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「好き」がみつからない

「好きなものがみつからないの」

と娘はいう。

「一旦夢中にはなれるのに、すぐに飽きちゃって、続かないの。何をやっても、好きなものが見つけられないの。なんでみんな趣味とか好きがちゃんとあるのかなぁ。わたしがダメなのかな。」

こんな風に自分を責めることを彼女はずっと続けている。

好きって、そもそも見つけるものだろうか

なくてはいけないものだろうか

以前、心のバランスを崩したことがあって、それからの彼女は、生きていくことだけで精一杯だった。

だから、好きなものを見つける余裕がなかった。

そういう自分でもいいと、いまの自分でいいのだと、どうやったら思ってもらえるのだろう。

***

興味を持ったことをやってみて、
「あ、飽きちゃったな」と、やめてしまったり、
「こんなことやって何になるんだろう」と突然冷静になってしまったり。

それは決して、ダメなことなんかじゃないんだと思う。普通の心の動きだ。

ずっとその繰り返しで終わるかもしれない。

その中から何か見つかるかもしれない。

とっかえひっかえやってきたことが積み重なって、何か新しいものが生まれるかもしれない。

その結果がなんとなくわかる時がくるとしたら、それはきっと、ずっとずっと先のことだ。

どういう所に辿り着いたとしても、たぶんきっと全ては偶然で、奇跡の積み重ねで、一人の人間ごときに全てをコントロールできる力なんてありはしないのだ。

あることを好きになるにも偶然の出会いが必ずあって、それを続けていけたにしても、続けられる環境とか諦めたりやめようとした自分を引き戻してくれる人との出会いだったり、出来事だったりがきっとある。

そのひと一人の力ではたどり着けなかった世界にたどり着いたのは、努力だけじゃなくて、ほとんど偶然の重なりなのだ。

***

努力で人生をコントロールできるなら、不況で就職氷河期でも、努力した全ての人間が就職できたろう。

同じくらいの能力をもったAさんとBさんがいて、Aさんの卒業時期は好景気だったために無事就職、Bさんの卒業時期は世の中が大不況で大企業ですら新卒をほとんど取らなかったために就職できない。

そんなことが普通に起こっていた。

人生なんてロシアンルーレットみたいなものだ。そういうものだと思って生きれば、案外楽に生きられるのかもしれない。

全てを自分のせいにしないこと。
努力が足りなかったなどと思いすぎないこと。

***

私は昔、あるスポーツに打ち込んでいて、市民大会にもよく参加していたのだけれど、こんな経験をしたことがある。

色々なものを犠牲にして時間を作り、トレーニングに打ち込んで、今でも、あの時が自分史上最高だった、と思う状態で挑んだ大会があった。

例年の結果からすれば、優勝にも届くかというタイムをだせたが、結果は表彰台には届かなかった。

その年は国の強化指定選手などが参戦し、例年とは比べ物にならないくらいハイレベルになってしまったのだ。

しかし一方、全く入賞には実力が足りていない状態で参加した大会で入賞してしまったこともある。
その大会の過去の結果から言えば、入賞などできるはずのない出来だったのに、たまたま毎年出ている強い選手の何人かが、その年は参加していなかったからだ。

スポーツには往々にして、こういうことがよくある。

自分の状態だけでなく、ライバルの状態によっても結果が左右されるし、競技中に思いもよらないトラブルに見舞われることもあるからだ。

誰が考えてもわかるように、これらはみな、自分の努力だけでどうにかなるものではない。

***

世界は偶然でできている。

そして時に理不尽だ。

だからもっと、自分の心を自由にしてあげてほしい。

どうせコントロールしきれない人生なのだから、こう在らねばいけないなどと、自分で自分をがんじがらめにしないでほしい。

そこにあなたがいまあるのは、奇跡の積み重ねです。

だから、いまの自分も愛しいと、どうか思って欲しい。

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夫と娘と3人暮らしです。好きなものは自転車と美味しいごはんと江國香織。読んでも特にスキルアップしたりバージョンアップしたりしない、日常のエッセイを書いています。