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「i」の感想

本書の概要

本書の主人公は「ワイルド曽田アイ」。アメリカ人の父と日本人の母に養子として迎え入れられたシリア生まれの女性である。物心つく前に養子として引き取られてから小学校卒業までアメリカに住んでいて、日本に引っ越してきている。アイは中学校では外国人の養子ということで特別扱いされているような疎外感、祖国に残っているシリア人は中東戦争や独裁などに苦しんでいる中で自分だけが平和に暮らしていることの罪悪感などを感じている。そして、高校の数学教師の言った「この世界にアイ(i:虚数のこと)は存在しません」という言葉も含めて自身のアイデンティティの希薄さに悩みながら生きる様を描いている。

感想

 正直、全て読み終わって私が抱いた感想は「よく分からなかった」だ。 なぜ分からなかったのか?それは、私自身、自分のアイデンティティに悩んだ経験が少ないからだと思う。祖国のシリアで苦しんでいる人がいる中で自分だけが苦しんでいないと感じることが派生して、人が亡くなってしまった世界中の事件についてメモを取っている様。ファミリー・ツリー(自分の血が受け継がれていることを本書ではそう表現している)に対する執着のような感情。こういったアイの心理を描いた描写に共感ができなかったのだ。アイの境遇から生まれるアイデンティティの悩み。本書はアイが自分が自分であることを実感できずに悩む様が終始描かれて行くのだが、そのような経験をしたことが無かったし、それに悩んでいる人にも出会ったことが無かったためだ。そのような悩みを持つことがいる(であろう)ことを自分は全く知らなかった。

 共感ができなかったと同時に、自分の想像力が欠如していることに気付かされた。

その経験をしていない人たちにだって、私の悲しみを想像することは出来る。自分に起こったことではなくても、それを慮って、一緒に苦しんでくれることは出来る。
                       西加奈子:i. 2016, ポプラ社, p.271.

テレビで起きているニュースに対して色々な感想を抱くことは出来るが、当事者の苦労を自分のことのように考えられないことが多々ある。それは、自分の想像力や共感力が低いためなのだと感じさせられた。上に引用したように、人の悲しみを想像すること、人に起こったことを慮ることの大切さ。それに気づかされたことは自分にとってはとても良い経験であり、本書を読んでよかったと感じている。

 また、本書の主要人物の人柄も素晴らしかった。アイは親友「ミナ」のことを一貫して大切にしている。また、ミナもアイのことを大切にし、二人は離れていても常に友情で結ばれている。「ユウ」もアイが色々な葛藤を抱えている中でも、一貫してアイのことを愛している。また、アイの両親「ダニエル」と「綾子」も、養子ということは関係なくアイのことを愛している。アイは周囲の人に愛されながら生きている。また、アイは自分のアイデンティティを探すのに苦しむ中でも、ミナ・ユウ・綾子・ダニエルのことを愛している。それぞれがそれぞれを愛している様は、とても読んでいて心地の良いものだった。

私自身、文学を読んだ経験がなかったので、上で述べた感想以外にも名前に込められたメッセージやタイトルや扉絵を含めて解釈が多岐にわたっている面白さに初めて触れた。おそらくこういった本は解釈や感想は百人読んだら百人違うのだろうと思う。今回、私のこの投稿が誰かの目にとまり、この本を解釈するのに寄与できれば嬉しい限りだ。




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