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私の名前の果物

いくつになっても「自分の名前が入ったもの」は特別だ。

昔、家の近くに自分の名前をキーホルダーに彫ってくれる、珍しいキーホルダー屋さんがあった。名前を彫らなくても使えるような、ハート型、星型、丸型などシンプルかつカラフルな素材が揃ったお店だった。彫ってくれたのは当時でおじさんだったと記憶しているから、今はどう過ごしているだろう。

このお店は小さい子供から大人まで幅広い年代層に人気だった。いつ行っても混雑していたけれど、両親や友達とわいわい言いながらどれにする?と選ぶのが楽しかった。部活動で一緒だった親友とは、裏面にお揃いのメッセージも彫ってもらった。

名前はきっと誰にとっても特別なものなんだろう。

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私の名前を漢字で書くと「早秋」であるが、これを一発で読めた人はほとんどいない。小学校、中学校、高校、塾の先生、その他いろいろ、初めて出会う人の9割以上が読めなかった印象。女子か男子かの区別がつかず、性別を間違えられたこともある。

でも私はこの名前を気に入っている。父と母がなぜこの名前を付けてくれたのか、理由を聞くと照れるけれど二人の工夫と愛情が伝わってきて「ああ、自分はこの二人から生まれたんだ」と自覚する。

そしてある時、私と同じ名前の果物があることを発見した。

大学生の頃、食生活にやたらと興味関心があった私は、野菜辞典で栄養成分表を見ているのが好きだった。その時たまたま見つけたのだ。両親に報告すると、さすがにそれは知らなかったと笑っていた。

早秋(そうしゅう)
広島原産の超早世甘柿。果肉はやわらかくジューシー。タネは少なめで食べやすい。

『もっとからだにおいしい野菜の便利帳』高橋書店

好きな果物ベスト3を聞かれれば、もも、りんご、柿、と答えるからこの件を発見した当時、大きな特別感に包まれた感覚になった。好きな果物に自分の名前が付いている。

ただしそれから早秋(柿)に出会えることはしばらくなかった。珍しい品種なのか地元の八百屋やスーパーでは見なかった。おもな産地は福岡、岐阜、愛知、茨城だそう。

しかし移住をしたことで、何度かそれを味わうチャンスがやってきた。

理由は、移住当初からよくしてもらっているお隣さんがこの件を面白がってくれているからだ。「自分の名前が付いた果物なんてのはなかなかないもんだよお?」そう言って、恐らく見つけるのに苦労しただろう早秋(柿)を何度か頂いたことがある。

その優しさが嬉しい。さらに言うと、自分の名前で人が楽しんでくれているのを見るのがとても嬉しい。早秋を見れば早秋を思い出してもらえるとは、なんだかとても幸運なことだ。

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人生に迷ったとき、どういう考え方で進んでいけばいいのか30代になっても未だに分からないことがある。どうか神様が決めてください、と本気で思うこともある。

でも、そんなとき、早秋(柿)の存在を思い出すようにしている。

早秋ってどんな柿だったかな?そもそも柿ってどんな特徴があったっけな?それを思い出すことで、少しは物事の方向性が決めやすくなる。

例えば早秋は超早世のため、いちはやく季節を先取って柿が食べたい人におすすめされる甘柿だ。でこぼこした形になりやすい難点もある。

それに倣って、なるべく時代の先を歩いてユニークなことに注力しようと思えたりする。早秋のでこぼこした形のように、決してスマートではなくて不器用でも、自分を許していきたい。

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