死なずの魔女の恋愛譚(ファンタズム)「三、恋の自覚。」
この世で最も痛烈な報復は、隠し事を暴く事で。
この世で最も鮮烈な幸福は、隠し事を明かせる事だ。
***
――壊理。
世界の構成と論理が滅茶苦茶になってからというもの、昏殻拒は様々な崩壊を経験した。
鯨がビルを食しながら空を飛び、竜人が拳銃自殺をする空は、昼は緑色で夜は橙色。
少女は自殺してから生き返り、自分に告白し。
自分は恋人を得る事が至上となって、相手を殺してでも手に入れたくなった。
従って当然ながら(望まぬ事に)そうした異常や崩壊には慣れ、ちょっとやそっとの事では動じなくなってしまった。
だから、今更なのだ。
目の前の光景を、異常だと思うのは。
初めて慕の再生を目の当たりにしながら、物陰に移動させられた拒はそう思っていた。
***
「しーのーぶちゃーん! 愛してるぜええええっ!」
「気持ち悪いんだよ、この下種野郎!」
男――不埒乱外は駆ける。異常なまでに非常に楽しそうに。露骨に舌打ちをしながら、氷空町慕は空中に槍を複数本を生成、そのまま念力の作用で乱外へ向けて射出。
あまりにも素早い、弾丸すら超える速度で空を切る槍。
だが、乱外はその内一本を掴み、器用に槍を避けたり弾丸宛らの槍を丁寧に弾いたりしてゆく。
「っ!」
慕がすぐさま第二陣の槍を生成――しようとした瞬間。
「槍をプレゼントしてくれるなんて、嬉しいじゃねえか慕ちゃん! 御礼に俺の愛を乗せて返してやる――ぜっ!」
槍の柄にキスをし、慕に向けて野球投手の要領で槍を投擲。その速度は正しく銃から発射された弾丸の如く。あらゆる魔法を用いる彼女であれ、所詮はただの中学生女子――槍に対応しきれず額を貫かれた。頭蓋を割られ、脳を抉られ、そして後頭部から血と脳漿に塗れた先端が顔を出した。
乱外の外論――殺人至上主義。
殺人こそが至上となり、殺人を完遂する為に自身の状態を捻じ曲げる。例えば殺しを遂行する為ならば、肩を脱臼させてでも槍を弾丸初速で投擲するし、筋肉断裂を起こしてでも観覧車を殆ど素手で崩壊させる事ができる。
そして。
「やっぱ、相性最高だな俺達は」
殺人を完遂するまで、乱外は自身の肉体的限界を無視し続ける事ができる。脱臼しようと断裂しようと、動く事ができる。
――槍を貫かれて仰向けに倒れた慕は、額に刺さった槍を掴み、そのまま引き抜いた。額の穴から体組織の混じった血液が噴水の様に湧き上がる。その大きな傷口を埋めるべく、蚯蚓形状の体組織が脳と骨と肉を瞬時に編み、元通りにした。
慕は槍を焼却しながら、何事も無かったかの様に立ち上がる。
魔法少女、氷空町慕は不死身だ。
そう、不死身――即ち、恋愛対象である彼女が死なない限り、不埒乱外は異常な身体能力を永遠に得続ける。至上とする殺人を続けられる以上、彼が慕の事を恋い慕うのは、異常かつ正常な事に、無理からぬ話だった。
「愛のパワーは無限大、って奴だなァ。お前がいる限り俺はずっと、ずっとずっとずーっと、好きな殺人を好きなだけ、好きなお前に続けることができるからなァ!」
「この、変た――」
い、と言い切る前に、肉体的限界を超えて瞬時に移動をした乱外が、飛び蹴りで慕の胸骨を砕き折る。鋭利な胸骨の破片が慕の肺胞を破裂させ、喀血しながらカフェの外壁に激突した。あまりの衝撃に壁が窪む。
「愛のパワーじゃない、外論によるものだ――って言いてえんだろ?」
