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死なずの魔女の恋愛譚(ファンタズム)「二、歩く厄災共。」

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☆前回までのあらすじ☆
壊理アンチロジカル。凡ゆる姿形を破砕し、全世界の人間に一人一つ破滅的な行動原則――外論ファンタズムを課した現象により、世界は混沌の渦に落ちた。『獲得欲求と拒絶拒否』の外論ファンタズムを与えられ、恋人を離したくないが為に殺してしまった少年、昏殻くれがらこばみは逃亡中、東京スカイツリーから投身自殺して甦った少女氷空町そらまちしのぶと出会う。一目合うなり、彼女は言った――「私、あなたのことが好きになっちゃった!」と。

☆登場人物☆
氷空町 慕:恋する不死身の魔女。
昏殻 拒:恋で狂う殺人鬼。

障害物競争の攻略法は二つだ。
全て無駄なく避けるか、全て隈なく壊すか。

***

 ……現在の状況を整理しよう。
 恋した五人目の少女を殺した少年昏殻拒は、東京スカイツリーから投身自殺をして甦った、同い年位の可愛らしい少女氷空町慕に、一目惚れの告白をされた。
 何を言っているのか分からないと思うが、誰も何が為されたのか分からないだろう。
 異常なる少女を実際に目にした拒以外には。
「……へえ」
 拒は口を歪める。大層嬉しそうに、大変楽しそうに、口角を上げ――外論ファンタズム『獲得欲求と拒絶拒否』により、自らの意志に反して。
 たとえ本当の彼が「普通の恋をしたい、少女の死体を生み出したくない」と願っても、足蹴にされ一蹴される。その上で、拒の外論ファンタズムはこう断ずるのだ。
 可愛いの前では全てが服従する。告白を受ける以外の選択肢など皆無――と。
「僕で良ければ、喜んで」
 こうして、五人目の恋人を殺して僅か一時間。拒に六人目の恋人が出来た。
「本当!? やった!」
 慕は嬉しさから溶け落ちそうな頬を支える様に手で包む。
「へへ。夢みたいだ……」
 頬を朱に染め、夢見心地な表情を浮かべる。本当に可愛らしい――先刻まで体の中身を真っ赤に撒き散らし、死んだことを忘れさせる程。
 恍惚さを引き摺ったまま、慕はポケットからスマートフォンを取り出した。
「ね、そしたら連絡先交換しようよ! スマホ、持ってる?」
「勿論。現代人だからね」
 拒も取り出し、チャットアプリを開く。緑色がブランドカラーのそのアプリは、まるでこの世界を象徴している様だった――この世界では、日中にの空が広がる。
 慣れた手つきで連絡先を交換すると、両者の画面に各々のプロフィールが表示される。拒の手元には、Vサインで満面の笑みを浮かべる慕の写真のアイコン。拒の口角が無意識に上がる――。
「む」
 と、藤色の瞳にブルーライトを反射させる慕が頬を膨らませた。
「拒、この横にいる女の子誰」
 聞いた瞬間、拒は青褪める。
 間違いなく、つい一時間前に別れた殺した恋人だ。
 もう言い逃れは出来ない。怪しまれぬ様さっさと答えよう。但し真実殺人は隠したまま――慕を何が何でも手にする為に。
「……実はさっき、こいつと別れたんだ」
 生別でなく死別――否、『殺別』と言うべき殺伐とした状況があった訳だが、詳細は喉の奥底へ呑み込む。一部の真実しか伝えなくとも、それが全ての真実と偽れば罷り通ることを、小狡くも拒は知っていた。
 一方の慕は「……あー」と言いながら、顔をぐいと近づけた。
「だから、こんなに目腫らしてたんだ」
「っ!?」
 拒は咄嗟に自分の目を腕で覆う。
 最悪だ――奥歯を音なく噛み締める。こんな情けない顔を見せてはお終いだ。
 男の子は常に格好良くてはならない。女の子は臆病さに惹かれるのではなく引いてしまうから。
 慕も例外で無いだろう。あくまで拒には一目惚れでしかないのだ――二目見て幻滅しても可笑しくない。

 まあ。
 関係が破綻したら、その時は。奪えなくなる程に心が遠くへ離れた、より手近にある命を奪わだろう?

