黎明の01フロンティア №00-08 前編

№00-07 後編 より続く

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脊椎ユニットを行き来する膨大な電子情報。
呼吸、脈拍、身体を動かす電気信号……。
脳の思考と身体行動は、電気で密接に繋がっている。
人体と接続されたHIDにも、その情報は同期されていた。
HIDのバッファ内で、膨大な生体制御情報が黙々と処理される。
AIは01の電子情報を吟味するように、時折処理を停止しては思考する。
それはあたかも、恋文を手繰るように。
記述された文字情報の節々に、想い人の息遣いを感じ取るように。
膨大な情報が流れる……流れる……流れる……。
軽金属の殻に包まれた、主も知り得ぬ密やかな01の深淵の中で。
眠れる乙女の『概念』は、もう一人の『概念』を咀嚼する。
いつか、彼と相見える日を夢見て。


\黎明の01フロンティア
\ORDER №00 CHAPTER 08
\逆襲

非公式 オープニング: Novallo「Angle of Perception

――――――――――

5時限目の1年A組教室。
国語教師・亜門新吉が、教卓を一瞥して首を傾げた。
正確には、有機EL画面で構成された、スマートデスクの出席表示を見て。
「おや……鍛冶屋が居ないな? 鍛冶屋は今日出席してたよな?」
学級委員長の實藤郁世が、眉根を寄せて振り返る。
「鍛冶屋くんなら、早退したそうですよ。亜門先生」
思わぬ人物から発言が飛び出し、教室が幾分ざわめいた。
「……何でも、体調が悪いと言ってましたが」
1年A組、女子派閥の盟主・旅川愛里沙は、良く通る声でサラリと告げた。
(あんの野郎、委員長で幼馴染の私を差し置いて……)
郁世は僅かに顔を顰め、心の中だけで歯軋りした。
その嫉妬は主に、愛里沙が人も羨む美少女だという点にあった。
「えぇ……あぁそう。まあいいや、じゃあ授業を始めようか」
亜門は興味を失い、教卓の表示をフリックさせた。


十数分前。
昼休みが終わり、掃除時間の一ノ宮第三高校。
「鍛冶屋くん。今は掃除時間の筈よ。一体どこに行くつもり?」
愛里沙の咎めるような声が、自転車を押して歩く黎明を立ち止まらせた。
(おっと。まさかこいつに見られちまうとはな……)
「まあね、早退だよ。ちょっと体調が悪くてさ」
「にしては、荷物も何も持っていないみたいだけれど?」
(見透かしたように言いやがるな……)
眉根を寄せる黎明に、愛里沙は意味深な笑みを見せた。
「昼休みに一騒動、あったみたいじゃない?」
「さあね。何のことやらサッパリだ」
愛里沙は竹箒を両手で支え、両掌の上に顎を乗せた。
「フフフ、隠さなくってもいいのに」
「悪いが、時間が押してるんだ。急ぎの用事でね」
「体調が悪かったんじゃなかったの?」
黎明は自転車に跨ると、肩を竦めて愛里沙を一瞥した。
「いいわ。早退ってことにしといてあげる」
「どうも――」
「その代わり、後でちゃんと聞かせて貰わないとなー?」
「聞かせるって……何を?」
スマートグラスをかけながら、黎明は訝しんだ。
「フフフ……貴方が巻き込まれてる、面白そうな”こと”」