乱外はまだ駆ける。壁に凭れ掛る慕に弁舌を垂れながら。
「違うな――これは愛だよ。殺して殺して殺し続ける中で育まれた、俺とお前だけの純然たる愛だ!」
支離滅裂に愛を説き、回復の済まぬ間に慕の頭に二度目の飛び蹴り。凄まじい勢いにより、壁ごと頭蓋骨を粉砕しながらカフェへと侵入、慕は首なしの体を床に転がし、レジ台にぶつかって漸く止まった。
悲鳴を上げながら逃げ惑う客達。運悪く乱外の近くを通ってしまった猫耳の少女が、首根っこを掴まれて捕まってしまう。
「おいおい、慕ちゃん。こんなものじゃねえだろ? 何で力をセーブしてやがる?」
「や、だ。やだ! はなして! はなせっ!」
猫耳少女は足をじたばた動かしながら抵抗しようとするが、乱外には当然全く応えない。どころか。
「煩え脚だな」
と両足首を纏めて引っ掴み、そのまま勢いよく下方向へ引っ張った。
ぶちぶち、ばき、と音を鳴らしながら、両脚が上半身から引き千切られた。血飛沫が乱外の顔を染め上げる。猫耳少女は悲鳴すら上げられず、あまりの痛みにそのままショック死してしまった。
「……チッ、面白みもねえ」
戯れに殺された少女の死骸を投げ捨て、血化粧をした乱外は両手を広げながら、ぐちぐちとグロテスクに頭を再生させている慕に近寄る。
途轍もなく、良い笑顔で。
「やっぱ、お前じゃねえと面白くねえ! 流石は俺の恋人、殺しても殺しても死なずにまた殺されてくれる! やっぱり慕ちゃんがナンバーワン、愛してるぜ!」
「……反吐が出る」
再生を終えた口から血反吐を吐きながら、慕は口元を歪める。憤怒で。
「お前だけは、殺してやる」
「だからよォ、俺を嘗て殺しかけたお前だ。力を温存しなきゃ勝てるだろ……ってそうか」
唐突に、乱外は合点がいった。口元を歪めて笑う。
「成程、成程ォ! 周囲の客を庇ってるのか! 優しいねェ、慕ちゃん」
「……」
図星だった。慕は、周囲に居る遊園地の客達を巻き込みたくないと思って、不埒乱外を殺すだけの絶大な力を振るう事ができないでいた。
無論、客達を巻き込んで殺す事は容易い。乱外如きの相手なら、二秒で事が済むだろう。大体慕はこれまでも人殺しをした事があるのだから、此処で殺さないのは今更にも程がある。
それでもそうしないのは――。
(……拒)
慕が想い人の名前を心の中で唱える。今も彼は茂みに隠れ、慕の帰還を待っているだろう。
拒。そう、彼の存在こそが、殺さない理由。
彼が見ている前で、無垢な人々を無惨に殺す事などできない。できる筈がない。
恋する少女は、好きな人の前で弱みや汚い部分を見せたくない。意味のない殺人なんて、たとえ必要悪だとしても以ての外だ。
「優しい女性は好きだ。大好きだぜェ。でもよォ、慕ちゃん」
その事実に近付きながら、乱外は慕の方へ歩いて行く。
「何を今更、周りの奴らに優しくしてんだ? 散々、恋の為に人殺しを行ってきた慕ちゃんが」
「っ!」
「……って、甚振る為に勿体ぶった言い方したけどよォ。慕ちゃんの心情を察るなら可能性は大体一つだ」
何処に隠れてるかは知らねェが――乱外は獰猛な笑みで続けた。
「また新しいカレシが出来たんだろ? それも――相当な確度で自殺できる様な稀有な恋人が」
「……」
慕は沈黙した。乱外にとっては十分過ぎる回答に、溜息をつく。