 破滅的な思考に毒されそうになる拒の手を、慕が握る。優しく、包み込む様に。
「心配ご無用!」
 暗さを吹き飛ばす笑みを浮かべて。
「幻滅しないよ――人間、悲しい時は泣けば良いんだし」
「……」
 しかし、と拒は思う。
 壊理アンチロジカルが起きてからというもの、拒の周りは悲しみに満ちている。しかもその引き金を引いたのは当の本人だ――外論ファンタズムによる不可抗力とは言え。
 涙を流す権利が、資格が、立場が。拒には果たしてあるだろうか?
 だから拒は泣く事を自ら許さない。まあ、たかが中学生がそんな繊細な感情のコントロールをできる筈も無いのだが――。

「ねェ、君達」

 背後から低い声が割り込んだ。
 振り向いた先には警官。但し頭部は拳銃そのもので、その自重で猫背だった。着用する制服には血がこびりついている。
 彼は愉快そうに、銃口から音声を発した。
「深夜に出歩くなんて悪い子ね。社会常識に背いたんだから――お仕置き受ける覚悟、出来てるわよねェ?」
 後頭部の撃鉄を起こし、大口径の銃口を二人へ向ける。顎下の引金を引けば、巨大な弾丸が頭を文字通りに粉砕するだろう。
 社会常識なんてこの世界にあるものか、大体そっちも僕らを殺す気満々の癖に――拒は警官の言葉に毒づくが、殺される恐怖が口に出す事を躊躇わせ――。

「オジサン。社会常識なんて死語、よく使えるね〜」

 ……慕は、毒のある笑顔で毒のある言葉を堂々と吐き捨てた。警官の拳銃がカタカタ鳴る――恐らくは、怒りで。
 拒は居ても立ってもいられず、慕の手首を握る。
「逃げよう、慕!」
 このままでは殺される。折角恋人になれたのに死んだら元も子もない。先ずは逃げなくては!
 ……しかし、慕は拒の手を引っ張り返した。
「拒、大丈夫」
 宥める様な柔らかい笑み。が、死への恐怖から安堵など出来る筈もなく、拒は一も二もなく怒鳴る。
「でも……!」
 それでも慕は退かない。
「どうせ逃げたってこの手の人間は追っかけて来るよ――それこそ地の果てまでね」
 ……何故、断定形なのだ。
 拒は引っ掛かりつつも、凄みと重みと真実味を言葉から感じた。
 慕は続ける。それはそれは、とても良い笑顔で。
「それに、こんな雑魚相手に負ける訳ないし」
 瞬間。ぷちり、と堪忍袋の緒が切れる音が確かに聞こえた。
 次に聞こえたのは、爆発音と、慕の頭の口から上が弾け飛ぶ音。警官の頭の銃口から特大の弾丸が叩き出され、慕の上唇から上を無惨に砕いたのだ。
 脳漿が、血が、肉の付いた骨片が、拒の顔に飛び散る。柔らかさや硬さを纏った生々しい感触が、自分の恋人が目の前で死んだ事実を叩きつける!
「っ、ああああああああああああああああっ!!!」
 声帯が切れんばかりに拒は絶叫した。
 可愛らしい顔が口だけ残る恐ろしい顔に変貌メイクアップさせられ、断面から覗く大小様々な血管から血液が断続的に噴き出している。
 あまりに衝撃的な画に、拒は思わず失神してしまった。
「う、ふふふ」
 拳銃警官は、硝煙を吐きながら銃口から笑い声を漏らす。カチカチと顔が震えていた――今度は殺人の興奮で。
「アタシの言うことに、従わないからよ。雑魚ガキ共め」
 がちり、と撃鉄を起こす。
 少女は殺した。次は少年。
「後は此奴を殺せば仕事は終わりね」
 凡そ警察の『仕事』では有り得ない殺人を遂行すべく、気絶した拒に銃口を向ける。寸分の容赦もなく引金を――。

