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黎明の01フロンティア №00-06

№00-05 後編 より続く

――――――――――

一ノ宮市郊外。
住宅街の一角にある、二階建ての一軒家。
「鍛冶屋」の表札は、何の変哲も無い。
小さな庭は、自動芝刈りロボットによる手入れが行き届いていた。
家の中では、自動掃除ロボットが最低限の清潔さを保っている。
一見この時代では、何の変哲もない生活空間。
否、断じて否である。
プライベートな生活空間の各所には、無数の対人センサーと監視カメラ。
何故?
答えは、隠し扉の向こう側に秘められた、地下室にある。
コンクリート打ちっ放しの殺風景な箱庭。
野獣の息遣いめいて絶えず唸り続ける、無数のHDDのシーク音。
それはハイエンドの、連結型水冷ワークステーション群。
天井のLED灯が、炎の揺らめきをアルゴリズムで再現して胡乱に輝く。
テーブルには、大型液晶の3面ディスプレイ。
高級な肘掛椅子に座る、猫背でボサボサ頭の中年男。
分厚い眼鏡が、ディスプレイの明かり
を青白く照り返した。


\黎明の01フロンティア
\ORDER №00 CHAPTER 06
\未明

【非公式 オープニング: Novallo「Angle of Perception」】

――――――――――

黎明は自宅の門前に辿り着くと、周囲を確認しながら自転車を降りた。
屋敷と外を隔てる、小ぢんまりとした門扉。
黎明は、無数の対人センサーと監視カメラの「視線」を感じた。
BEEP! ……CLICK!
高精細カメラが黎明を顔認証し、門扉が自動で解錠された。
黎明は門扉を開き、自転車を押して歩み入る。
彼の背後でひとりでに門が閉ざされ、自動的に施錠された。
カーポートの透明屋根の下で、自転車のスタンドを立てて一息つく。
「義父(とう)さん、まだ仕事中かな……」
黎明は呟きながら学生鞄を手に取り、玄関に向かった。
眼前には、一見何の変哲もないドア。
ドアノブに親指を押しつける。
「ただいま、義父さん」
電子ロック端末が指紋と声紋を認証し、乾いた合成音声が放たれる。
[CERTIFY: 鍛冶屋黎明 ID 確認 …… お帰りなさいませ]
BEEP! ……CLICK!
黎明は、玄関のドアを押し開けた。

土間で革靴を脱ぎつつ、靴棚の上のガラス液晶を見遣った。
熱帯魚の泳ぐ光景は、本物の水槽と見紛わんばかりだが……紛い物だ。
PATTER, PATTER, PATTER ……!
フローリングを叩く、金属質の足音。
黎明の帰宅に気付いて駆け付けたのは、四肢が義足の室内犬だった。
「ただ今、サトリ」
サトリと呼ばれた雑種犬は、黎明の足元で座り込んだ。
その尻には、あの感情を表す尻尾が、無い。
彼は子犬の頃、家主の狂人に虐待され、四肢と尻尾を切断された。
辛くも命を永らえ、義肢を得た今では走れるほどに回復した。
黎明はサトリを見る度、この世には確かに邪悪が存在する、と実感する。
「飯、食ったか」
学生鞄を抱えて歩く黎明の側を、サトリがとことことついて行く。
黎明は二階へ続く階段を登ると、サトリも階段を駆け上がる。
南側の、日当たりの良い四畳半。
黎明は学生鞄を投げ出すと、スタンバイ状態の水冷PCを復帰させた。
HIDを懐から取り出し、PCから伸びたクレードルに接続する。
[CONNECT: マザーとの 接続を 確認 データ 同期 します……]
「夕飯が終わったら、暗号化ファイルの解析に取りかかろう」
[SYNCING: 了解 サーバ からの 抽出 ファイル マザーに 移行します]
「頼む。ファイル移行後は、念のためにHIDをスキャンしてくれ」
黎明は告げると、スマートグラスを外して机の上に置いた。
[TRANSFER: 了解 …… ファイル 移行中 ……]
そして、サトリを引き連れて部屋を後にする。
家の中なら、ヘッドセット一つで、どこでもプランセスを呼び出せる。

