小説『生物失格』 4章、学校人形惨劇。(Episode 3)
Episode 3:閉鎖学校。
「……ねえ、えーた」
「……ああ」
校門を抜ける。その瞬間、強烈な違和感に襲われる。恐らくカナも直感で不安を察している筈で、早くも自分の服をギュッと掴んでいた。
誰だっておかしいと思うだろう。
普段朝練で喧しい運動部員のホイッスルや掛け声も、生徒指導の舎人遣使の煩い説教も、生徒の笑い声も。
攻河中学校から、人間の息遣いが聞こえてこないのだ。蝉の音が不気味に五月蝿いばかり。
もしかして登校日を誤ったか、と一瞬疑ったが、そんな筈はない。今日は平日――それも終業式前日だ。学校は平常運転の筈。
「……ど、どうしたんだろ」
カナが上目遣いに尋ねる。自分にも分からないので、「……どうしたんだろうな」と答える以外に無
ガタン!!
「うひゃああああああっ!?」
服を摘んでいたカナが、腕に抱きついてきた。
いや、今のは流石に驚いた。
振り向くと、さっきまで開いていた校門が、誰もいないのに閉まった。
閉じ込められた、と直感する。
これは例の連中の襲撃だろう。
《その身に『死城』の呪いを受けし人間共。完膚なきまでの復讐の時だ。心当たる者の連絡を待つ。》
あのフレーズが、また頭の中で再生される。
「……カナ。絶対に自分から離れるなよ」
こくこくと頷く。その顔は恐怖で真っ青だ。
絶対に許さない。カナをこんな目に遭わせやがって。
必ず半殺しだ。
ともあれ前に進むしかない、とカナを引き連れ校舎へ。玄関口に辿り着いて、そこで気付く。
ドアが閉まっている。
それどころか、窓という窓が閉まっている。2階も3階もどの棟も、視認できる限りでは全て。
まるで、封じ込めたい何かがいるかの様に。
「……」
意を決してドアを開ける。入らねば何も――。
ドアを、開いた瞬間だった。
咽せ返るような熱気と、血の臭いが襲い掛かる。
「っ!?」
反射的にドアを閉め、口を押さえた。如何に血の臭いを嗅ぎ慣れているとは言え、流石にこれは厳しい。カナもハンカチで口を押さえていたが、とうとう耐えきれなかったのか自分の腕から離れる。
折角作った朝ご飯がぶち撒けられた。ドアを閉めてから、真っ先にカナの背中を摩りに行く。
「カナ」
「えーた……ごめんなさい……」
「気にするな。それが普通の反応だ」
人間にとっては普通の反応。
怪物にとっての日常茶飯事に対する、普通の反応だ。
えずくカナの背中を、摩り続けること数分。何とか息も整え落ち着いてきたようだった。
「……落ち着いたか?」
「うん……えーた、ごめんね」
「謝るようなことしてないよ、カナは」
謝らねばならないのは、学校をこんな場所にしたヤツの方だ。
兎に角、カナをこの場に留めるわけにはいかない――怪物としての本能が、そう判断する。
手を握り、自分達はすぐさま校門に向かう。ここを開けさえすれば、脱出して警察に駆け込むことができる。
だが、全くビクともしない。
「……っ!」
糸のようなもので、校門が閉じられたまま固定されていた。明らかにこれは学校側がやったものではない。こんな風に閉じてしまっては、生徒は誰1人登校できず、全員遅刻が確定してしまう。
兎も角、外に出られない。
そして、外部への連絡手段もない。
この学校では、スマホの持ち込みが禁止されている。世間を難なく渡るためにルールは守る自分は、スマホを持ち込んではいなかった。当然、カナも持っていない。彼女が持って来たのを自分は1度として見たことがない。今連絡をしようとしていないのも、その証左だろう。
そして、学校の中の固定電話も望み薄と思っていいだろう。校内のあの血だ、既に誰かが警察に通報していてもおかしくない。それでも警察が来ていないのが、電話線を切られ、固定電話を使えないかもしれない推測を補強してしまっている。
つまり。
自分達は今、文字通り八方塞がりだった。
「……クソ」
――いや。
ただ一方向だけ、道がある。
血の臭い漂う校舎を振り返り見る。
「いいからさっさと来い」と圧を掛けられているように、自分には見えた。
怪物の――『死城家』末裔の自分に。
まさかそんな場所に、カナを連れて行く訳にはいかない。カナには、相対的に安全な所でお留守番してもらうこととしよう。
手近な体育用具の倉庫を開ける。むわり、と夏の熱気が解放され、肌を撫で付けた。熱中症のリスク等々を考えると、そう長くは時間を取れないなと思いながら、カナに言う。
「カナ。頼む。暫くここに隠れていてくれないか?」
その間に、怪物がこの危険を片付けるから。
そう言うと、不安そうにカナが尋ねてくる。
「えーたは?」
「ここから出られる様に、あれこれ探してみるよ。大丈夫、すぐ戻――」
「いや」
カナは首を横に振った。どころか自分の服を掴んできた。恐らく独りにされるのが怖いのだろう。
仕方ないことだ。
学校の玄関から覗かれる、非日常的で非常識な血量を見てしまえば。
「お願い。行かないで、えーた」
「……」
潤んだ目と震えた声で訴えかけられる。
男は女の涙に弱いものだ。
だが時には、その涙を乾かす為に強くあらねばならない。
今が、その時だ。
「……カナ。頼む。このまま一緒に危険な所にい続ける訳にはいかない。ここから2人で出る為に、あそこに行かなきゃいけないんだ――大丈夫。絶対に、戻るから」
「…………」
カナは少し黙る。黙ってから。
「……分かった」
鼻を啜りながら、涙を自分で拭う。
それから、ぎゅっ、と自分に抱きついてきた。
「絶対。絶対だよ。言ったもんね、絶対! それと……無事に帰って来て。約束」
「勿論だ」
カナと自分は、抱擁を解いて、小指を引っ掛けあった。
指切りげんまん。
嘘ついたら怒るからね。
指切った。
随分優しい指切りげんまんに、思わず微笑む。つられてカナも。
そうだ。
自分はこの笑顔を守る為に、戦うのだ。
「……じゃあ、大人しくしててくれよ。水は飲みに行っても構わないけど、気をつけてくれ」
「うん」
自分は倉庫を後にして、校舎を前にする。
血に覆われた校舎。
思わず息を呑む。構わず扉を開ける。
しっとりとした血臭の熱気。ハンカチで口を覆い、土足で校舎へ。
靴箱の間を潜り、左――職員室のある方へ向く。
「……随分なお出迎えだな」
そこには首なしの男女が、腕と脚を投げ出して転がっていた。もう誰が誰だか分からないが、誰が誰であっても自分には関係なかった。どうせ懇意にしているクラスメイトなんて1人も居ない。
関係があるとすればカナの方だ。中には友達もいるかもしれない。こんな光景、とてもじゃないが、カナには見せられない――。
ぴんぽんぱんぽーん
また思わず体が跳ねた。静かな校舎に、突如大音量で放送チャイムが鳴るのだから当然だ。余程この惨状を引き起こした犯人は、ビックリ系が好きらしい。
校内放送が鳴り響いた。
『あー。テストテストォ〜。ってコレ録音だから意味ねえかァ〜。てな訳で、ようこそォ〜。サーカス『ノービハインド』をぶっ潰してくれやがった、糞ガキがァ〜!』
そしてそれは、聞き知った声だった。
あの、殺人サーカスで聴いた声。
間違いなく、殺人鬼――糸弦操の声だ。
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