「職務怠慢だね」

 聞き覚えのある声。同時に子供の手が警官の肩を掴んだ。
 そこには。
「ダメよ! ちゃあんと殺さなきゃ!」
 ――顔面を吹き飛ばされ、残った口を動かし言葉を発する、氷空町慕が立っている!
 警官は何が起きているか理解できなかった。理解したくもなかった。
「まー、殺せないんだけどね! 君みたいなストライクゾーンから外れた男じゃあさぁ!」
 あはっ、あはははははっ!
 残った口でコロコロと嘲謔する傍で、警官は思わず後退る。
 ――コレは夢だ。でなければ、目の前の悪辣な光景は一体何だ!
「えーと、こういう時何て言うんだっけ! 『此奴を殺すのならば、まずは私を倒していけ!』だったかな?」
 しかし、異常な光景は終わらない。
 うねうねと。傷口から蚯蚓ミミズの様なモノが生える――体細胞繊維だ。先ずは傷口から真っ直ぐに脊髄が伸びていく。ある程度の高さに達すると中に蠢く脊髄神経が数億近くの細胞に裂け分かれ、器用に絡み合い脳が完成。続けて編み物でもするかの如く筋肉が出来、その間隙を血管が縫っていく。同時に骨細胞が脳を囲む様に積み上がり頭蓋骨を完成、その周りを編み終わった筋肉が覆い、仕上げにそれら全てを皮膚で被覆して髪の毛を装飾すれば。
 あっという間に、傷一つ無い美少女の顔の完成である。
 出来立てほやほやの綺麗な藤色の瞳が、警官の銃口を覗いた。
「っ、ああああああああああああっ!?」
 堪らず警官は絶叫と共に発砲、再び顔が砕け散った。今度は首から上全て。しかし再び蚯蚓が生え、顔面を構成していく。
 復活した慕はにたりと笑い、銃口に顔を近づけたまま話を始める。
「いやあ良かった、拒が気絶してくれて。こんな化け物じみた姿、見せたくないもん」
 引金を引く。血肉と骨が弾ける。蚯蚓の様なナニカで修復。
「女の子は常に可愛くなきゃ。男の子は醜さに惹かれるんじゃなくて引いちゃうんだもの」
 引金を引く。血肉と骨が弾ける。蚯蚓の様なナニカで修復。
「だから折角頑張ってるのにさあ。私の願いを叶える為に」
 引金を引く。血肉と骨が弾ける。蚯蚓の様なナニカで修復。
「……どーして、邪魔してくるかなあ?」
 引金を引く。血肉と骨が弾ける。蚯蚓の様なナニカで修復。
「良いじゃん。深夜に出歩いたって、」
 引金を引く。弾ける。修復。
「未成年が恋したって愛したって」
 弾ける。修復。
「不純異性交遊なんて大人の言葉で断罪して」
 弾ける! 修復!
「子供に清廉潔白ばかり押し付けないでよ!」
「さっきから何言ってんのよアンタはァァァァァァ!!!」
 引金を引く。
 かちり。……弾切れだ。
「……もういいかな」慕は冷笑する。「じゃあ殺すけど、文句無いよね? 人の恋路を邪魔しておいて今更さ」
 淡白に告げた瞬間、背後に突如銀色の刃が数十本召喚された。きらりと、刃が橙色の夜空に照らされる。
 警官は焦り、引金を引く。かちり。弾切れ。文句? 大ありよ。引金を引く。かちり。弾切れ。殺されたくないもの。引く。かちり。嫌、嫌嫌。かちり。アタシは死にたくない。かちり。アンタは死なないのに。かちり。かちり、かちかちかちか――。

 ……『アンタは死なないのに』?
 無駄な抵抗を続ける警官の中に、引っ掛かりが現れる。
 そうだ。
 『外論ファンタズムは、一人一つ与えられる』。狂った世界で珍しく貫かれている大原則の一つだ。

