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小説『生物失格』 1章、英雄不在の吸血鬼。(Episode 3)

1話目はこちらから。

Episode 3:無彩色世界論と、彼女からのお誘い。

 晩春を迎えつつある外は、心地よい暖かさを残している。
 雲ひとつ無い青空は清々しく、時折吹く風は肌を労わるように優しい。

 ……などと、今目の前に広がる景色を小説では描写するのかもしれない。
 だがはっきり言わせてもらえば、そんな記述は不要だ。
 その表現技術が小説家としての腕の見せ所の1つなのは分かるが、どう考えても蛇足だ。あんな記述に読者は一々目を配るのだろうか。どれだけ細かく覚えているのだろうか。そもそも情景描写なんてしなくても、読者が勝手に補完しているものではなかろうか。
 もっと踏み込んでしまえば、ストーリーやキャラが良くなければ途中で読み捨ててしまわないか。
 だから風景描写なんて、次のように大雑把に書いておけばいいだけなはずだ。『暖かく、そよ風の吹くよく晴れた日。』と。
 風景なんて所詮バックグラウンドであって、物語の主役はやはり登場している人物なのだから、最低限を用意してあれば済む話だ。それ以上を望むのは贅沢ではないか――小説なんて嗜好品だから、どれだけ贅沢しても責められる謂れはないけれど。

 ……こんな話を、今横で一緒に登校しているカナに以前言ったことがある。
 うーん、と少し考えてから、こう一蹴された。

『リアリティが無くて私は嫌だなー。えーたはさ、無彩色の映像見てて面白いって思う? 口パクだけのドラマを見て心動かされる? 小説には映像や音が無いからこそ、文字でどうやって現実を感じさせて、その上で物語を読んでもらえるようにするか――それを追究するのが小説なんじゃないかな』

 一理どころか百理くらいあった。
 その時自分は何も言い返せなかった。まあその後「ふふーん」というカナの可愛いドヤ顔も見れたし、良しとしている。
 一方で、心の中で思ったことはある。
 背景色なんて無彩色でも良いじゃないか。人の口なんて音を発してなくても良い。
 カナだけが色付いて、カナの言葉を感じ取ることができればそれで良い――カナ以外に心を動かされることなど、無いのだから。
 晴れだろうと雨だろうと、暑かろうと寒かろうと。
 料理が美味しかろうと不味かろうと。
 世界は色に満ちていて、人々がそれに感動しようと。
 自分の指を料理中に切り落とそうとも。
 その他のことなど、あってもなくても同じことだ。
 カナさえいれば、世界なんて色褪せても良い。どうなろうと構わない。
 そう、極論を言えば――。

「ねぇ、えーた!!」
 カナが、自分の腕を殴って振り向かせようとする。
 ……ずっと思考に耽っていた。反省。
「あ、ああ、悪い、何だ」
「もー、ずっと呼びかけていたのにー! また私そっちのけになって! それだけ!?」
「すまなかった」
 ちゃんと頭を下げた。カナはそれで溜飲が下がったらしく「いいよっ!」と軽く許してくれた。女神か。
 いや、しかし本当に気をつけよう。何だか今日は戯れた思考が多過ぎる。
 ……閑話休題。
「それで、何か話すことがあったのか?」
「そうそう! えっとね、最近さ、リアル幽霊屋敷の話をね――」
「行かないぞ」
「まだ言い切ってないよ!?」
 まあ、言いたいことは分かるからな。
「いや、どうせ『面白そうだし行こうぜー!』って魂胆だろ?」
「正解!」
「やっぱり行かねえ」
「何でよ!」
「行きたくないからだ」
「理由になってないっ!」
「じゃあ、何でカナは幽霊屋敷に行きたいんだよ」
「行きたいからっ!」
「理由になってねえ」
 よく考えれば幽霊屋敷くらいどうってことない。呪いも怨念も、自分にとっては何も心動かされない。
 理由は簡単。
 この身が既にからだ。これについては説明をする気など更々ない。個人情報をひけらかすのは、この情報社会においては致命的な行為でしかない。
 さて、それでも幽霊屋敷に行きたくない理由だが、それは単純に行っても仕方ないからだ。
 日常にスリルを求めるためにわざわざ幽霊屋敷に行くなど、頭がおかしいとしか思えない。
 だ。
 その相手がたとえカナであっても、その思いは変わらない。当然それを面向かって言うことはしない――そうではなく、おかしな道を進み始めたカナを惹いて引き戻せばいい話だ。だから『行きたくないから行かない』という同義語反復トートロジーになってしまったわけだが。
 ……ふとカナの方を見ると、頬を膨らませて涙を目に溜めていた。
「むーっ! 行くったら行くのー!! 明日!」
「唐突過ぎる」
「いつだって旅は唐突に思いつくものなの!」
「旅じゃないだろコレ」
 いかん。このままではカナが戻れなくなる。急ごう。
「……いや、だってほら、宿題あるだろ?」
「そんなの夜までに終わるでしょ!」
 適当に理由をでっち上げたら正論で返された。
「……心霊番組で良くないか?」
「それもいいけど、えーたとリアルを共有したい!」
 ……カナの強すぎる好奇心には、少し参ったものだ。
「とーにーかーくっ! 私は絶対行くからね! 幽霊に攫われていなくなったらえーたのせいだからねっ!」
「うぐ」
 そこを突かれると弱い……流石に分かっているな。
 もし、本当にカナが帰ってこなかったら、自分は、どうなるのだろうか。

 ――と、割と真面目に考え始めたところで、カナは意地の悪い笑顔を浮かべた。
「……もしや、えーたは、幽霊屋敷が怖いんだね?」
「……は?」
 何故そうなる。
 カナがニコニコしながら続けた。
「怖いんでしょー? だから行かないんだ! ふーん、男の子なのにねぇ……」
「……っ」
 ……そう言われては、男の名が廃るというものだ。
「怖いわけあるか」
「じゃあ行かない理由ないじゃん! 一緒に行こうよっ! 楽しいよきっと!」
 その『幽霊屋敷』とやらが楽しい確証はない。というか、楽しむような場所じゃないし、遊び半分で行くところでもないだろう。
 だが、まあ。
 さあ、ここからよく考えろ自分。ここからは無理矢理に、今までの『カナを否定しようとした自分自身』を説得して捩じ伏せる番だ。
 ……。
 …………。
 ……………………。



 ……
 よし。
 いや、『よし』じゃないが。それでも、よしとすることにした。
 ……自分はカナに対して甘い。分かっている。が、良いじゃないか。
「……わかった、行こう」
「え、ほんと!? やったあ! えーた、好きっ!」
 好きの安売りだった。どころか抱きついてきた。カナにならどれだけ売られても全て買うから問題ないが。
「わかった、わかったから抱きつくな」
「……ぅあっ! はい! ごめんなさい!」
 ぱっと離れて顔を紅潮させるカナ。
 ……どうしてこの子、毎回自爆しているんだ。
「いいから、ほら学校行くぞ」
「……ふぁーい」
 ということで、カナのお誘いを頂いた自分はカナと一緒に、退屈な時間しか流れない学校という名の半強制収容施設に向けて歩みを進めた。



***

 そうそう。さっきの続きだ。
 ――極論を言えば。
 


次の話へ。

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