自転車のシャフトドライブが軽快に回る。
黎明を乗せた自転車は、学校を遠ざかって市街地方向へ。
「プランセス、例のIPを出してくれ……プランセス?」
[STANDBY: ……]
ヘッドセットに語りかけるが、応答は無い。
スマートグラスの表示も、ただアンダーバーを点滅させるのみだ。
(やれやれ……直結した後はいつもこうだ。処理が追いつかないのか?)
10秒ほど空白時間を置いて、文字通り思い出したように応答。
[STANDBY: …… …… …… ごめんなさい お呼び でしたか?]
「ヤツのHIDからIPを抜いたろ。住所を出してくれ」
[STANDBY: はい …… えっと …… あれ? 今 学内では ないのですか?]
「おいおいボケてるのか? 自宅のPCを押さえるって言ったろ」
[STANDBY: そうでしたか …… …… 余り よく 覚えていません]
十字路の点滅信号を、黎明は強引に通過、直進した。
「まあいいさ。ともかく、木暮彌市の住所だ。今直ぐ出してくれ」
[GUIDANCE: 了解 IP 解析 …… 物理アドレス 表示します]
BEEP!
スマートグラス上に、木暮の住所が地図情報で表示された。
[GUIDANCE: …… 500メートル 前方 左折]
「了解」
黎明はペダルを漕ぐ足に力を込め、自転車通行帯を駆け抜ける。


繁華街から数ブロック外れた、低層ビルの密集する住宅街。
黎明は目当てのマンションを見上げ、監視カメラの死角に自転車を停めた。
[CONSIDER: いきなり 個別訪問とは …… 随分 大きく 出たものですね]
前籠に入れてあったボストンバッグを手に取る。駅ビルのコインロッカーに常より預けてある……『非常持ち出し鞄』というヤツだ。
[CONSIDER: PCの ハックなら 学内 からでも 可能なのに]
その言葉には、幾許か非難の色も見えた。
「『情報』が物理メディア化されてたら厄介だ。一番心配なのはそこだぜ」
[QUERY: そうまでして どうして 肩入れ するのですか?]
黎明は答えず、マンションの入り口に向かった。
[CONDEMN: 明らかな 違法行為 ですよ …… レイには 何の 利益も 無いのに]
「だからって、黙って見過ごせるかよ……」
問題を看過するには、黎明は余りに首を突っ込み過ぎた。
「監視カメラと電子錠は全てハッキング。入出記録は改竄しておけ」
黎明は白手袋を取り出し、両手に装着する。
[AMAZED: 呆れた …… 犯罪者 そのものの やり口 じゃないですか]
「俺はヤツらより、もうちょっと頭が切れるぜ。自慢じゃないがな」
[AMAZED: …… …… …… はいはい …… …… …… フフフ]
黎明は堂々と、ガラス張りの正面玄関に歩みを進めた。
マンションのロック端末にHIDをかざした。
[DECEPTION: 接続試行 …… ホスゲン マスタードガス 準備完了 展開]
BEEP BEEP BEEEEEP …… BUZZ ―― BEEP
[CERTIFY: ビガッ …… ID 確認 ビガッ …… しました お帰りなさいませ]
黎明の手の内には、木暮から『抜いた』IDがある。
今この瞬間、黎明は正真正銘『木暮彌市』となって帰宅したのだ。


昼下がりの無人エントランスを、黎明は我が物顔で歩く。
[GUIDANCE: 木暮彌市の アドレスは …… 9階 925号室 です]
「了解」
黎明はエレベータに乗り込み、9階のボタンを押した。
ボストンバッグを開き、装備を確かめた。
ホルスターに納められた、拳銃型の何かを、腰のベルトに装着した。
それは、電気針を2連発で投射できる「テーザースタンガン」。
日本では禁制品だが、ブラックマーケットで大金を払って入手した。
上から羽織ったブレザーで、腰のテーザー銃を隠した。
エレベーターが9階に到着し、扉が開く。
降り立った廊下は薄暗く、静まり返っていた。
黎明ははやる気持ちを抑え、平常心を装って925号室を目指した。
[INTEL: 扉は 電子錠と 物理錠の 併用型の ようです]
「了解。電子錠はプランセスに任せるぜ」
黎明は周囲を見回すと、ピッキングツールを取り出した。
(電子錠に任せ切りで、物理錠はやっつけだな……)
1分もかからず、シリンダー錠を解錠。
BEEP!
殆ど同時に、プランセスが電子錠を解錠した。
黎明は再び周囲を見回すと、悠然と925号室に侵入した。

\前編終了
\黎明の01フロンティア

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