 ……もし、慕の外論ファンタズムが『不死身』だとするならば。
 

「……え、へ」
 化け物。
 正真正銘の、怪物。
 相手にした時点で終わりだったのだ――警官は今頃気付き、壊れた笑いを放つ。
 彼の笑いに呼応し、慕も愉快そうに笑い、
「じゃ、文句なしって事で!」
 明るく死刑私刑を執行する。
「早く拒をお持ち帰りするんだから」
 恋に浮かれて顔を赤らめながら、まずは警官の体に銀の刃を突き立て内臓を捌く。

***

「っ!」
 拒は上半身を起こす。目をかっ開き、早速状況を確認する。
 窓から差し込む朝の鈍い光。見慣れない椅子、見た記憶の無い机。壁にかけられた『魔法少女キュリティア』のデザインの見知らぬカレンダー。知らないテレビ。
 ……此処は何処だ?
 混乱しつつも拒は起き上ろうとベッドに手を着くと、ふに、と柔らかい感触が手を伝った。
 ……?
 ふに?
「んぅ……あれ、こばみ、おきたんだ……」
「っ!?」
 ベッドの隣に、パジャマ姿の慕がいた。今触れているのが彼女の胸だと気付くと、直ぐに手を離す。
 同時に理解する――此処は、慕の部屋だ。
「んー……っ! ふわあ……」
 慕は上半身を起こし、ぼさぼさの髪を下ろしながら呑気に欠伸あくびする。
「おはよ、拒」
「……おはよう」
 へにゃっと蕩ける笑顔と共に挨拶され、可愛さにやられながらも返す拒。
 ……ふと、昨晩のことを思い出す。顔面を弾き飛ばされた、あの数時間前の出来事を。
「っ! それより、大丈夫なのか慕!」
「……昨日のこと?」
 聞き直す慕に拒が首肯すると。

 慕はほんの一瞬、冷えた無表情を浮かべ。

 すぐに相貌を崩した。
「あはは! 大丈夫に決まってるじゃん! じゃなかったら今此処に私がいる訳ないもん」
「……」
 それはそうだが……。
「あー、信用して無いなー?」
「……ごめん」
 頭を吹き飛ばされといて「はい無事でした」と言われる方が無理がある。
「じゃあ――」
 唐突に慕は手を伸ばし、そのまま拒の背中に回す。当惑するが、為されるがまま抱き締められた。
 血の通っている温かさ。女の子の良い匂い。穏やかな息遣い。胸の確かな膨らみと、その奥で鳴り響く心臓の鼓動。
 ああ、生きてるんだと思わざるを得ない。言葉より雄弁な説得だった。
「ふふ、信じてくれたみたいだね」
 そう言うとハグを外した慕。頬にはほんのり朱色が混じっていた。抱擁して愛しさが募ったのか、勢いに任せ続けて告げる。
「ねえ、折角だからさ、今日デートしない?」
 拒に、断る理由は無い。
 可愛いの前では全てが服従する。
「良いね。どうせ学校も無いし」
 拒は嘘を吐いた。
 無論だが、世界が如何に壊れても義務教育というシステムは存在する。もっとも、存在するだけで扱いは既にぞんざいであり、真面に通う学生はごく僅かだ。それに、真面目に叱ってくれる両親は、拒にはもう居ない――共に仲良く壊理アンチロジカルで死んだ。
「じゃあ、ちゃっちゃと準備しよっか〜」
 ふわふわした甘ったるい声と共に、パジャマのボタンに手をかけ始めた。咄嗟に目を離すと、慕は拒に耳打ちする。柔らかな笑みが鼓膜を擽った。
「別に良いよ、拒になら」
「僕が良くないんだよ……」
 そう返すと、「ふーん」と明らかに悪戯っぽく笑う慕。それでもこれ以上追及しないことにしたのか、また距離をとって着替えを始めた。衣擦れの音も青春盛りな少年には刺激が強いのか、紛らわす為テレビの電源を付ける。
 朝のニュース番組。綺麗に磨かれた石みたく輝く全身スライムの女性が、淡々と報じる。

『――次のニュースです。本日未明、東京スカイツリーの下にて、奇妙な死体が発見されました。人間を無理矢理立方体に固めた様な奇異な死体であり、警察は犯人の射殺を視野に捜査を開始しております――』