「傷つくぜー、慕ちゃん。俺という恋人が居ながら新しい恋人をこさえるなんてよォ!」
「……フったのに恋人面すんな」
漸く慕は口を開いたが、内心はかなり焦っていた。
――まずい、拒の存在がバレている。
「つれねえなァ。俺の恋人に戻って欲しいんだけどよ」
この男の事だ。必ずや拒を手にかける。
新しい恋人の命が潰えれば、自分が恋人として告白できる機会が生まれるから――そんな異常な程に正当な理由で。
「大体考えてもみろよ。人殺しのまま慕ちゃんを愛してあげられるのは、俺くらいなもんだぜ? 新しい恋人クンはどうだろうな? 果たして、慕ちゃんが自分勝手な人殺しと知って尚、恋人のままでいてくれるかなァ?」
「……」
「……成程、やっぱ話してねェんだな」
次々慕の本心に分け入ってゆく乱外は、とうとう目の前までやって来る。目と鼻の先にいる乱外の姿は、心の奥底の核まで到達してきた様に、慕の目に映った。
「自殺をする為、これまで付き合った恋人をほぼ全員殺した事」
「……言ったら殺す」
慕はこれまで以上に明確な殺意を向けるが、乱外は至って冷静に冷笑する。
「駄々捏ねるなんて、やっぱり可愛いよなァ慕ちゃん」
そして慕の首をいとも容易く折り、カフェの外へ投げ捨てた。
「俄然お持ち帰りしたくなったぜ――その前に新しいカレシを殺さねえとなァ!」
「……せ、ない」
折れた首の骨を修復して意識を取り戻した慕は立ち上がる。周りにもう殆ど人は居ない。遊園地からは逃げ切れているみたいだ。
拒を除いて。
「させるものか――殺させるものかっ!」
「それはどっちの意味でだ!?」
乱外は態とらしく大声で言う。何処かに隠れている拒にも聞かせる様に。
「本当に愛しているからか!? それとも――」
その先の乱外の言葉は、轟音に掻き消された。
轟音の元は、崩壊した観覧車。その残骸が音を立てて動き始めたのだ。
「……あァ?」
念力で観覧車の残骸を動かしているのか、大した力だ――そう思ったのも束の間。
ぐい、と。
自分の体が観覧車の方へ引き寄せられているのを感じた。
「……っ!」
何とか地面を踏み込み耐えようとするが、焼石に水であった。努力の甲斐虚しく、乱外の体は浮かび上がる。
「……っ、おいおい」
その瞬間、自分の身に何が起きているのかを悟った。
鉄屑に身が引き寄せられる。そんな事ができる力を、自然界ではこう呼ぶ。
「磁力」
慕は平坦な口調で呟いた。
彼女のした事は単純明快――観覧車の残骸と乱外の体とに強制的に磁力を付与したのだ。
無茶苦茶だった。だが、戦場に反則は無い。生きた方がルールなのだ。
「観覧車の残骸と抱き合って、その身を潰しちゃえ、この変態がああああっ!」
乱外の体はそのまま面白い様に宙を飛び、物凄い勢いで観覧車の残骸に衝突した。骨が折れ、血を吐く。粘着テープで貼り付いた様に動かせぬ彼の体に、観覧車の残骸が次々と襲いかかる。手を砕き、足を砕き、内臓を潰し――頭を、破裂させた。
轟音が全て止むと、鉄屑製の歪な球体が出来上がっていた。その中心部には乱外の死骸が組み込まれ、搾り出された血液が鉄屑球体からぼたぼたと漏れ出ている。
漸くこの変態を殺せた。
これで良い――これで良いんだ。
慕は早速拒を探した。直ぐ近くの茂みに、彼は隠れていた。
「拒!」
