黎明の01フロンティア №00-03 前編

(筆者注・この記事は2018/11/12 18:15に、前・後編に分割されました
№00-02 学園 より続く

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Handheld Intelligent Device ―― HID(ハイド)。
新時代の携帯端末は、情報化のブレイクスルーを齎した。
人、物、金……あらゆる物がネットワーク化されて管理される世界。
ちょっとした知識があれば、誰でも不正プログラムが拡散できる時代。
それは、高度情報セキュリティ社会の到来をも意味する。
法の支配は時代に追いつかず、人の倫理と尊厳は軽んじ、踏みにじられた。
――守らねば、盗られる。
ネットワークの頸木で支配されたこの世界に、もはや聖域など無い。


\黎明の01フロンティア
\ORDER №00 CHAPTER 03
\予兆

【非公式 オープニング: Novallo「Angle of Perception」】

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20XX年、6月某日。一ノ宮第三高校、1年A組・教室。
3時限目の教科は、公民であった。
担当教諭は40代の肥満・岸川英明(きしかわ・ひであき)。
黎明はスマートデスクに頬杖をつき、退屈そうに耳を傾けていた。
眼前には、折畳型の有機ELモニタが展開されていた。
表示は左右で2分割され、教科書とノートの領域に別たれている。
デスクは専用サーバクライアント・システムで常時オンライン状態。
生徒たちのHIDが常時接続され、出欠が自動確認される仕様だ。

「現代のインターネットは、医療や水道に等しい基幹インフラで……」
スマートデスクに、HIDから割り込み通知がPOP。
[ALERT: 脅威を検知 不正侵入の 可能性あり]
授業中の不意討ちクラックアウト(若年層で流行するハッキング遊び)だ。
「止せばいいのに……」
呟く黎明は、悪意のこもった視線を敏感に感じ取る。
[CLEAR: カノンホウ 及び キヘイタイ を ブロック 隔離実行]
クラスの不良・横山多計夫(よこやま・たけお)が、黎明を見て嘲った。
(こいつ、教卓の目と鼻の先……最前列に座ってる癖に、良くやるぜ)
[READY: 発信源を 逆探知 攻撃しますか?]
黎明は、音を立てないようにソフトキーボードをタイプ。
[<MASTER>: HID 攻撃承認 <適用除外> スマートデスク]

1秒に満たないタイムラグ。
(うちのAI……プランセスは凶暴だぜ)
[STANDBY: 了解 条件に従い 対象に侵入 破壊を実行 …… 解析開始]
(よく味わえよな)
[ANALYSE: 接続施行 …… 遮断 一層型 ファイアウォール 確認]
(一層型? 舐めてんのか? 裸同然だ、今までよく侵入されなかったな)
[BREACH: M101A5 Mod.1 バッティングラム 準備完了 …… 展開]
[INTERCEPTION: ミハリバン Ver 2.3  中和 …… ヨージンボ Ver 5.01 中和]
[ASSAULT: 突破確認 M13 Mod.6 フレイムスロワー 準備完了 …… 展開]
この間およそ3秒。
多計夫が異変に気付き、スマートデスクに視線を戻した。
[ASSAULT: システム 制圧完了 M26A3 バレルボム  準備完了 …… 展開]
黎明は密かに、左手の指をパチンと鳴らした。

BUZZZZZZZZ!

授業中の教室に響く、大音量のアラート音!
「ア゛ーッ! 俺のHIDがァ―――――ッ!!!!!」
多計夫が絶叫して机にかじりつく!
[DESK №36: 状態:接続なし / HID 接続 確認できません …… ]
多計夫のHIDはブラックアウト! 後悔してももう遅い!
「こら横山、うるさいぞ! そこで何してる!」
岸川が顔を顰め、多計夫をぴしゃりと怒鳴りつけた!
[NEUTRALIZE: システム 破壊成功 …… 脅威の数:1 …… オールクリア]
[<MASTER>: ナイスワーク、プランセス!]
[CERTAINLY: 当然です あの程度 まるで 案山子ですよ]
ガンッ! 多計夫が椅子を蹴り飛ばし、憎々しげに黎明を睨む!
「ちっくしょう!」
多計夫は壊れたHIDを引きずり出すと、教室の扉を乱暴に開けた!
「おいこら、横山! どこ行くんだ、授業に戻れ! ……横山!」
「うるせえ!」
ガラガラッターン! 多計夫は引き戸を閉ざして退室!
余りに突然の出来事に、教室は一瞬、真空めいた静寂に包まれた!
「……えー、それじゃあ、まあ、授業を続けます」
岸川は諦めたように頭を振り、授業を再開させる。