 犯人、見つかるといいねー。
 ニュースの内容に呆然とする拒の耳に、慕の言葉が届いた。拒には見えなかったが、慕の口は確かに笑みに歪んでいた。

***

「やって来たねー! 遊園地!」
「だな」
 一時間後。慕と拒は遊園地のエントランスを潜り、土産屋の並ぶ明るい大通りに立っていた。中央には、正装をした男女の猫のマスコット看板がフォトスポットとして設置される。その前で、頭が片やプラグで片やコンセントのカップルが接吻キス宛らに接合し記念撮影。その周りでは、スライムの女性が細胞分裂で子供を生み出しては賑やかさを演出し、出来立てほやほやの子供達に、兎耳を生やした女性がにこやかに風船を渡す。
 異常な光景に慣れ親しんだ拒は、入園時に受け取ったフロアマップを見ながら「どこに行こうか?」と尋ねた。
 慕は間髪入れず一点を指差す。
「やっぱり、定番のコレかな!」
 指名されたのはジェットコースター、当遊園地の名物だ。高速で走るのは勿論、所謂『吊り下げ型』と呼ばれる代物で、走行中足が宙に浮く。駄目押しにレールも捩れていて、方向感覚を狂わせること必至な恐怖の造りだ。
 絶叫系が苦手な拒にとっては願い下げだったが、ここで拒否しては男が廃る。
「……よし、行こう」
 躊躇いから空白を作ってしまったが、それでも顔に出さず、アトラクションの方角へ辛うじて爪先を向ける。
 が。
「……? 慕?」
 強い力で袖を引っ張られた。戸惑う拒に、慕が告げる。

「……いやあ。拒、凄くジェットコースター苦手そうだなって」

 目を思わず見開く。まさか、躊躇が顔に表れていたのかと動揺した。
 ……してしまった。今度こそ、顔に出してしまった。後悔するがもう遅い。最早先に立たず役にも立たないソレは棄てる。
「……だけど、折角だし乗ってみたいなって」
「嘘」
 慕は頑として譲らない。
「怖い物は怖いんだから、無理しなくて良いんだよ」
「……」
 何故、確信を持って核心を突けるんだ――慕の真っ直ぐな瞳に、反論の術を喪った。
 情けなさとやるせなさに項垂れると、慕が手を握ってくる。
「拒、私がこの程度の事で嫌いになると思ってる?」
 図星だった。恐る恐る慕の顔を眺めると、しかしそこには笑顔が浮かんでいた。
「そんな訳ないじゃない。私の一目惚れの強さを舐めないで欲しいなっ」
「……」
「もー、疑り深いんだから」小悪魔な笑顔と共に、両手を伸ばす。「……またハグしてあげよっか?」
「いや、良い。良いって……」
 拒は諸手を振って遠慮する。はぐらかされそうな気がするからというのもあるが、単純に恥ずかしいのだ、人目がある場所で抱き合うのは――如何に周りの『人』の容姿が人間からかけ離れたとは言え。
 外論ファンタズムに呑まれていても、感性は普通の少年だ。ただ、恋人を手放したくないが故の行為が極端になり暴走するだけで。
 慕は、そんな拒に「はい」と掌を伸ばして来た。
「ハグが駄目なら……手、つなご?」
「……」
 それくらいなら、まあ――拒は漸く応える。握った小さな女の子の手は、緊張と好意で暖かい。
「ふふ、ちょっとデートっぽくなってきたね」
 無邪気に微笑む慕に可愛さを覚え、心臓が跳ねる。無理矢理それを押さえつけ「そうだね」と返し、再度遊園地の地図を開く。
「で、どこに行こうか」
「まずは拒が決めて! そしたら次は私の番!」
「よし、そしたら――」
 やっとの事で、二人の少年少女の時が動き始める。わいわいと賑やかしく会話しながら、まずは手近なコーヒーカップへと向かって行った。

***

「ふいー! 大分楽しめたね!」
「だね」
 少し並びながらも散々アトラクションで遊びまくった後、二人は遊園地内に備わるカフェで腰を落ち着けていた。
 閉園まではまだ長い。緑色の空は紫色の雲に覆われながらも夜へ近づき、夜の帳が下りるのを感じた遊園地も電飾で綺麗に着飾り始める。まさにデートに打ってつけの雰囲気だ。
「私、遊園地なんて久しぶりだったから楽しかった!」
「……僕も」
 本当に、久しぶりだった。
 意識していなかったが、多分前に行ったのは壊理アンチロジカル前が最後なんじゃ――?

