見出し画像

『82年生まれ、キム・ジヨン』だれもがそれを“知っている”

ついに手元に届いた!
そわそわワクワクしながらページを開く。
わずか12ページに満たない1章を読み終える頃にはすでに目からは涙が滂沱と流れていた。
なぜ泣くのか?それは私たちがすでにそれを“知っている”からだ。

..........................
*『82年生まれ、キム・ジヨン』とは
 韓国で100万部のベストセラーとなり、映画化も決定した本作は82年生まれの女性に一番多い名前であるキム・ジヨンの物語である。専業主婦になり1歳の娘を育てるジヨン氏が精神科を受診した際のカルテという形で物語は語られてゆく。物語はキム・ジヨンの幼少期からの体験が語られるのだが、前半では母のオ・ミスクや祖母のコ・スンブンの体験ともつながってゆく。すべての女性登場人物は○○の母などという呼称ではなく、フルネームであり、ちゃんと個人として扱われているのも重要なポイントだ。

 私がこの作品を知ったのはK-POPアイドル、Red Velvetのアイリーンがこの作品を読んだと発言したことで、一部の男性ファンが彼女の写真やグッズを破損するなどして炎上した事件からだった。それが「フェミニスト宣言」だと受け取られたらしいのだ。それほどまでに多くの人を刺激する作品とはどんなものなのか、フェミニスト文学がベストセラーなんて聞いたことない日本社会にいる身としては羨ましくてしょうがなかった。

 くわしく内容について書くとネタバレになってしまうので、控えたい。
その代わり、著者チョ・ナムジュ氏の呼びかけるように、私も自分のストーリーをここで共有したいと思う。

*祖母、母、私の3世代をふりかえる
 この作品を読みすすめるなかで、いったい何人の顔を知る女性たちが浮かんできて、登場人物に重なるだろう。それは自分の母であり、祖母であり、叔母であり、義母であり、近所のおばあちゃんでありお姉ちゃんである。 家族という囲いの中で、男たちのために過酷な労働に従事する。あるいは自分の進学という夢は持つことさえもはばかられ、家計を支えるために職に就く女性たち。

 わたしの母は昭和30年生まれで、北関東の田舎育ち。家は兼業農家で4人姉弟の長女だった。4人の中で男は末の弟ひとりで、大学まで進学したのは彼ひとりだ。母は地元の高校を卒業して、すぐに就職。小学生のころから朝は農家の手伝い、学校から帰ってきてからも家の手伝いで、あまり勉強はしなかったし、得意ではなかったという。そしてふたりの妹たちも当然のように高卒と中卒だ。そのことについて母が疑問を感じたり憤りを感じているというそぶりは全然なくて、むしろ東京の有名大学に進学した弟をめちゃくちゃに誇りに思っているし、すごく彼には才能がある、特別だ、と思っている。わたしから見たら、無口すぎる、気の利かない、そこにいるだけって感じの伯父さんなのに。つまり、男が成功することこそが“家の成功”ということだ。

 母は当時としてはとっくに結婚適齢期を過ぎてから上京を決意した。1番反対したのは祖母だったが、最終的にまとまったお金を用意してくれて、最後まで涙で母を見送ったのも祖母だった。祖母は好きなところに住む自由も。好きなものを着る自由も味わったことが無かったから。だから帰省する時に母が都会っぽくオシャレをして家に帰ってくるのを祖母は喜んだ。自分ができなかった事だから。
  
 都会に出てきた母は、やがて結婚した。誰かの犠牲のおかげで高学歴の地位を受け取った男と結婚し、学歴が低いことを蔑まれながら、家事と子育てという無償労働に従事した。質素だけど専業主婦という地位にはそれなりのステータスを感じていた。だが父は常に母にこう言った。この家は俺の家だ。俺が稼いだ金は俺の金だ、と。それから母は孫も抱かずに他界した。人生は不条理だと、亡くなる前日に私の耳元でささやいた。

 ひと昔前には、家のため=兄や弟のために、進学をできずに若き日を過ごした女性は多いというか、そうじゃない女性のほうが少ない。それが当時の社会状況で当たり前だったからとか、それ以外道が無かったとか正当化する理由はたくさんあるかもしれない。だけど、それが女性が口をつぐまなくてはいけないという理由にもならない。

*高校時代までは“男女平等”を信じてきたのに
 東京医科大学、順天堂大学が入学試験で男子に下駄をはかせていた事件が明るみになった。母たちの時代と違って進学することが当たり前になった時代で育った私は高校生のころまではこの世はすでに男女平等だと信じていた。それに努力してやったぶん見返りがある勉強、それだけは裏切らないと思っていたのに、後にこんな不正がまかり通っていると知る絶望感は計り知れない。さらにライフステージが進むほどに女性の人生は詰んでゆく。
 
 愛想よく振る舞い、気を利かせて、おまけに隙があって、相手を立てるような振る舞いを要求してくるくせに、いざ痴漢やセクハラにあうと、そんな格好しているからだとか、思わせぶりだからだと、責められる。

*専業主婦であり女の子の母である今
 作品中では、0歳~1歳の専業主婦の余暇時間は1日あたり4時間10分程度とあるが、日本はそれより低く、ある調査によれば1時間49分(https://www.zojirushi.co.jp/topics/holiday.html)とある。しかもこれは細切れの時間をつなぎ合わせた時間だ。わたしにもピッタリこの条件でいまのところ生活している。共働き世帯ですら入所が困難な状況で、専業主婦が子供を保育園に預けることは一時保育以外では無理だ。そんななかで仮に何か本格的に資格を取ろうとか、家で仕事をするには厳しい。趣味ですらあきらめる人がほとんどなのだから。

 私も今資格のための勉強をしているけど、それを決意すること自体がまずひとつの高いハードルだったし、それにいくらお金がかかるとか、どれくらい期間がかかるとか、その間こどもはどうするのかとか悩み続けているとグッと涙が湧いてくることが何度もあった。勉強だって、仕事をしていない身分で預けられる保育施設はないし、子育てと家事の隙間に集中して何時間も続けられることはめったにない。

 それに子供がやっと寝付いてくれた頃には自分自身余力がないくらいにくたくたに疲れきっている。私がこの記事を投稿しているのだって、1日あたり3~4時間の寄せ集めた細切れ時間をつかったものだ。

 だからキム・ジヨンがパートの最低賃金の求人を真剣に検討しているシーンは胸に迫る。そして店員の女性の「私も大学を出ているんですよ」というひとことで私は号泣した。

 いよいよ狂うなら今だ。もっと違う何かをこなしたり出来る知能や熱意や体力を差し置いてこの体を正月の掃除とご馳走作りと子守りに費やす今だ。

#82年生まれキムジヨン #韓国文学 #小説 #チョナムジュ #フェミニズム #推薦図書

この記事が参加している募集

推薦図書

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?