完璧でないことを微笑む優しさ
最近、自宅でヨーグルトを作れるヨーグルトメーカーを購入した。
「家にヨーグルトメーカー欲しいよね!」
そう言ったのは、主人だった。健康食品には目がない食べ物ヲタクのわたしを見て、何かおもちゃを買ってあげようとでも思ったのだろうか。
「いいね!」
わたしはその提案が嬉しくて、早速主人にモノをアマゾンで購入してもらった。アマゾンには何でも売っていて便利だ。
***
最初に作ったヨーグルトは、飲むヨーグルトのような出来栄えだった。
作り方は簡単で、牛乳と種菌になるヨーグルトを少々混ぜて、機械にセットするだけ。寝ている間に完成してしまう。
「ヨーグルトできてるよ!」
朝、主人の嬉しそうな声で目覚めた。夜には牛乳だったものが、朝には容積が増して、ヨーグルトらしくなっていた。
「今夜のおかず(?)にしよう!」
初めて食べた手作りヨーグルトは、牛乳の味がした。さらさらした舌触り。まだ市販のヨーグルトほど上手に固まっていない。それでも嬉しかった。
そういえば、田舎に住むと「自分で何かつくろう精神」が身に付いてくる。
都会に住んでいた頃は、家から出れば歩いてすぐスーパーかコンビニがあった。でも、田舎の家にはそれらが近くにない。
歩けないこともないけれど、特に夜などは暗いし、遠くて出歩くのが面倒だ。
そんな環境に慣れてくると、何かと「家にあるもので作ってみよう」という考え方になってくる。
だから、「ヨーグルトを買わずに自分で作ってみる」という発想は、田舎に住んでみて自然と生まれるものなのかもしれない。
ヨーグルトを作るときには、結局牛乳が必要だから、スーパーに行くことに違いはないのだけれども。
発想の根本にはいつも「作る精神」が横たわっているのかもしれない。物理的に移動が面倒な場面が多いから。
買うわたしから、作るわたしへ。いや、作らないといけないわたしへ。だんだん変わってきている。
***
完璧なヨーグルトじゃなくても嬉しかった。
初めてつくったヨーグルトはまだまだだった。でも、すごく美味しかった。自分で作るって嬉しいから。
自分で作ると、完璧じゃなくても受け入れられるようになると思った。
わたしは田舎に住んで、自分で作るようになって、こう思うようになった。
「何でも完璧じゃなくていいんだ。綺麗じゃなくていいんだ。」
きっと完成度は高くなくたって、自分で作ったものは、なんだって可愛いのだろう。田舎に住むと、なんだか優しくなれるような気がした。
そのとき必要なことに必要な分だけ、ありがたく使わせていただきます。