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百点満点ではなくとも

湖畔に位置するこの町は、風がよく吹く。二つの湖に囲まれた大地にはサツマイモ畑が広がり、畑の砂がサラサラと風にさらわれていく。数日前に洗車したばかりのはずが、もう汚れてしまっている。

ここへやって来てもうすぐ三年半。長いような、短いような、そんな時間だった。家から少し歩けば夕日に照らされた湖岸へとたどり着き、誰もいない風景を独り占めできるのはささやかな贅沢だ。

しかし、来世でもこの町に住みたいですか?と聞かれれば恐らく断るだろう。

理由はこの町が嫌いだからでは決してない。どんな場所に住んでも、それなりに同じくらい満足できると思うからである。「住めば都」を信じているタイプなのだ。というよりも、どこでも都に思える技術を少しだけ身に付けた、と言った方が正しいのかもしれない。

そうであれば、新しい風景を見てみたいし、新しい風を感じてみたい。

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自分がそうしたかった訳ではないけれど、新しく住む場所や移住を検討する必要が出てくることもあると思う。たとえば家族の仕事や進学に帯同する場合などがあるだろう。

また、家族の誰かが希望して住む場所が決まることもあり得そうだ。私はどちらかと言うとこれに当たる。今暮らしているのは夫にゆかりある地域で、私にとっては結婚するまで縁がなかった場所。当初はなんの印象もなかった町だが、今となっては都に思える。

とはいえ、たまに夫婦で旅行に行き素敵な町に滞在すると、少し憧れを持つこともある。ここに住んだらどうなるだろう、と妄想だってする。

「今の町より楽しそうな暮らしだな」

コラコラ隣の芝生が青く見えていますよ、と自分で自分に突っ込みつつも、羨ましい感情はしばらく胸の中で浮遊し続ける。

しかし結局、どんな旅先から帰ってきても、私はどこかほっとした気持ちを抱いている。

季節問わず夜は真っ暗。夏はカエルとスズムシの大合唱。冬はツンと冷えた空中に散りばめられた星の数々。

家の近くに公共交通がいかないため車で帰ってくるしか選択肢がなく、必ずドライブしながら帰路に着くのだが、車窓から眺める田舎の見慣れた風景は、何度見ても「ただいま」という気持ちにさせてくれる。

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住んでみたい場所はたくさんあるけれど、百点満点の場所はきっとないだろうと思う。完璧な人間がいないように、場所だってきっと完璧はない。良さもあるし、悪さもある。

そう考えると、どんな場所だって住めば都にできそうだ。この町のイメージが白紙だった自分でさえも、三年半も住めば町が十分カラフルに見えてきたのだから。

そのとき必要なことに必要な分だけ、ありがたく使わせていただきます。