洗面台で顔を洗った黎明は、痣と生傷だらけの顔を見て苦笑した。
「ひでえ顔だ……全く」
そう言えば、まだ医者にかかってないんだった。
黎明は頭を振ると、居間のドアを押し開ける。
がらんとした居間は、ただ静寂に包まれていた。
サトリが室内ケージに歩いて行き、空の餌皿と黎明を交互に見つめた。
「この調子だと、義父さんは『秘密基地』に籠りっ放しだな」
黎明は呟き、餌皿を有機ドッグフードで満たした。
水受けにも水を補充すると、餌皿と一緒にケージに置く。
サトリはすかさず餌皿に飛びつき、ドッグフードに食らいつく。
元気そうな姿に黎明は微笑むと、キッチンで寸胴を準備した。
水を注いで、電子コンロの火にかける。
乾燥パスタ、水菜、オリーブとムール貝、オイルサーディンの缶詰。
炊飯ジャーに米を入れ、出し汁と安ワインを半々でスイッチオン。
玉ネギを刻んでアルミ鍋で炒めると、ジャガイモと一緒に水で煮込む。
パスタを茹で、鍋のジャガイモを潰し、牛乳を加えてコショウを少々。
やがてご飯が炊き上がった。

黎明は、足音が居間にやって来るのを聞いた。
「おっ、旨そうな匂いがするなァ……」
この家の主・鍛冶屋誉(かじや・ほまれ)のご登場だ。
丁度、居間のテーブルに夕食の準備が整ったところだ。
「やーあ黎明くん、今日は随分と遅かったじゃあないか」
「義父さんこそ、折角の休暇なのに、地下室に籠りっ放しかい?」
誉はキッチンの片隅を探り、温いギネスの小瓶を一本取り出した。
「あーあ、まあねえ……積み残した仕事が気になってサ……」
POP!
ギネス瓶の栓を抜くと、誉は立ったままぐびぐびと飲んだ。
「夕飯、食べようよ」
「あーあ……そうしようか」
二人は居間のテーブルにつき、夕飯に手を合わせた。
「ニュースでも見るか」
誉の一声で、大型のスマートTVがニュース番組を映し出す。
『中宮一丁目の一帯は、事故から数時間たった今でも……』
中継現場は、他ならぬ自動車が突進したビルの前。
「うわっ、こりゃ凄いな―。滅茶苦茶じゃないか……」
他人事めかして呟いた誉は、黎明が真顔になるのを見て取る。
「暴走自動車さ」
「……何で知ってるの?」
「さっきまで、あそこに居たから」
黎明はニュースから目を逸らし、出来立てのパスタを咀嚼する。
『女性一人が、全身の骨を折る重傷……命に別条は無いという……』
黎明がフォークを持つ手を止め、表情を和らげて深い溜め息。
「良かった……生きてたんだ……」
誉は訳も分からず目を瞬くと、無言でギネス瓶を飲んだ。
「っていうか、その顔どうしたの? また喧嘩かい?」
黎明は意味深に笑って、誉の顔を見返した。
「2か月は大人しくしてたんだけどね」
「羨ましいねえ。俺はこの年になるまで、殴り合い一つも経験ないから」
「郁世のヤツから、そういうのは卒業しろって怒られちゃったよ」
「あ~郁世ちゃん! もう随分見てないなぁ」
「学校どころか、クラスまで一緒でさ。まあまあ元気でやってるよ」
「そうかい。そいつは良かった……」
誉は口角を上げて頷きつつ、黎明の表情が曇るのを横目に見た。

「あー食った食った」
誉はレーズンバターの燻製を抓みながら、新しいギネス瓶を開けた。
「飲み過ぎに気を付けなよ、義父さん」
「あいあい」
黎明は誉の幸せそうな横顔に微笑みかけると、居間のドアを開いた。
「何か心配ごとでもあるのかい? 黎明くん」
黎明の手がピタリと止まる。
「……うん、まあね。ちょっとした野暮用だよ」
「俺さ、ちょっと作業が煮詰まっちゃってサ。何か暇つぶし無いかな?」
黎明は両手を組んで伸びをすると、欠伸をこぼした。
「ちょっと面白くて、ヤバいのがあるんだけど……」
「見る」
誉はギネス瓶を片手に、黎明の隣に歩み寄った。

