行動を 取ってください!」
「――ッ! 何だとッ!」
対向車の鼻先を掠め、恐ろしいスピードで自動車が迫る!
黎明は慌てふためき、自転車をローギアで漕ぎまくった!
ギャルルルルルルッ!
前方に飛び出した黎明の数十センチ背後、暴走自動車が飛び込む!
ガッシャ――ンッ!!!!!
ショーウィンドウを突き抜け、ビル1階の高級衣料店に突っ込む自動車!
「「「「「ギャーッ!」」」」」」
そこかしこで巻き起こる悲鳴!
黎明は後輪をドリフトさせて停止!
「何だッ! 一体何だってんだッ!」
歩道のそこらじゅうでへたり込む通行人!
反射的に懐のHIDを抜き、本能の赴くままに撮影する者共!
「バッカ野郎が! 撮ってる場合かよッ!」
黎明は自転車を放り出し、事故現場に脇目も振らず突っ込んだ。
「プランセス! 救急車を呼べ! それと、警察と消防に連絡!」
[CALLING: 既に 実行済みです 緊急車両 到着 予測時刻 15分後]
「クソッタレ! この混雑状況じゃ無理もねえ!」
割れ砕けたショーウィンドウを跨ぎ越す!
(まさか、こんな場所から入店する羽目になるとはな……)
「おい、あんた! 何やってんだ!」
HIDを握り締めたビジネスマンが、黎明の行動を見咎めた!
黎明は激しい憎悪の眼差しで一睨みし、荒れ果てた店内に歩み入る!

店内に散乱する衣料品!
床に残ったタイヤ痕と、血を引きずったような痕!
跳ね飛ばされて、無惨に転がった人々!
「ママ゛―――――ッ!!!!!」
血塗れの母親の傍らで泣き叫ぶ女の子!
(くそっ……くそっ……くそっくそっくそっ!)
黎明の全身に悪寒が駆け廻り、あの日の光景がフラッシュバックした。
(一体、誰から助けりゃいいんだよッ!)
商品棚を一直線に蹴散らし、店内最奥の壁で停止した自動車!
店内で無傷の客たちは、我先にと押し合い圧し合い、出口を目指す!
「誰か――ッ! 千恵美が、千恵美が! 誰か助けて――ッ!」
絶叫にも似た懇願! 黎明は声の方向に駆け寄る!
「おい、大丈夫かッ!」
黎明はしゃがみこむ女性に駆け寄り、言葉を失った。
足元には、絡み合った衣服でもみくちゃにされた女性。
黎明の中で、感情が音を立てて切れた。
[CAUTION: 直ちに 現場からの 離脱を 強く 推奨します]
「うるせぇ! いいから黙ってろ!」
黎明は全身の打撲傷が痛むのも構わず、両手で服の海を掻き分ける!
中から現れたのは……おぞましく変形した若い女性の姿!
手足がおかしな方向に変形し、頭部からは出血!
「ア゛―――――ッ! 千恵美ィ―――――ッ!」
傍らの女性は成す術もなく泣き叫ぶ!
「ヤバいな。取り敢えず、呼吸と脈拍を確認だ……って、オイ!」
女性は黎明を手荒く払い除け、変わり果てた友人に縋りつく!
「何で―――ッ! 何でよ―――ッ!」
「いいから離れてろって! 手当てしねぇと死んじまう!」
「千恵美ィ、千恵美ィ、千恵美ィ……何とか言ってよォ――ッ!」
潰れた自動車から立ち上る黒煙。
悲鳴と怒号に埋め尽くされた店内。
……勢い勇んで歩み入った地獄の只中。
黎明はただ、成す術も無く立ち尽くすほか無かった。


\前半終了
\黎明の01フロンティア

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