慕が拒に手を伸ばす。現在の恋人である彼へ。拒は「うん」と言いながらその手を掴んで立ち上がる。それから漸く遊園地の様子を見渡すと、客は疎かスタッフさえも既に居らず閑散としていて、其処彼処に塵や残骸が散乱していた。
もう此処に長居する必要は無い。早く帰らないと。拒と共に――。
『本当に愛しているからか!? それとも――』
……慕の頭の中に、乱外の言葉が甦る。死人に聞く耳は無いが(そもそも耳ごと頭を潰してしまったが)、それでも今ならこう回答する。
それとも、の後の理由に決まっている。
自殺の為に一番都合の良い昏殻拒という少年を殺させたくないから――より踏み込めば、自殺したいというエゴの為に、拒を殺して欲しくない。
その障害になる者は誰であれ取り除く。竜人だって、頭が拳銃の警官だって、不埒乱外だって。今まで付き合った恋人もその恋路を邪魔した奴も何もかも誰も彼も、自殺を邪魔するのなら殺すのみ。
でも、その日々も終わりそうだ。
慕がそう思っていると。
「ねえ、慕」
拒が真剣な表情で尋ねた。
「あの男が言っていた事は何なんだ。慕は、一体何を隠してるんだ?」
……。
慕は一瞬だけ押し黙った。そしてまた不埒乱外の言葉を思い出す。
『新しい恋人クンはどうだろうな? 果たして、慕ちゃんが自分勝手な人殺しと知って尚、恋人のままでいてくれるかなァ?』
心の中で舌打ちをする。
悔しくもこればかりは真実だった。
拒にもし、自分の真意を伝えれば、この関係は間違いなく破局を迎える。そうなれば、もう二度と自殺できないかもしれない――これが最後のチャンスなのかもしれないのだ。こんな都合の良い外論を持っている人間がそう多くいる訳もないだろう。
だから、慕はここで踏み止まる必要があった。是が非でも、拒に嫌われる訳にはいかなかった。
今は亡き乱外に「上手いことやりやがったな」と心の中で悪態を吐きながら、悲しげな表情を繕って言う。
「……あんな男の言葉を、信じるの?」
卑怯な言葉だ、と慕は思った。だが、慕に大人しく引き下がるという選択肢はもう存在しない。
この狂気の世界に嫌悪を抱き、死なない体を殺す為に生き始めた時から。
だが、拒はそれでも食い下がる。
「信じたいんだ。だから、何を隠しているのか言って欲しい」
慕の方が言葉を詰まらせてしまった。卑怯な手段に上手い事返したものだ、と拒を讃えつつ。
死んでしまった乱外に改めて恨みを募らせる。
――今日は付き合ってから初めてのデート。関係性を更に深め、自殺に向かう大切な二歩目なのに、乱外はそれをぶち壊しにしようとした。
しかし、まだ壊れてはいない。ギリギリの所で踏み止まっている。あの言葉の先――自殺の為に一番都合の良い昏殻拒という少年を殺させたくない、という事はまだ知られていないからだ。
第二歩を踏み出した先が地面で踏み止まれるか、それとも虚空で奈落の底へ真っ逆様か。それはここで上手く取り繕えるかどうかに掛かっている。取り繕えなかったら、その時こそ終わりだ。拒に嫌われ、振り出しに戻ってしまう――。
ずきり、と。
慕は胸に痛みを感じた。
(……え?)
咄嗟に、胸に手を当てる。
拒に嫌われて、振り出しに戻ってしまう――そう思った途端に襲った、この痛み。
明らかに、拒に嫌いと思われる可能性に胸を痛めた。振り出しに戻る事で胸を痛めたなら、もっと前に痛めている筈だからだ。
その事実は、慕にたった1つの気付きを与える。
(……本当に、好きなの? 私。拒の事)
有り得ない!
