死なずの魔女の恋愛譚(ファンタズム)一・七五章「ゴンドラで観覧車を。」
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デート中、観覧車でのキスに必要なのは、好意とムードと唇だ。
いずれか1つが欠けても達成不可能。
観覧車のゴンドラに乗る、頭が犬の男と全身機械の女のカップルには、その内2つが足りなかった。
それは、ムードと唇。
「がああああああああああっ!!?」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
犬男は剥き出しになった白い前歯を血に染め、機械女は黒い煙を立てながら壊れた様に状況説明を行った。
彼と彼女は唇を奪われた――比喩ではなく物理的に。
切り落とされた唇と破壊された唇の行方は、カップルの向かいに座る男の手の中。球を弄ぶ様にぽーん、ぽーんと宙に投げていた。
「悪いなァ。むしゃくしゃしちまったんだ」
――彼は異様な姿をしていた。
発色の良い緑色の髪、右目周りには龍の刺青、耳にはこの遊園地のマスコット『ねこら』と『ねこみ』が手を繋ぐ様のアクリルキーホルダーがイヤリングよろしく吊り下がる。無理矢理耳に穴を開けたのか、キーホルダーには血の線状痕がくっきり残っている。更にピンク色のスーツを黒いYシャツの上に羽織り、靴は紫色の革靴。
外論に毒された男。彼の名前は不埒乱外。
彼は人探しの為、この遊園地に入った。
従って観覧車をよじ登りゴンドラの窓を割ってお邪魔したのも人探しの為――高い場所の方が見渡しやすいからで、態々よじ登ったのは時間を節約する為でしかない。カップルの唇を壊したのはついででしかなかった。
ついでではあるが実に楽しい、と彼は思っていた。悦楽という濃い液体が心の中に渾々と湧き出て、直ちに罪悪感を希釈してゆく。
「むしゃくしゃしたってのは、まー、アレだ……俺は恋人を探している。俺の下を離れて何処かへ行っちまった恋人をよォ。そいつを探している最中にイチャコラを見せつけられたら、苛立って痛めつけたくなっちまうのは道理だろ?」
「あ、が……っ!」
無理を通して道理に代えた様な言葉を聞いて、犬男が立ち上がる。目に、殺意と憎悪を宿して。
そんな理由で、俺達の唇もムードもぶち壊したのか、と。
正直勝ち目があるとも思えなかった。だが、男には立ち上がらねばならない時がある――残された好意を抱く恋人を守る為に、今此処で闖入者を排除しなくては!
「……ハッ」
だが、男は笑った。無理だろう、と。
現実は創作ではない。昼に緑色の空が広がり、巨大鯨が飛行して山を齧って新宿のビルを薙ぎ倒して眠る創作じみた世界であったとて、現実であるという事実は変わらない。従って、ピンチの時に犬男に目覚める隠された力などある筈もなく。
――犬男の視界が真っ暗になる。同時に、鋭い痛みが両目に走った。
「ぎゃっああああああああああああ!!?」
両目を抑えて今度こそ床に伏した。
目潰し――極めて原始的な攻撃で、乱外は犬男のなけなしの勇気と奮起を潰した。
「はははっ」
乱外は狭いゴンドラの床で蹲る犬男の一張羅を掴み、割れたゴンドラの窓から投げ落とした。悲鳴が地面に向かって遠ざかっていく。
「……安心しろ」
乱外は間髪入れずに女性の頭も潰した――彼女の機械の手には、自らの体に搭載していた銃が握られていたが、命令系統を破壊されたのかだらりと横に下げた。
「お前も恋人の所に送ってやるよ――が、その前に」
続けて無遠慮に女性の体を手で貫通させる。そのまま彼女の体を弄り、ずるり、と或るものを取り出した。小型のC4爆弾。保存状態の良好さに乱外は微笑む。
「コイツは貰ってくぜ」
その後女性も犬男と同じ末路を辿らせた後、乱外はスーツの内ポケットに一旦爆弾を入れ、割れた窓からゴンドラの上へよじ登る。既に観覧車は4分の3を回り切ろうとしていた。
「……で、愛しの慕ちゃんは何処にいるのやら」
ゴンドラ上でしゃがみながら、手を額に当てて探す。乱外が探す恋人――それは、14歳の少女だった。