「暗号化ファイルだって?」
黎明の自室で、誉はレーズンバターを齧って問うた。
「ああ。学校のサーバをスキャンしてる時に引っかかったんだ」
「うん……いや、ちょっと待ってよ黎明くん!」
誉が片手で突っ込みを入れた。
「何で生徒が学校のサーバをスキャンするのさ」
「そこはまあ、色々あってさ。こちとらただ働きで参ってるよ」
水冷PCのディスプレイ上で、抽出されたファイル群を展開する。
「それって凄いよ! ……いや良いことかどうかは知らないけどサ」
誉は半切れのレーズンバターを、歯並びの悪い口に放り込んだ。
「黎明くん……全く君って男は俺の知らぬ間に、どんどん大人の階段を登って行っちゃうんだねェ」
興奮してまくし立てる誉に、黎明は肩を竦めてみせる。
「プランセス。ネットワークはクローズドか?」
黎明は、HIDをクレードルから外して問うた。
[SHUTOUT: 外部接続遮断 現在 マザーは 完全な スタンドアローン です]
「よし、解析ツールスタンバイ。仕事を始めよう」
[STANDBY: 了解 解析ツール 起動します]
「それにしても、この大量のファイルは何だい!?」
「良く解らないんだ。念のために、一切合財をサーバから切り離してきた」
驚く誉を横目で見て、黎明は液晶ディスプレイに視線を戻す。
「基幹プログラム領域に収納されていたみたい。どうにも不自然なんだ」
「なるほど、膨大な量の暗号化ファイル、か……」
黎明は無造作に一つのファイルをクリックし、展開した。
表示されたのは、意味を成さない無数の文字列。
「一体何の為に、こんな大量のブツを忍ばせていたのか……」
「容量がやけに小さいな。ウィルスとかそういう類では無さそうだね」
「確証は無いけど、僕もそう考えてるんだ」
プランセスの指示の元、暗号解析ツールが起動する。
黎明は無作為に選んだ暗号化ファイルを一つ、解析にかけた。
[ANALYSE: データ確認 解析 実行します ……]

「ところで黎明くん、これは学校のサーバから拾ったんだよね?」
誉がギネス瓶を一口飲んで、出し抜けに質問した。
「そうだけど。正確には職員室のサーバだよ」
「調子が悪いって言ってたけど、こういうのは何度かあったのかい?」
誉は懐から電子タバコを取り出し、装填した合成リキッドを加熱する。
「今月に入って3回。異常データは順を追うたびに、加速度的に増えてる」
「サーバを乗っ取ろうとしてる、ってことは確かだな……」
「愉快犯じゃないとすれば、問題は目的だ」
誉はタバコの蒸気を吐き出し、その言葉に頷いた。
「サーバと言うからには、当然他のPCとも繋がってるんだろう?」
「勿論だよ。何かその所為で、枝葉のPCにも異常が出てるらしいんだ」
「例えば?」
「例えば動作が重くなったりとか……これはありきたりだな。他には、そう。例えば保存した筈のファイルが、いつの間にか消失していたり……」
言いかけて、黎明は言葉を止めた。
背後の誉を振り返ると、誉は双眸を眼光鋭く細め、厳かに頷いた。
「それだ」
誉は魔法を操るように人差し指を振り、ピタリと止めた。
「何かを盗み出していた?」
「恐らくそうだろう。サーバに潜んだ何者かが、何らかの目的を持って教員個人のPCから情報を盗み出していたんだ」
誉の口調が変わった。飄々とした面に隠した、本職の持つ鋭さだ。
(だが何かって何だ? 教員のPCに入った情報なんざ、高が知れてるぜ)
PCのファンが低く唸り、暗号化ファイルが解き明かされる。
[CLEAR: 暗号化 ファイル 解析 完了しました …… よくある タイプでした]
「グッジョブ、プランセス……」
黎明は呟き、隣に立つ誉と共に、ディスプレイの表示に目を凝らした。
「おい、待てよ。こいつは……」
何かメールのログらしいが、内容が妙だ。
「プライベートなやり取りか。こんなの集めて、何を企んでるのかね?」
誉は下卑た笑いに口角を上げ、タバコを燻らす。
(何って? そんなの決まってるだろ!)
黎明の顔面がピクリと痙攣した。
腸に、沸々と怒りが込み上げてくる。
そんな代物が、あと何十、何百もあるってのか!?
今この時、黎明は、確かなる邪悪を目の当たりにしていた。
「……この……この、ゲス野郎ッ……!」
職員室。木暮とかいう実習生。去り際の嫌味な笑み。
「こいつは、とんでもないトラブルに首を突っ込んじまったようだぜ!」

――――――――――

非公式 エンディング: Novallo「Visually Silent

\黎明の01フロンティア
\ORDER №00 CHAPTER 06
\未明 …… 100% complete

\NEXT CHAPTER ⇒ №00-07
\追跡 …… coming soon

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