見出し画像

H.B.T. Mark X -人間戦車十号-/二話

 紺色の制服、金色のバッジ、蓄えた白髭、革のテンガロンハット、そして右手に握られた八連発の三五七口径マグナム・リボルバー。

「その日暮らしのゴロツキどもが! 俺を侮るんじゃあねえぜ!」

 いぶし銀の保安官が、居酒屋『かわらもの』の引き戸を荒っぽく引き開け店内に踏み込む。酔客たちが一斉に入り口を見遣り、あからさまに動揺してどよめいた。店主が包丁を静かに置いて、カウンターの下へ手を伸ばす。

「動くなと言ってるだろうがぁ! このチンカス野郎!」

 保安官がマグナムを弾き、棚の焼酎瓶が雪崩を打つ。店主の数センチ横を狙った警告射撃だ。店主は板場の影からピストルグリップのポンプ散弾銃を取り出し、流れるようなポンプ操作で装填。銃口を保安官に向けた。

「店を荒らすヤツは、例え保安官だろうが容赦しねぇ」
「ぐ、ぐぬぅ……」

 瞬間的に作り出された拮抗状態。重剛は片眉を吊り上げて静かに唸った。

「話をすれば! 旦那、ヤツがこの街の黒幕、連邦保安局の鬼無きなしでさぁ!」

 重剛の隣で、虎吉が両耳に指を突っ込み喚き散らした。鬼無は帽子の鍔を人差し指で押し上げ、抜け目ない視線を重剛と虎吉に向ける。

「黒幕とは人聞きの悪い! この俺様が、西部市を護る最後の砦である!」
「連邦保安局か……盗聴と陰謀が趣味という噂は本当なのか?」

 重剛がグラスに米焼酎を注ぎつつ問うと、彼が手に取ろうとしたグラスが次の瞬間、砕け散った。鬼無の左手が、もう一挺のマグナムを握っていた。

「口を慎めよサイボーグ野郎。黒服に白髪の木偶の坊が通りで暴れてるってタレコミがあったから来てみたら、四十万しじま重剛じゅうごう……まさか手前だったとは」

 右手の銃は店主に、左手の銃は重剛に、クロス腕で二挺マグナムを構えた鬼無が、皺の深く刻まれた渋い顔立ちを歪ませ、痛快に哄笑した。

「クククッ、ハッハハハ……! この俺様にもチャンスが巡ってきたか!」
「しじま、じゅうごう!? それが旦那の名前ですかい!?」

 虎吉の問いに重剛は頷きで応え、焼酎の四合瓶を取るとラッパ飲みした。

「四十万重剛! 世界聖愛教団日本支部の神父にして暴力装置! 神の名を騙り日本各地で乱暴狼藉を働く大犯罪者! いかなる攻撃にも立ち止まらず己のを貫き通し、立ち塞がる敵に神罰を下すその姿から付いた二つ名は人間戦車! 生死を問わず、五百億円の懸賞金がかかった賞金首である!」

 鬼無が立て板に水の調子で語ると、店内が沸き上がる。虎吉も他の酔客も店主までもが、呆気に取られて彼を見た。重剛は鼻を鳴らして酒を煽る。

「ご、五百億円!?」
「額が大き過ぎて想像もつかん!」
「おい、ドル円って今いくらだ!?」
「えーと一ドル六十五万円ぐれぇかな!?」
「するってえと、ざっと七万七千ドルの賞金首ってことか!?」
「すげえや!」
「途轍もねえな!」
「とんでもねえ!」

 酔客たちが興奮した顔で語り合う姿を、鬼無は愉悦の笑みで睥睨した。

「見たか、四十万重剛……人は金の力には抗えねえ……特に、その日暮らしのカスどもにはな……貴様ら! 逮捕に貢献した者たちは賞金山分けだぞ!」

 鬼無が嫌らしい笑みで店内を見渡し、これ見よがしに大声で呼ばわる。

「……このウジ虫野郎が」

 重剛は米焼酎を飲み干すと、右手で瓶をバキンと握り潰した。隣で虎吉が皺くちゃのタバコを咥え、気持ちを落ち着けるように紫煙を吹かした。

「旦那……」
「妙な気を起こすな」

 重剛が低い声で唸るように虎吉へ告げると、虎吉は重剛の両肩を掴んだ。

「すげえや旦那! 自警団どもを千切っては投げ、千切っては投げたもんでそんじゃそこらの男じゃねえとは思っちゃいやしたが、人間戦車たぁ大した二つ名だ! こりゃまた御見それしやした! さすが俺の見込んだ男!」
「よっ兄ちゃん日本一!」
「連邦保安局の覗き見野郎に一発かましてやれ!」
「そうだそうだ!」
「俺たちゃいい加減ウンザリしてんだよ!」
「何が賞金山分けだ舐めんじゃねえ!」
「金で俺たちを買収できるとでも思ってんのかアァ!?」
「一昨日きやがれバーカ!」

 咥えタバコで興奮して捲し立てた虎吉を皮切りに、腐った街で身を窶した男たちの叫びが、重剛を勇気づけるように沸き上がった。

「黙って言わせておけば、このクズどもめ……!」
「交渉決裂、というワケだな」

 鬼無の尻を叩くように背後から押し遣り、小柄な人影が歩み入った。

「おい、外で待ってろと言ったろ!」
「貴様に任せていては埒が明かん」

 銀色の短髪、白磁の美貌。少女を思わせる華奢な体躯を、特注と思われる小柄な連邦保安局の制服で包み、照準器の間に筒形弾倉を持つ九ミリ口径の短機関銃を右肩に預け、バレリーナめいた姿勢の良さで優雅に歩く。