20分後。
「えー、みんなも知っての通り、この事件が日本中を……」
岸川の手が電子ボードをフリックして、「その名前」を表示させた。
一ノ宮駅 無人運行トラム開業式典 爆破テロ
黎明は激しく顔を顰め、強い憎しみを込めてその文字を睨んだ。
――充満する黒煙。
――電気のスパーク。
――飛び散る血肉。
――方々で響く、泣き声と断末魔。
吐き気を催す記憶が、鮮烈に脳裏に蘇る。
(くそったれ……)
あの時の恐怖・苦痛・憎悪が、今の黎明を形作る原風景となった。
(他人事みたいに言いやがって……くそったれ!)
黎明は悪態を口に出さず、拳を握り締めて耐えた。
噛み締めた唇が切れ、血が滲んで伝い落ちる。

[VOICE ONLY: 午前11時を お知らせ します]
左耳のヘッドセット越しに、その声は響いた。
岸川の講釈する声を、プランセスがインターラプトした。
[VOICE ONLY: Pomme Prisonnièreは 待機中です]
その合成音声は、淀んだ水に波紋を立てるようだった。
張りつめた神経がフッと鎮まり、黎明は平静を取り戻す。
「はい。無人運行トラムは、現在ではこうして……」
電子ボード上で写真が切り替わり、各地方都市の様子を映していく。
「各種鉄道は、この事件を教訓に、セキュリティを強化……」
監視カメラ、有象無象のセンサー、警備ロボットの画像。
「電車内での危険行為を、未然に防止する……」
その姿はまるで、国家と鉄道会社が遣わした伝道師のようだ。
(……だがよ。そいつら全部、ネットワークに繋がってるんだぜ!)
「あー、先生が子供の時と比べると、便利な時代になりましたねぇ」
岸川は腕組みし、感慨深げに呟いてみせた。

一通りの講釈が終わったところで、3時限目のチャイムが響いた。
「はい、じゃあこの次は予定通り、電脳犯罪についてディベートです」
岸川は教室を見渡すと、授業を締め括った。
学級委員長の實藤郁世(じっとう・いくよ)が、終わりの号令をかける。
「礼!」
「「「ありがとうございました!」」」
黎明は電子ボードを睨んだまま、無言で深く溜め息をついた。
「おい、どうした? ……まさか、悲惨な光景を見て、胸が痛んだか?」
右隣の机から、男子生徒のからかうような声が飛んでくる。
江熊グループの取り巻き、藍沢直之(あいざわ・なおゆき)だった。
「よく聞こえなかったが。今、なんつった?」
黎明は気色ばみ、殺意のこもった眼差しで藍沢を見つめる。
「なっ、何だよ……クソッ、短気なヤツだな」
「おーい! 鍛冶屋くーん!」
教室の戸口から岸川が顔を出し、野太い声で黎明を呼んだ。
黎明は露骨に不機嫌な表情で、不承不承に椅子を立つ。
「あい! 何すか先生!」
「ごめーん! またちょっと問題だそうだ! 職員室までヨロシク!」
岸川は気軽に告げると、弛んだ腹を揺らして歩き去った。
藍沢が不機嫌そうに舌打ちした。
「うっぜえな。先公に気に入られてるからって、いい気になるなよ」
黎明もまた舌打ちし、椅子を教卓に突っ込んだ。
「そんなんじゃねえよ」
藍沢は冷ややかに鼻を鳴らし、椅子を立って歩き去る。
「全く……ただ働きで使い倒そうなんざ、いい度胸だぜ」
黎明は吐き捨て、教室を出ると職員室を目指した。

\前半終了
\黎明の01フロンティア

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