小説『生物失格』 1章、英雄不在の吸血鬼。(Episode 4.5)
1話目はこちらから。
Episode 4.5:夢も現も。
『お前は、もう二度と日光を浴びられない』
『お前は、もう二度と外を歩くことは出来ない』
『お前は、もう二度と人間として生きられない』
『お前は、もう二度と幸せなど掴めない』
引き裂かれた笑みを浮かべる人間共が、俺に言い寄って来る。
やめろ、やめてくれ。
そんな顔を、しないでくれ。
『お前は、もう二度と日光を浴びられない』
『お前は、もう二度と外を歩くことは出来ない』
『お前は、もう二度と人間として生きられない』
『お前は、もう二度と幸せなど掴めない』
うるせえよ、何度同じこと言うんだ。
耳障りなんだ、お前らの声は。
俺の人生を蝕むんだ、お前らの存在は。
消えろ、消えろよ。
『お前は、もう二度と日光を浴びられない』
頼むよ、頼むから、頼んでいるから。
『お前は、もう二度と外を歩くことは出来ない』
分かり切っている現実を叩きつけるな。
『お前は、もう二度と人間として生きられない』
煩い。煩い。
煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い。
『お前は、もう二度と――』
――消えろ。
***
「消えろおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
全身に包帯を巻いた青年は、絶叫して起き上がる。そのまま、血走らせた目で、起き抜けの彼は辺りを見回す。
「っ! はぁっ……はぁっ……!!」
誰も住んでいない廃墟。いつもの殺風景。必要最低限の家財と、あと一週間くらいはもちそうな量の食糧が並ぶ、意外にも整然とした光景。
青年は溜息と悪態をつく。
「くそっ、またあの夢か……最悪にも程がある」
それから不機嫌そうに、包帯を巻いた手で頭をがしがしと掻いた。
その髪は長らく風呂に入っていないのだろうかというくらい油ぎっており、ボロボロだった。掻く度にフケが床に散っていく。
「……いや、悪夢だろうと現実だろうと、最悪なのには変わりねェか」
そう。彼にとってみれば、夢だろうと現実だろうと最悪なのには変わりない。
だから逃げ場など、彼にはありはしない。
夢では罵詈雑言に苛まれ。
現実では『日光を浴びることができない非人間』になっている。
一体、どこに逃げろというのか。
「……クソ」
どうせ悪夢を見るだけだ――そう思って『寝る』という選択肢を放棄した彼は、胡坐をかいてただ時を過ごすことにした。
そして彼は願った。
ただ1つのことを。
「……阿呆みたいな人間共が、馬鹿みたいにのこのこやって来ねェかな」
怒気を含ませながら、鋭い声で言う。
「何が幽霊屋敷だ、糞みたいなスリルを求めに不法侵入しやがって――面白ければすぐに人権を踏みにじるからなァ、あの糞共は」
がしがしと、フケを飛び散らせる。
「クソが、クソがっ!! 何度殴っても何度蹴っても何度嬲っても何度殺しても――蛆のように湧いてくる悪意を殺せねェ」
と、そこで動きを止める。
「いや――」
にい、と。
包帯に巻かれた奥底で、口元が歪んだ。
「悪意は――殺意は、押し殺してはダメか」
その目には、憎悪と憤怒の闇が戻る。
「生かして活かさねえとな――俺の目的は、そうでなきゃ果たせねェ。クソみたいな現状を与える、この世界によ」
その目的を果たす第一歩として。
「――不法侵入した奴らに、俺の餌食になってもらう」
いつものように、スリルを求めに来ただけのお気楽な人間に。
地獄を叩きつけるだけだ。
「さあ、来るなら来い」
青年は、小さく笑った。
……逃げ場を失くした人間がとれる道は、2つしかない。
1つは、自分を殺してこの世から逃げてしまう道。
もう1つは、相手を殺してこの世を滅ぼす道だ。
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