 ――
 デート中に、殺別した女性のことを考えるな。

 外論ファンタズムで思考を強制的に止められる。好きな女の子を得る為ならば、自らの過去にさえも完璧に蓋をする。
「慕は何が楽しかった?」
「えー、全部楽しかったからなあ……」
 一番は決められないな、と困った様な笑みを返す。
 その返事の有り様は拒の、否、拒の外論ファンタズムのお眼鏡に適った。外論ファンタズムの採点表では『拒という一存在と居ること自体が楽しい』という言葉に変化して評価されたのだ。
「そう言う拒はどうなのさー?」
 慕が質問を返すが、一問一答集ばりに拒の答えは決まっている。
「僕も全部楽しかったよ」
 想定回答通り、慕は喜色満面となる。
「へへ……相性良いのかもね、私達」
「こうして今もカフェで駄弁っているのが証明だろ?」
 今日の外論ファンタズムはいつにも増して饒舌だ。
「だねえ……ま、仮に相性が悪くても拒が離さないか」
 それもそうか、と拒は思って。

 ん? と違和感を覚えた。
 『仮に相性が悪くても拒が離さない』。それは、拒が何が何でも離してくれないことを知らぬ限りは出て来ない言葉だ。
「ね、ねえ、拒」思考を遮る様に、慕が尋ねる。「そろそろ良い時間だしさ、私、あれに乗りたいんだけど!」
 ……はぐらかすような言い方に、口を滑らせたのであろうと断定する。つまり『仮に相性が悪くても拒が離さない』は、性格的な意味合いではなく外論ファンタズム的な意味合いに違いない。
 ならば、慕は『獲得欲求と拒絶拒否』という外論ファンタズムことになる。
 どこで知った? ……全く思い当たる節が無い。
 可能性として、この世界らしく外論ファンタズムを用いたとも考えられるが、直ぐに否定する。
 慕の外論ファンタズムは『不死』――目の前で頭が潰れたのに復活している結果を二度も見届けておいて、それが違うなどとは言わせない。そして外論ファンタズムは一人一つ。不死の外論ファンタズムを持つ者が心を読むことなどできる筈がない。
 大体、拒の外論ファンタズムを本当に知ったのなら、それでも恋仲でいる理由が不明だ。代替となる男性など幾らでもいる上、いつ殺されるとも分からぬまま一緒に居続けるなんて選択肢、普通なら採らない。
 慕は『不死』の外論ファンタズムだから別に問題は無いだろうが、そういう問題ではない。死なないということは、死んでも良いということを意味しない。
 ……唐突に、朝に一瞬だけ浮かべた冷えた無表情も思い出される。

 総合的に判断して、この氷空町慕という人間は何かを抱えている。
 何を?
 この少女は本当に、純粋に純情な恋に落つ乙女なのか?

 ……しかし、詮索して何の意味がある?

 拒の外論ファンタズムが働く。頭に浮かんだ疑問への回答が、この関係の終わりに繋がる気がしてならず、それ以上頭を動かさせてくれなかった。
 態々むざむざ、恋仲を破る真似はない、と言わんばかりに。
「……こ、拒?」首を傾げる慕。指をさす窓の向こうには、狂乱の世界に似合わず穏やかに回転する観覧車。デートでは定番中の定番だし、ある意味クライマックスとも言えるスポットだろう。
 クライマックス。もうデートも終わりに近い。そう考えると寂しいものがあるな……と拒は思う。
 可笑しなことだ。頭が砕け散っても復活し、しかも出会ってまだ一日も経ってない異常な少女に、どうやら恋をしているらしい――自覚して微かな苦笑を零す。
「ごめん、呆としてた」
「……疲れたもんねえ」
「でも、観覧車には乗ろっか」
「……う、うん!」
 慕の手を握る。小さい手だ。血の通った可愛い手。それだけで愛おしさを感じる。
 これが恋という感情なのだろうか。少年らしく思いながら、少し離れた観覧車へ向けて歩き出す。