「ここは俺の街だ! 風情の好き勝手にはさせん!」
「私に命令できるのは連邦保安局長官だけだ。覚えておけ」

 少女姿の保安官が、鬼無の隣で立ち止まって一言。鬼無が歯軋りするのを尻目に、悠然と歩みを進めた。短機関銃の伸縮銃床を引き延ばしつつ。

「コードネーム『くるみ割り人形ナットクラッカー』、連邦保安局特別捜査課の吹雪だ」
「……おい!」
「黙れ」

 吹雪が肩越しに振り返って鬼無に告げ、短機関銃の先台を左手で握る。

「ようやく会えたな、改造人間十号。私を忘れたとは言わせんぞ」
「忘れるはずが無いだろう、改造人間九号」
「戻って来い。お前は神の僕に収まっていられるような人間ではない」
「断る」
「上っ面でどれほど神を敬ったところで、お前の実態は残忍な破壊者だ」
「そうだ。所詮、俺は殺すために蘇った命。その力は善のために使う」
「連邦保安局こそが法だ。この腐り切った日本を統べる秩序だ」
「俺は何者の言葉も信じない。俺は俺自身と神への信仰のみを信じる」

 吹雪の右手の親指が、短機関銃のセレクターをバチリと押し下げた。

「……この狂信者め。いいだろう、その惰弱な性根を叩き直してやる!」

 散弾銃を構える店主が両手を震わせ、ズドンと発砲した。吹雪は軽やかなサイドステップで散弾を躱し、壁を蹴ると天井へ跳び上がる。九粒の鹿弾は吹雪の背後に立っていた鬼無の腹を直撃し、彼はゆっくりと崩れ落ちた。

「旦那ッ――」

 声を上げる虎吉の首根っこを重剛の手が掴み、虎吉を床に引き摺り倒す。

「クソ、ちょこまかと!」

 ズドン、ズドン。店主の散弾銃が繰り返しポンプされて火を噴き、壁から天井へと続け様に跳躍する吹雪を追うも、撃ち落とすことは敵わない。

「トロいんだよ」

 バラタタタタタ。吹雪は天地が引っ繰り返った態勢で短機関銃を連射して店主を蜂の巣にすると、カウンターに着地して料理や酒を踏み散らかした。

「ヒエッ!」
「何だこいつ!」

 驚いて声を上げた酔客たちを、吹雪は虫でも見るかのような目で見下すと銃口を構え、横薙ぎに弾をバラ撒く。酔客たちは驚いた顔のまま、脳味噌や鮮血を次々と噴き出し、次々と死んでいく。片っ端から射殺されていく。

「止めろ!」

 重剛は黒コートの懐に手を差し入れ、長銃身の二〇一一ピストルを両手に抜き放つ。抜き身の刀を思わせる、銀色の十ミリ・オート二挺拳銃だ。

「なぜ止める!」

 吹雪は肉食獣のように歯を剥いて嘲い、重剛も一緒くたに撃ちまくった。

「無辜の人間を巻き添えにして、何が法だ! お前の言う秩序とは何だ!」

 バゥン、バゥン、バゥン、バゥン。六インチのスライドが火薬のガス圧で後退し、銃口から火球が噴き出て、十ミリの十字弾頭が吹雪の残像を穿つ。

「力だッ!」

 吹雪は叫び、カウンターの裏側に転がり込む。

「何者にも屈服せず、何者にも支配されることのない圧倒的な力!」

 空の弾倉が音を立てて転がり、ガシャコッと装填レバーが往復する。

「答えろ! 重剛!」

 重剛は右手をカウンターに、左手を店の入り口に向け、店外へ歩き出す。

「改造人間の苦楽を分かち合う同胞の私よりも、こんな薄汚いゴミ虫どもの命の方が、貴様には大事だと言うのか! 自分の命も守れない弱者が!」
「忘れたか、吹雪!? 俺たちも昔はそうだったはずだ!」

 バゥン、バゥン、バゥン、バゥン。連射で吹雪を釘付けにしつつ、重剛は崩れ落ちた鬼無を跨ぎ、店の入り口に差し掛かると、片手の銃を納めた。

「忘れられるはずがない! あの屈辱! だからこそ、俺はお前と!」

 銃撃が止んだ瞬間、吹雪が再装填した短機関銃を手に身を乗り出す。

「重剛おおおおうッ!」

 その時、重剛は片手で抜いた手榴弾のピンを歯で咥えて引き抜き、吹雪を目掛けて投じるところだった。拳銃と短機関銃、二つの銃の弾が交錯する。

「吹雪いいいいいッ!」

 重剛は黒衣で無数の銃弾を受け、転げるように居酒屋を飛び出た。

「……また会おう、友よ」

 銃撃戦に騒然とする夜の街を駆け出す重剛の背後で、爆発音が響く。


【H.B.T. Mark X -人間戦車十号-/二話 おわり】

頂いた投げ銭は、世界中の奇妙アイテムの収集に使わせていただきます。 メールアドレス & PayPal 窓口 ⇒ slautercult@gmail.com Amazon 窓口 ⇒ https://bit.ly/2XXZdS7