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黎明の01フロンティア №00-04 前編

№00-03 後編 より続く

――――――――――

[始めまして 私は Pomme Prisonnière(ポム・プリゾニエール)]
[Neuralogic(ニューラロジック)社製 Morphèe(モルペエ)OS]
[Ver. β0.9.1503 に実装された 試作型 人工知能 ナビゲータ です]
特殊仕様HIDの厳つい見た目とは裏腹に、中性的な声が発せられた。
「おい、何だこの声は?

その一言が、思わず面食らった黎明の第一声だった。
[QUERY: あなたが 私の MASTER …… システム 管理者 ですか?]
「ああそうだ。やれやれ……どうせなら男のAIだったら良かったぜ」
[REGISTRATION: あなたの 名前は 鍛冶屋 黎明 …… 問題 ありませんか]
「問題無し。鍛冶屋が名字で、黎明が名前だ。間違えるなよ」
[AGREEMENT: 了解 …… では レイ とお呼びします 宜しいでしょうか]
黎明は、端末に触れかけた指を、ピクリと硬直させた。
「……問題無い

いや、しかし……この胸の奥でざわつく違和感は、何だ。
俺が目の前にしている"こいつ"は、一体何なんだ。
[STANDBY: 了解 認証登録は 正常に 完了しました …… レイ
]


\黎明の01フロンティア
\ORDER №00 CHAPTER 04
\決闘

非公式 オープニング: Novallo「Angle of Perception

――――――――――

職員室サーバの再稼働を、黎明は見守り続ける。
「どうやらこいつは、悪戯じゃなさそうだぜ。プランセス、どう思う?」
[ESTIMATE: サーバ 管理権限 掌握目的 による クラッキングの 可能性 97%]
スマートグラスの電光文字に、黎明は首肯した。
[INTEL: サーバの 一部領域に 不審な 暗号化 ファイルを 発見]
プランセスが嗅ぎつけたブツに、黎明は眉根を寄せる。
「クール。そいつはヤバそうだな」
[DOUBT: 基幹プログラム 領域に 不自然に 格納されて おりました]
「木を隠すなら森の中……か。臭うぜ」
[DOUBT: 木? 森? どういう 意味ですか? 説明を 要求します]
妙なところがAIの琴線に触れたらしい。黎明は嘆息した。
「古い格言だよ。森は木が一杯生えてるだろ。そこに他から持ってきた木を隠しても、誰も気付きゃしねえ。森は木を隠すのにうってつけと言える」
[DOUBT: 現実に 実行するのは 難しいかと なぜ そんな 非合理的な 思考を?]
「格言ってのは、往々にしてそういうモンなんだ……それで、データは」
[ANALYSE: あ はい …… 大量ですが 一つ一つの 容量は とても 小さいです]
「テキストファイルか何かか? ……いや、断言するのは危険だな」
[STANDBY: 復号化 するまでは 何とも …… データ 抽出 しますか?]
「承認。危険性の疑われるファイルは、一欠片もサーバには残すな」
[EXTRACTION: 了解 暗号化 ファイルを 検索 抽出中 ……]

新喜教頭が、お茶の入った湯呑を両手に現れた。
「いやー、鍛冶屋くん。お疲れさん! 毎度毎度悪いねぇ~、本当に」
魚偏の漢字だけがズラリと記された、灰色の湯呑を手渡される。
「木暮先生の言い分、正直言って俺も解るんです」
黎明は、データ抽出を終えたHIDを外して、懐に納めた。
「うん? どういう意味かね?」
黎明はサーバを横目に、熱い焙じ茶を啜る。
「やっぱこういう作業は、生徒がやるのは保安上ヤバいですよ。せめて沓間先生が病欠の間だけ、プロの管理者を雇うわけにはいかないんですか?」
「アッハッハッハッハ!」
新喜教頭が落ち武者ヘアーを揺らし、陽気に笑った。
「学校の心配までしてくれるんだね、君って男は! 将来有望だな!」
「このままじゃ何か、とても危ないことが起こりそうな予感が……」
「ナッハッハッハ! 考えておくから心配するな! 私に任せなさい!」
(洒落や冗談で言ってるんじゃねえんだよ……)
黎明は上機嫌の教頭を横目に、喉から出かけた悪態を飲み込んだ。