 その瞬間。
 観覧車から轟音が鳴り。
 鉄骨や電気ケーブルがバラバラに散逸し、崩落した。

「……え?」「……え?」
 拒と慕は息ぴったりに間抜けた声を上げる。
 崩落は止まらず砂煙が上がり、穏やかな空気が流れていた緑と紫の夕暮れの遊園地は一転、悲鳴と怒号が渦巻く地獄と化した。
「な、何で……」
 混乱する拒。対して慕の行動は速い。
「拒! 早くここから逃げなきゃ!」
「……だね」
 観覧車に乗れなかったのは名残惜しいが、残骸と化してはどうにもならない。逃げ惑う客達と共に遊園地を出――。

「おいおい、待てよ。しーのぶちゃん」

 ぞわり、と。
 慕の全身が粟立つのを、繋いだ手越しに感ずる。
 次の瞬間、拒は近くの建物の陰に居た――瞬間移動をさせられたのだ。
「お、おい――」
 突然の事に訳も分からず、問い質すべく飛び出さんとする。が、指一本動かせない。念動力か何かで動きを封じられている様に。
《拒》
 今度は頭の中に慕の声が響く。念話だ。
 次々起こる現象について行けないが、慕は構わない。
《少しだけ待ってて――これから只の殺し合いをするから。大丈夫、すぐ終わらせる》
 伝え終えると慕は、悠然と歩いて来る男に目を向ける。砂煙の中から颯爽と現れた彼こそ、観覧車を崩落させた張本人。
 毒々しいピンク色のスーツに紫色の靴。緑色の髪。右目周りには龍の刺青。耳には金属光沢の主張が喧しい遊園地キャラのキーホルダーを、イヤリング代わりにじゃらりと吊る。無理矢理耳に穴を開けたのか、キーホルダーには血の跡がこびり付いていた。
 異常を塗り固めたファッションの男が、親愛の情を込めてにたりと笑った。
「やーっと他の邪魔者共を払えた。改めて――見つけたぜ、愛しの愛らしい俺の慕ちゃん。またたっぷりあいしに来たよ」
 慕は、溢れ出る嫌悪を抑えず吐き捨てた。
「しつこいぞお前」
「おいおい。俺には不埒ふらち乱外ろんがいって名前があるの覚えてんだろ? 名前で呼んでくれよォ、しーのーぶちゃん」
「呼ばねえよクソ野郎」
 中指と共に返される連れない答えに、ピンクスーツの男――乱外は苦笑する。
「あーあ。あれだけ数え切れない愛を与えたってのに、まだ足りねェのかなァ?」
「お前の愛は破滅的過ぎて全部吐き捨てたわ……そりゃもう、文字通りに」
「そーいやそうだな。もゲェゲェ吐いてたもんなあ――可愛かったぜ。四肢を拘束され内臓を抉られながら潰された喉から絶叫する姿ッ! 思い出しても興奮でゾクゾクする」
「私は気持ち悪くてゾクゾクするわ」
 慕は右手を差し出した。臨戦態勢。
「今度こそ、確実に殺してあげる」
「そりゃ勘弁。俺はまだお前を殺し足りねェんだ――無限に殺せるお前をよォ」
 乱外は両手を広げる。隙だらけで油断塗れに見えるが、一切のつけ入る間が無い。
 ……そんな状況を見せつけられる拒は、困惑し放しだ。それを察知したのか、慕が念話で丁寧に答えてくれた。

《……拒、紹介するわ。アレは私の。名前も外論ファンタズムも覚えなくて大丈夫――今から殺すから》

「――死ね死ね、クソ野郎」
「ああ。死ね愛してるぜ、慕ちゃーん!!」
 観覧車の瓦礫を背景バックに、氷空町慕と不埒乱外による殺し合い殺し愛が幕を開けた。

続く


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