名前は氷空町慕。とある外論を会得したお蔭で、不死身でありながらありとあらゆる魔法を使いこなせる異端児。
彼女は例外中の例外のように思える――何せ、外論は1人1つ。不死身と魔法行使の2つを同時に使える筈が無いからだ。
もっとも。
乱外は、本当は慕が何の外論を抱えているかを知っているから、さして驚かない。
伊達に恋人を名乗っている訳ではないのだ。
「早く見つかってくれよォ」
乱外は右に左に首を振っていた。既に橙色の夜が迫って来ており、人相を識別するのに一苦労する時間になって多少焦っていた。
「早く、早く――また、愛したいのに」
乱外は、愛を告げる。
「四肢を切断して、目をドリルで抉って、喉を潰して、腹を裂いて、臓器を引き摺って首を絞めて、髪を手で抜き千切って、歯を石で砕いて、指を寸刻みにして、爪を剥がして、毒を飲ませて泡吹かせて、顔に袋被せて窒息させて、内臓を火で炙って――殺して殺して殺しまくりたいのによォ」
あまりに一方的な殺害予告を。
ちなみにそれでも氷空町慕という少女は死なない――そういう体なのだ。だから、殺して殺して殺しまくることが出来る。
「だから、早」
そんな願望を矢継ぎ早に口にしていた乱外は。
「く――」
言葉を途切れさせ、口が裂けんばかりの笑みを浮かべた。
「――見ィつけた」
カフェに座っている1組のカップル。
氷空町慕と、見知らぬ少年とが仲良く話をしている様だった。
「……懲りねえなァ、慕ちゃんも」
手のかかる子供を見るような視線で、乱外は独り言つ。
「どうせまた逃げられるだけだ――お前のままお前を愛してやれるのは俺だけだぜ、慕ちゃん」
だが、これで目的は達成した。
もう、この観覧車に用は無い。
内ポケットにしまったC4と、ライターを取り出す。導火線に着火し、自分が乗っているゴンドラの接合部に置いた。
数秒後、爆発。ゴンドラの接合部は呆気なく壊れ、そのままゴンドラは地面へ自由落下――。
「よっと」
――する前に、乱外が掴んだ。
人外の握力だが、これもまた外論が為せる業。代償は存在する上に役に立たないことも多いが、持たされた武器は使いようだ。
「ははははっ」
乱外はゴンドラを両手で掴む。ぐしゃり、と掴んだ部分の鉄がひしゃげる。
「さァて。待ってろよ慕ちゃん!」
そのまま、ゴンドラを頭上に上げ。
「今から会いに行く――俺はここにいるぞォ!!」
観覧車の中心部目掛けて、叩き落した。
その瞬間観覧車の機能が完全に停止、どころか幾つかのゴンドラを支えていた鉄軸がひしゃげ、耐え切れずに崩落する。崩落した部分は新しい凶器となって他の部分を襲い。
忽ち、観覧車は完全に形を失い崩壊する。
「ははははははははははっ!! ははははははははははっ!!」
乱外は笑いながら落ちていく。
愉悦で罪悪感を希釈しながら、その愉悦に浸って堕ちていく。
落下しながら見る橙色の夜空は、何だか綺麗だった。この綺麗な光景を慕に見せたい――思う存分見せて楽しんだらちゃんと殺してあげよう、と彼は思った。
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これは何ですか?
私が所属させて頂いております、ユダンナラナイパブリッシャ出版『無数の銃弾 vol.6』掲載の話に繋がる短編です。このやべー男の登場回ですが、他の登場人物も大概全員狂ってます。そんなお話を載せて下さるのは感謝しかないです。
他にも、パルプスリンガー達による刺激的で挑戦的な作品が盛り沢山! 文学作品のオマージュだったり、異形が出てきたり、女子高生がヤクザを相手取ったりなどなど。それだけあって価格は100円! これを機会に是非とも……!
ちなみに、私の話は今回掲載分が2話目。1話目読んでないしなあ……というそこのあなた!
1話目が掲載された『無数の銃弾 vol.5』が、期間限定で無料でございます! ワッショイ!
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