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願いはまさにアンパンマンマーチ

先日初めてのクライアントさんに、初めてのコーチングを行った。その時改めて、私は、お母さんにコーチングを提供したいと強く強く思った。そんなお話。

コーチングはいろんな手法や切り口があるけど、コーアクティブコーチングは、企業・組織による人材開発、リーダー育成、組織開発のため手法というビジネス系というよりは、その人全体を見て、よりよく生きることやあまり見ていない、目をそらしている、気づかなかった自分自身の一面に自分で気づくことで、もっと楽に、わたしらしく、楽しく、人生に意義を持って生きていく自分発見の手法だと捉えている。

初めましてのクライアントさんと導入セッション(一番初めのセッションで、今後どういうことをやっていくかや、二人の間で決める約束事やどんな時間にデザインしていきたいかなどを話し合う時間)を多数やっているのだけど、その都度コーチングがどんなものかと説明する時に言っていることがある。

自分の話だけをする1時間です。
他の誰でもない自分だけの話をしてください。

以前、こちらにも書いたけど、

この「わたしの話しかしない1時間」ってとても価値があるなと感じている。特に、子育て世代のお母さんたちにこそ、この時間を持って欲しいと強く強く願っている。

子育て世代のお母さんたちに届けたい

自分自身が、2人育児真っ只中だから、よりそう思うんだろうけど、子育て中のお母さんこそ、自分の話だけを喋る時間を持ってほしいし、自分の気持ち認められる時間が必要だと感じている。

冒頭に書いた通り、コーチングといえばビジネススキルで、組織開発とかリーダー育成とか、企業や組織でバリバリ働く人がやるものみたいなイメージがあってらもちろんその一面もあるけど、それだけじゃない!
むしろ、日常で自分の話ができない、しにくい環境のお母さんにたっぷり自分を労る時間として使ってほしいと願っている。社会の真ん中でバリバリ働くビジネスマンの反対側にいるように感じてしまう、家で家事育児をしているお母さんにこそ受けてほしいものだと思っている。

お母さん、自分の話をしていますか?

学校で言われた子供の話や部活や習い事であったママ友の話、家の掃除とか買い物とか、クローゼットの整理とか、書類の整理とかをしていたらあっという間に夕方になって、また夜が来て朝が来て、気付いたら1週間経ってたということないだろうか。

帰宅した旦那さんに今日あったことや感じたことを聞いて欲しいけど、旦那さんも疲れていて聞いてもらう時間もないし、子共の話を優先して話したらそれで終わってしまったとか。

もっとわたしの話を聞いてよ!今日部屋を綺麗に片付けたんだよ!認めてよ!子どももすくすく育ってるのはお母さんのお陰だねって褒めてよ!とかそういうこと話したくならないだろうか。

私はある。よーーーくある。

あ、気付いたら今日しゃべったのクリーニング屋さんだけだった、って長女出産後、帰宅した夫に恨めしっくぽく言って、言った自分に嫌になったことがある。

結婚して子供が生まれて、仕事ができなくなったら家にいるけど、どんどん社会から取り残されて、自分のことを知ってくれている人は家族しかいないんじゃない?とか無力感に襲われたりした。

勉強して勝ち取った就職先はなんだったんだ?

一生懸命大学まで勉強して、必死に就活して入社した会社。そこを辞めて、専業主婦になったり、退職後復職しようとしたけど、引っ越ししてパートをしていたり、時短で働いて家事育児も全部してて、以前のようなポジションでどうしても働けなくなったり、20代独身時代に描いていた自分と大きく変わっているけど、それを見つめる時間も、話す相手も、そのまま受け止めてくれる相手も見つからなくて、そんな気持ちに蓋をしていることってないだろうか。

自分で選んだ結婚で、出産で、今の働き方・生き方で、都度都度ちゃんと選んだんだけど、なんだけど・・・なにか違うようで物足りないようで・・・なんだろうこのモヤモヤは・・・

でも、周りの友達も含めてみんなそんな感じだから、そんなものなのかもしれないけど、でも何か違っているようで足りないようで、満たされないようで、疎外感があって、何かわからないけど、ソワソワ渇望する感じって、ないだろうか。

もちろん、自分で選んだ道を自分らしく突っ走っている方もいるけど、そうじゃない方もいて、誰かに話したい・聞いて欲しい、そんなわたしを知ってほしい、認めてほしい、という方、いるんじゃないだろうか。

私は自分のことを後回しにしている人と共にいたい

自分の中にある願いや思いや、10代20代の夢いっぱいだったころの気持ちを思い出して、生き生きと日々生きる感覚を思い出してほしい。そのための一つの手法としてコーチングがあることを知ってほしい、選択肢としてこんなものがあるよ、ということを知ってほしい、と願っている。

先日、セッションした大学時代の友人(2児の母)と話をしてとてもそれを強く思った。彼女の本当の願いはなんだろう。
いろんな役目や立場を負った彼女が、いろんなものを脱ぎ捨てたとき、本当に願うものはどんなことだろう。それが何かをまず思い出して、そこに向かうには、何をしたらいいんだろう。それを自分で思い出してほしい、そんな願いを持ちながら、私はコーチングをしていることを改めて気づかされた。

セッションを終えた後に、彼女が書いてくれたこのブログを読んで、改めて私の願いを呼び起こしてくれたので、感情が赴くままにnoteしてみた。

コーチングは“ただのビジネススキルじゃない”
アンパンマンがいうような、やなせたかしさんが言うような、
何のために生まれて、何をして生きるのか、
自分で自分のことを答えられない何で嫌だ。

と言うことなんじゃないかなと、ひしひし思う。

まさに願いはアンパンマンマーチ

何のために生まれて
何をして生きるのか
答えられないなんて
そんなのは嫌だ
今を生きることで
熱い心燃える
だから君はいくんだ 微笑んで

何が君の幸せ
何をして喜ぶ
わからないまま終わる
そんなのは嫌だ
忘れないで夢を
こぼさないで涙
だから君は飛ぶんだどこまでも

♪アンパンマンのマーチ 作詞:やなせたかし

まさに、そうなんだ
コーチングはただのビジネススキルじゃない。
何のために生まれて何をして生きるのかを自分に問う、自分の時間だと。
強く強く、熱く熱く書き記したい。
わたしの中の熱いものがむくむく出てきたので、熱いまま感情的に書いてみた。

私は、自分のことを後回しにして誰かのために今を生きている人に、自分自身のことも慈しんで欲しい。そのためにコーチングの手法を提供したい。


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