ガラガラガラ……。
「あ……こら鍛冶屋くん! 今授業中じゃない! そこで何してるの!」
引き戸を開けて入室した女性教諭が、黎明を見咎めた。
1年A組の担任教諭・剱持麻衣子(けんもち・まいこ)だ。
「あ~こりゃ剱持センセ。ちょっと鍛冶屋くんにお手伝いをね!」
「お手伝いって……もう教頭先生!」
麻衣子はヒールをツカツカと鳴らせ、黎明たちの前に仁王立ちした。
「鍛冶屋くんも、あんまり何でもかんでも、安請け合いしちゃ駄目よ」
黎明は顎を手でなぞり、渋顔で首肯した。
「仰る通りです。俺だって、本分じゃないのは承知してます」
「だったら……」
「まあまあ、剱持センセ! 鍛冶屋くんは本当に頼りになる男ですよ!」
新喜教頭は毛ほどにも悪びれず、黎明の背中を叩いて胸を張った。
脊髄ユニットがビリリと痛み、黎明は思わず顔を顰めた。
「良くない兆候です。もしかしたら、この次は警察沙汰になるかも……」
「それを決めるのは、あなたの仕事じゃないはずよ」
麻衣子の決断的な言葉に、黎明は諦観して溜め息をついた。
(畜生。どいつもこいつも大人ってヤツは、真面目に話を聞きやがらねえ)
「……ええ。そうですね、今の言葉は分不相応でした」
「分かれば宜しい。じゃあ、早いとこ教室に戻りなさい」
黎明は溜め息と共に肩を落とし、焙じ茶を飲み干した。
何気なく湯呑を見遣ると、鰒(ふぐ)の文字が黎明を胡乱に見返した。
フグは旨いが毒がある。捌き方を一つ間違えれば、あの世行きだ。
(こいつは悪い啓示だな……まあどの道、俺には関係ねえ)
「教頭先生。お茶、御馳走様でした」
「ああこちらこそどうも。また何かあったらサ、宜しく頼むよ~」
湯呑を受け取りながら、新喜教頭が黎明の手を力強く握った。
(ともかく、ヤバいブツを解体してみるのが先決か)
「……それじゃ、失礼します」

昼休み。
一ノ宮第三高校の売店では、早い者勝ちの大立ち回りが日常だった。
昼休み開始10分程の騒乱を回避し、黎明は1階西側フロアに訪れた。
パンやおにぎりの類は、この時点であらかた売り切れている。
黎明は売店横の休憩室に入ると、自販機の飲料を物色した。
部屋の片隅に溜まった女子生徒たちが、黎明を横目にひそひそ話。
見覚えのある顔だ。1年A組の生徒で、旅川の取り巻きたちだった。
リプトンのミルクティーに決めて、指を伸ばしかけたその時。
――ガンッ!
開かれた引き戸が、音を立てて握り締められる。
「テメェこんなとこに居たのかよ。探したぜ」
多計夫が、大きな図体に力を漲らせ、顔を引き攣らせて黎明を見る。
彼は先ほどの3時限目、クラックアウトをやり込めたばかりだ。
……彼のHIDを破壊するという、手酷い反撃によって。
「おい、場所変えようぜ。面貸せや」
多計夫は頭を振って、挑発するように黎明に告げた。
黎明の口角が、残忍さを持って吊り上がる。

校舎を抜け、中庭を通り過ぎ、敷地の最奥――体育館の裏側。
弓道場がひっそりと佇み、雑草の茂る殺伐とした空間。
「おぅ、来たか一年生。見た目に寄らず、根性あンじゃねえか?」
「あぁ゛? コラ!」
「多計夫をやったってのはオメーか?」
多計夫の奥に、学生服を着崩した上級生たちが、黎明に向かって凄んだ。
「オイ聞いてんのかコラァ!」
「何とか言えよ!」
黎明は一間ほどの間合いを離して、臆することなく彼らと正対する。
「多計夫は俺たちの舎弟でよ。こいつの喧嘩は俺らの喧嘩なんだわ」
「つーかよお前。この前、三軒茶屋で俺たちと会ったよなぁ?」
(……成る程。道理で見覚えがあると思えば)
「さぁ。記憶にございませんが」
「オラァしらばっくれんじゃねえッ!」
上級生の一人が、ブラックアウトしたHIDを突き出した!
「テメーだろうが! 俺たちのHIDブッ壊した野郎はよォ!」
「まさかこの学校の生徒とはよォ。ついてたぜ」
「おまけに多計夫も可愛がってくれちゃってよぉ」
「あーどうしようっかなぁ?」
「オメェもう生きて帰れねえよなぁ?」
黎明は白けた顔で頭を振った。
「それで? 土下座でもして、謝ればよろしいのですか?」
ツーブロックヘアーの上級生が、空き缶を握り潰して黎明に投げた。
「ざけんじゃねえコラ!」
「上級生に舐めた口きいてんじゃねえぞボケ!」
「手前の土下座にゃ、地面の石ッコロほどの価値もねえんだよ!」
「金払え、金!」
「全員のHIDの修理代だ! キッチリ弁償してもらうからなァ!」
「100万だよ100万! ブッ殺されたくなきゃ、耳揃えて持ってこい!」
「さっさと払えよ! 舐めてっと殺すぞ!」
黎明は不良一同を見渡し、溜め息をついて肩を竦めた。
「学生でギャングとは(いい御身分ですね)、恐れ入りますよ」
「こいつ、痛めてやんねーと分かんねぇよなァ。おい多計夫!」
グラサン上級生に呼ばれ、多計夫が顔を綻ばせて頭を垂れた。
「ウス!」
「転がせ!」
「ヘイ!」
多計夫は拳を握り締め、掌に打ちつけると黎明に歩み寄る。
「つーかよ……俺、前から手前のこと、気に食わなかったんだわ」
黎明は恐れることなく腰を沈め、両の拳を握った。
「へぇ。それで?」
多計夫は黎明の3メートルほど手前で、意外そうな顔で立ち止まる。
次の瞬間、見る見る顔を紅潮させて歩み寄った。
「テッメェ……舐めてんのか。俺に力で勝てると思うなよ!」
あたかも自分の尊厳を傷つけられたかのように。
「嫌いじゃないぜ、そういうの」
闘いの始まりだ。

\前半終了
\黎明の01フロンティア

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