確かに好きではある。外論を差し引いても、容姿は好みだし優しいし、だからこそ自身の目的に合致する恋人として選定したのだ。
だからと言って、慕は本当に心の底から人を愛した事なんて無かった。そんな物が糞同然である事は、今し方殺した乱外から学んだ。彼から殺され続けて――殺人至上主義を満たし続ける為、不死身の自分に近付き恋仲になって、絆された隙に拘束して三日三晩拷問を与えられた彼から。
恋なんて利己的な目的を達する為に利用する道具に過ぎない。それが性行為であれ、金であれ、食事にありつく事であれ――殺害をし続ける事であっても、何かしらの理由で人は恋を利用する。
だから慕もそうした。恋を利用して、自殺の条件を整えようとした。結果的に恋人を殺し続けてでも。
(それが、何を今更! 人を本気で好きになるだなんて、馬鹿馬鹿しいっ!)
『散々、恋の為に人殺しを行ってきた慕ちゃんが』。乱外の言葉が甦る。
代えの効く恋人達を消費して浪費する様に、利用して殺害した自分が、本当に何を今更。
そうして散々考え込んで、拒への返答を怠っていた慕の首に。
突然、圧迫感が襲い掛かる。
「っ!?」
当然、その犯人は拒――彼の目には今、光が宿っていない。とても正気とは思えない。紛れもなく、獲得欲求と拒絶拒否の外論に呑まれている。
「っ、ぐっ!」
慕は苦悶の息を上げて拒の手を振り解こうとするが、絞め上げる力が凄まじく指1本すら外せない。
「ご、ぁ、ぃ……っ!」
名前を呼ぼうとするが、全く言葉として成立していなかった。それでも自身の名前を呼ばれたと感じたからか、拒は口を開いた。
「……何で何も返さない何で何も明かさないんだ」
平坦な口調で、狂った様に息も継がずに言葉を紡ぐ。
「僕に隠し事をしてもしかしたら僕にとって悪い事をしようとしているのかしているよな隠し事をするというのは得てしてそういう事だもんな僕が嫌いになったのか僕と別れる算段をつけようとしているのか僕はこんなにも慕が好きで好きで大好きなのにだったら殺すこの場で殺す絞め上げて殺す骨を折って殺す殺してこの場に留めて大好きな慕の事を僕のモノにして殺して愛して殺して愛して殺して愛して殺して殺して殺してやる」
「が、ぁ」
意識が薄れてゆく。遊園地には人っ子1人居ない為、助けてくれる人は皆無だ。このままでは後10秒程で死ぬだろう。
だが、それで良い。
これで条件はあと1つ、と慕は思って。
その手を拒の首へと伸ばす。
当然、拒を絞め殺す為に。
(……一緒に逝こうね。拒)
首に力を込め始める。拒も苦しみ始めるが構わず慕の首に更に力を込める。頸椎が軋む音がした。
そうだ、ここで殺すんだ――慕は思う。
拒を、彼を殺すんだ。
殺せば、とうとう不死身の枷から外れる。この狂った世界を抜け出せる!
その為に今まで何人殺し、何人騙し、どれだけ手を汚して生きてきたと思っているんだ。
とうとう願いが叶う。
この、心の底から恋をしてしまった彼を殺して――!
ずきり。
(……どう、して)
胸の疼き。恋人を喪う事への恐怖と不安による、あの痛み。
この大事な局面で、また襲い掛かってきた。
その隙は完全に命取りだった。慕が拒の首に力を込めるより早く、拒の力が格段に上がった。
拒が何かを喚いている。しかしもう何も聞き取れなかった。それ程慕は意識が手の届かない場所にいた。拒を絞殺する事はもう出来そうにない――況して魔法を使う事さえ。
(どうして)
慕は息苦しさと生き苦しさに涙を流す。
(どうして、しなせてくれないの?)
