小説『生物失格』 4章、学校人形惨劇。(Episode 4)
Episode 4:死体遊戯、起。
――輪切りにされたマジシャン、奇季の鮮烈な殺害光景が、脳内に甦る。
その殺害をやってのけた奴は、サーカス集団『ノービハインド』の元一員、糸弦操。忘れもしないソイツが今、校内放送で自分に呼びかけていた。
ヤツ自身の言葉の通りなら、夜にしか大人の姿に戻れない筈だ。子供の姿のアイツは、まともに話すことができていない記憶があるから。
故に今校内放送で流れているのは、確かに本人の言う通り録音なのだろう。
『アタシの作業が完璧に終わったなら、今頃全校生徒、大体漏れなく首なしになってるだろうなァ〜!』
……全校生徒。
なるほど、咽せ返る血の臭いはそれが原因か。
どうやって全校生徒を集めたのかは分からない。ブラフかもしれない。それでも、本当にそうできるのではないかという凄みが、コイツの語調には含まれている。
しかし。
何が目的だ。どこかの文明の儀式でもあるまいし、それだけの大量虐殺をしたところで何の意味も無い。
『死城』を殺すなら、とっとと自分を殺せば良い。こんな回りくどい事をする必要がどこにある?
『こんな回りくどい事をする必要がどこにある――とか思ってんじゃねェのかァ〜!?』
……畜生。
こんなヤツに心を読まれた感じがするのは、非常に腹立たしい。
が、こんな読心は高確率で当たりそうだな、と思い直す。
『もうすぐ死ぬお前に種明かしをするとなァ〜。ただハンティングフィールドを作りたかったって一言に尽きるぜェ〜!』
……ハンティングフィールド?
もしやコイツ、俺が逃げも隠れもできない場所を作る為だけに、学校そのものを手にかけたとでも言うのか?
……これを自分で言うのは、自分を棚上げしている気がしてアレだが、敢えて言おう。
イカれてやがるぜ、この化物め。
『アタシは、貸し借りはキチンと返すタイプだからなァ〜。今3つの借りを返す為に、お前を殺すんだぜェ〜』
思考が、人間のソレから外れている――怪物のソレに、合致している。
『まずは呪いをくれやがった『死城』を殺す、これは確定事項だァ〜。で、『死城』に居場所を奪われたことへの仕返しだァ〜。そして最後に、あの夜、お前の呪いにしてやられた事だァ〜! 当然、これらの復讐手段はお前の殺害で行うぜェ〜!』
ただの個人間の貸し借りの問題に向き合わせる為に――逃げられない様にする為だけに、外堀を埋めてきやがった。
しかも3つの内、最早自分個人への恨みとも言い難いものも混じってる。糸弦操が夜にしか元に戻れない呪いに掛かったのは自分のせいじゃないし、大体『ホープ』――京戸希望の依頼を受けた結果サーカスが潰れたのであって、その根本的原因はつまるところ京戸希望にあるのであって、自分ではない。
組織の責任は、構成員の責任だ。
『……さァて。コレで大体言いたい事は言ったし、そろそろお前の事も殺してェからよォ〜! 狩りの開始と行こうじゃねェかァ〜!』
……だが、事ここに至れば仕方ない。
首を、突っ込んでやるしかない。
逃げも隠れもできないから、逃げも隠れもしない。
やってやろうじゃねえか。
カナに被害が及ばない為にも。
この怪物に、相対せねば。
『生物失格』という名の、この怪物が。
『狩りのルールは単純明快ィ〜! お前を狩ったらアタシの勝ちだァ〜! 狩られる前にアタシを見つけて殺せばお前の勝ちだァ~! 準備は良いかァ〜!?』
ルール説明は無視。とっとと廊下を走り出す。
ゲームの主催が勝つ事が前提のルールなど、説明されてもほぼ何の意味も無い。大体狩りにおけるルールは、狩る側にとってのルールでしかない。狩られる側は、ルールの談合から排除される。世の中の何処に、狩られる側の動物と協議する猟師が居るだろうか?
『狩りの開始だァ〜! ……おい、小ちゃい糸弦操チャン。この音声が今終わるから、手順1の通り糸を動かしてくれェ〜』
ぷつり。
ぴんぽんぱんぽーん。
校内放送が終わりを告げた。狩りの開始だ。
……しかし、一体どうやって狩りをするつもりだ?
狩りの主催である糸弦操は、昼なので子供のままの筈だ。まさか、小学生サイズの子供が自分を狩りに来るのだろうか。
そうだとしても十分あり得る。だが油断は禁物。『死城』を殺すのなら万端の準備をしなくてはならない、という原則がこの世の中には満ちている。
幾ら相手が子供でも、或いは子供然とした体格でも、『死城』に相対する以上、相応の格を持っている可能性が高いことを。
そう、あの国民的なミステリー漫画のようなものだ。『見た目は子供でも頭脳が大人』の様に、内に秘める武器があれば、子供の体でも大人にも太刀打ちできるように。
まあ、アレは所謂博士の秘密道具も一役買っているのだが。自分も欲しいものだ――廊下を走りながら、切実にそう思ってみる。
……だが。
もし狩りに、本人が来ないとしたら?
その場合、狩り手法の1つは、罠を仕掛けてひたすら待つこと。これはかなり現実的だ。相手が糸使いである以上、トラップなど仕掛け放題。今後はそれに気をつけねばならないだろう――と気を引き締める。
もう1つは、猟犬を使う。しかし全校生徒が殺された以上、『猟犬』として使えそうな者は校内に存在しないだろう。とすれば、罠を仕掛けまくってひたすら待つのが有力――。
……。
……いや。
まさか。
その時。
ぴちゃり、と足音が鳴った。自分は瞬間走る足を止める。
足音が鳴った先は角。そこを曲がった先にあるのは――職員室!
「……なるほど、悪趣味な事するじゃねえか」
色んな意味で。
まさか、先生に生徒を殺させるなんてな。
だが、猟犬役として、これ以上相応しい人もいないだろう。
上等だ。
その悪趣味な毒牙がカナに到達する前に、お前を潰してやる。
潰してやるぞ、糸弦操。
その覚悟を決めた途端。
血塗れの服に身を包み、包丁を手にする生徒指導教諭――昨日散々自分に説教を垂れた、舎人遣使の姿が現れた。
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