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小説『生物失格』 1章、英雄不在の吸血鬼。(Epilogue)

1話目はこちらから。

Epilogue:目が覚めるとそこは。

「……おおぅ」
 白い天井、白い蛍光灯。
 見慣れているが、見慣れるべきでない光景だった。隣にはカルテのようなものを持っている医者と看護師が立っている。
「なんだ、もう目が覚めたのかね」
 医者が口を開いた――名前は確か、天荒てあら良辞りょうじだったか。名前であまり呼んでないからうろ覚えだが、多分そうだった筈だ。
 しかし、だ。
「……まるで目覚めて欲しくなかったような言い草だな、『最低』先生」
「そりゃあ『失格』クン。起きてたら何をしでかすか分かったものではないからな。後は入院費用がもう半月ほどは掠め取れるかと思っていた訳だが」
「やっぱり『最低』じゃねえか」
「『失格』よりはマシだがね」
 まあ、この悪態のつき合いもいつも通りだ――いつも通りであるというのも良くない話かもしれないが。
 『失格』よりはマシ、か。
 それは正しい。何故なら『最低』はあくまで『最低でしかない』からだ。欲に塗れて人を惑わすというのは、ある意味で人間らしい。
 だから、肉を抉る程の『失格』の烙印は押されずに済む。
「まあ良い――『失格』クン。治療経過については良好、その回復力を見せれば1ヶ月半といったところだろう」
「意外に長いな……」
「そうぼやくのなら、頭のおかしい自分を恨むのであるな」
 反論できない。
 いくら頭に血が上っていたとはいえ、自分で自分を刺し直して血を流すような真似をするのは、まさしく『生物失格』としか言いようがない。
 種を保存し、性を繋いで生を紡ぐ生き物としては落第なのだ。
「では、私は毎日定期検診に来るのでね、絶対安静を守るのだぞ。私に入院費用を追加で課金してくれるというのなら話は別だがね」
「安静にしてやるよ、良辞先生」
「キミに『先生』と言われること程、最悪なこともないね、『失格』クン」
 ではな、と医者は部屋から出て行き、隣に着いていた看護師――無表情と無言を貫き通した名も知らぬ彼女も、一礼だけして去って行った。
 それと入れ替わるようにして。
「えーた! 目が覚めたんだねっ!」
 病室に駆け込むようにカナが入ってきた。嬉しさと怒りとが入り混じったような、なんとも言えない表情をしていた。
 ……流石に今回ばかりは反省だ。以上の無茶をやらかしてしまったのだから。
「あ、ああ……心配かけた」
「心配かけた、じゃないよっ!!」
 だから、素直に叱られよう。
「何してんの! ただでさえナイフで刺されて重傷なのに! 自分でもう一回刺すとか! 馬鹿でしょ、馬鹿なんでしょーっ!!」
「……返す言葉も御座いません」
「この馬鹿! 馬鹿ぁっ!!」
 ……終いには自分をぽこぽこ殴ってきた。流石にこれはやめて欲しい。生憎何の痛みも感じないから、今食らっている打撃で傷口が開いてしまったかどうかすらも分からないのだ。
 口を開こうとしたその時――ぽたり、と自分のベッドに雫が落ちた。
 カナの、涙だった。
「……本当に、死んじゃったらどうするの……怖かったんだからぁ……」
 身体の痛覚がないとは言え、心の痛みとやらは感じ取れるものだ。そこまで、自分は落ちぶれていない。
「……悪かった」
「うぅっ」
「…………本当にごめんなさい」
「それだけ?」
「……他に何か所望ですか、カナさん」
 何故か丁寧語になった。
 いや、ならざるを得ない。主導権は今、絶賛カナの方にあるのだから。
 俺が言うと、カナは頬を膨らませながらチラシと2枚のチケットを出してきた。
「今度、このサーカスにデートに行くことっ」
「サーカス?」
 サーカス。
 ……そう言えば、移動式のサーカス集団がこの街に来るという噂だったか。
 何日も前から告知があった気がする。確かサーカス団来るのは1ヶ月後くらいの筈だ。だからデートをするまでにはこの怪我は治せる筈だ。
「良い? 拒否権なんてないんだからっ! サーカスまでは十分時間あるからちゃんと治してからデートすること!」
「……分かった」
 何でもしてやる。何にでもなってやる。カナのためなら。
 たとえ、世界を敵に回したとしても。
 だから、サーカスを見にデートに行くというのは、お安い御用だ。
「早く治すように頑張るよ」
「やったあ!」
 喜びを爆発させるカナ。……それで良いのだろうか、と今更ながら罪悪感が強くなる。
「本当に、ごめんなさい」
「もう良いって! 無事に生きて戻ってきたことだし、デートも約束してくれたし! えーたなら約束破らないって知っているもん!」
 そりゃあ。好きな人との約束、破る筈がない。
 破る、筈が。

 さて、会話が一区切りついた辺りで、ふとカメラが視界に入った。
 あの『幽霊屋敷』に持って行ったカメラだ。
「そういえば、カメラ持って来ていたんだな」
 自分の言葉を予期していたらしいカナは、えへんとドヤ顔をしてきた。
「この前の写真! 何だかんだで色々撮ったし、一緒に見てみようかなって!」
 ……よく事件証拠として押収されなかったな、と思ったが、多分こうして一緒に写真を見るためなら、カナは簡単にこのカメラの存在を隠すだろう。
 まあ別に今回は良いだろう。犯人は明確だし、多分逮捕されただろうし。
 他に事件に役立つ何があるというのだ、あのカメラの中に。
「じゃ、見るとするか」
「そうしよそうしよっ!」
 カナが自分の横に座って密着する。心臓がどきりと跳ねる。華やかな香りがする。
 色々気が気でなかったが、自分はカメラを持って操作をした。恐怖を紛らわせるためとは言え、カナは本当にたくさんの写真を撮ったらしい。
「凄い数だな……これどれだけ撮ったんだ?」
「わかんないや!」
 てへっ、と言うカナ。可愛い。
 早速、撮った画像を一枚ずつ見ていく。
 うん、確かに一階から沢山のガラクタが置いてあった。
 過剰な心霊スポット擬きだったなあ、と今でも――。

 ……ん?

「……どうしたの? えーた」
「いや、これ」
 指をさした。
 画像は、あの廃屋の1階の写真。
 その、右端。
「……え」
 カナは顔を青ざめさせる。体が震え始める。
 そして。
「……で、ででで、出たーーーーーっ!!?」
 大絶叫。
 その勢いのまま、病室を出て行ってしまった――看護婦に怒られること間違いなしだ。
「……まさか、本当にいるとは」
 指をさした部分。
「……
 そこには見知らぬ女性が1人、立っている姿がぼんやり写っていた。

 ちなみにカナはこの後看護婦にこっぴどく叱られ、カメラは当然捜査資料としてそっくり没収されましたとさ。

 大怪我を負った――いや背負い込んだとはいえ。
 平和に事を終えられて、満足する自分であった。

***

次の話へ。

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