頸椎が折れる音が頭蓋に響くのを感じながら、慕はその疑問を最後に完全に意識を手放した。
***
「っ!?」
慕はベッド上で目を覚ます。電気が付いていたので直ぐに自分の部屋だと分かったのと同時、結局死ななかったんだなと落胆する。
手足が拘束されていない事を確認してから、周囲を見渡そうとして、ベッドの横に拒が座っているのに気付く。
「あ、目、覚めたんだね」
拒は、安堵と不安とが混じった変な気分のまま声を掛けたものだから、言葉がぎこちない。聡く読み取った慕は、微笑みを巧みに作り上げ、余裕そうに答える。
「うん。……私の事、運んでくれたの?」
――同じだね、拒。
「重かったでしょ?」
「い、いや、そんな事は……!」
安堵も不安も、私だって感じてる。
目覚めた時に隣に居てくれて安心したけど、それは面向かってしっかり別れを切り出す為なんじゃないかと思っているから――。
ずきり。
胸が痛む。
もう慕には否定できなかった。どういう訳か、本当に彼の事が好きになってしまった。
本当に、どういう訳か。
どういう訳もないのかもしれないけれど。
2人は押し黙る。奇妙な沈黙が部屋を支配し、居心地を悪くさせる。
「……ねえ、慕」
ややあって、拒が口を開いた。
ああ、これで別れを切り出されても仕方ないよなあ、と思う。
隠し事1つ正直に言う事も出来ないんだから、恋人として信用できなくても当然だと。
覚悟して慕は面向かい。
「隠し事について、ちゃんと教えて欲しいんだ」
「……え?」
真っ直ぐな目をして言う拒に面喰らって、きょとんとした声を上げてしまった。
その声に拒も当惑する。
「……え、って」
「いや、いやいや、だって」慕はもうここは正直に答えてしまおうと思った。「私みたいな怪しい女の子とはもう付き合えないだろうから、あの、その、別れでも切り出されるんじゃ、って……」
「……そういう、事か」
拒はその言葉に一瞬寂しげな表情を見せてから、ベッドに座る慕の手を包む様に握る。
「まだ、その隠し事が何なのか、僕は聞いてないから。それもせずに別れを切り出すなんて、僕にはできない」
「……」
「それに、隠し事の1つや2つ、人にはあるものだよ。僕にもある」
知っている――慕は罪悪感に心を握り潰される心地だった。
読心術を使い、外論によって既に5人の恋人を殺してしまった事を、既に知っていた。それ以外の秘密だって、見ようと思えば見る事は容易い。
「だから、隠しておいても別に良いんだけどさ……何か、慕の隠している『ある事』だけは、僕にも伝えておいて欲しい事のように思えて」
これからもし、本当に添い遂げるのならば。
そこまでは拒も恥ずかしくて口に出来なかったらしかったが、少しだけ赤面して目を逸らしかけた彼を見て言外に察するのは、心を読むまでもない程明らかであった。
その拒の言葉に、しかし慕はまだ怖気付いていた。
「……でも、相当拒にとって、とてもショックだと思う」
「ショックを受けてでも、受け止める」
「聞かなきゃ良かったと思うよ」
「それがどうしたって言うんだ」
「私と付き合った事を後悔するに違いない」
「それがどうしたって言うんだ」
「私に優しくした時間が無駄だったと落胆して怒りが湧くに違いない」
「それがどうしたって言うんだ」
拒は、そこで慕の手を握る力を少しだけ強める。
「それがどうしたって言うんだよ、慕。聞いてみなきゃ分からないじゃないか。だから、話して欲しい。言葉が止まっても詰まっても構わないから。僕は、全部聞いてみせるから――」
一拍おいて、拒は言った。
「だって、慕にとって、僕は恋人なんだろ? 信じてくれよ」
「……」
慕は、もうそこまで言われて引き下がる訳にはいかなかった。
「……分かった。今から話すね」
重い口を開いて、話し始める。
「まず――隠し事に大きく関わる、私の外論についてから、だね」
氷空町慕の外論。
不死身に等しい異常異質な再生能力。
ありとあらゆる現象を引き起こす魔法使役能力。
外論は一人一つ、というこの壊れた世界の原理原則全てを否定するが如き、規格外な外論の正体。
慕は口を開いた。
「私の外論は――」
続く。
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