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幸せは、自他の信頼で起こる

この世界に自分と全く同じ人がいないため、誰もが唯一無二の存在である。

誰もが唯一無二であるということは、当然、幸せの形も誰一人として同じになることはない。

つまり、幸せの形も唯一無二になるものなのだ。

何に幸せを感じるかは、人それぞれ。

幸せの傾向はあるかもしれないけれど、そういった傾向は好みの違いでしかなく、善し悪しは存在しない。

ただ我々すべてに共通していることといえば、「幸せになりたい」という思いを持って生きていることといってもいいだろう。

不幸になりたいと思って生きている人はいないものだし、もし不幸になりたいといった欲求を持ったとしても、それすらも幸せになりたいという欲求になってしまう。

欲求は幸せになりたいという思いで生まれるもの。

では「幸せになりたい」とはどういうことかというと、「幸せを感じて生きていきたい」ということであり、幸せと感じる機会が多ければ多いほど、人は幸せを体現して生きていけるようになることだろう。

しかも幸せと感じることは日々変わっていくものであり、一年前と比べてみただけでも、その内容が大きく変化していたりする。

幸せの形は変化していくものであり、固定することができないものでもある。

では、あらためて「幸せ」とはいったい何なのだろうか。

幸せと感じる機会を増やしていくと、人はどういった状態になるのだろうか。

それは、自己信頼の度合いを深めていくことなのだと思う。

自分自身に対してどの程度信頼できるいるかが、幸せの基準となるのではないかと思う。

人は、自分自身を心から信頼できるようになったとき揺るぎない幸せを感じて生きていけるようになる。

しかも、そういった信頼は自分だけに留まることはない。

幸せは、他者を信頼できて実感できることでもあるのだ。

自分を信頼することは、他者を信頼することでもある。

なぜかといえば、他者を信頼できない思いがあるということは、疑う気持ちがあるということであり、疑う気持ちがあるということは、自分を信頼できていないということでもあるからだ。

従って、自分を100%信頼できるようになると、他者も100%信頼できるようになることだろう。

そして、自分を完全に信頼し、すべての他者も100%信頼できるようになったとき、人は自他の境がなくなっていき真の幸せを得ることができるようになる。

我々の深層心理の一番深いところでは、こういった自他の消滅という究極的な幸せを求めている。

我々の精神は、そこに到達するために幸せになることを望むものであり、まずは自分を信頼し幸せを感じられるようになるところから出発するものなのだ。

であるならば、どうすれば自分を信頼して生きていけるようになるのか。

それは、自分が喜びと感じることを選んでしていくことなのだと思う。

自分が嬉しいと感じること、得意と感じることを日々行っていけば、自分自身を信頼できるようになっていくのは自然なこと。

しかも、喜びと感じることをしていると、その嬉しさや楽しさは他者に伝わっていくものであり、そういった他者の共感が自分への信頼へと繋がっていくし、他者への信頼にもなる。

そうやって自分の喜びを表現していけば、自分だけでなく他者の信頼を深めていくことができ、幸せを感じて生きていけるようになるだろう。

幸せは、一人では達成できない。

幸せは自他の相互作用で起こる。

人は、他者のお陰で幸せを達成できるようになっている。

自分が生み出せるものは、ほんの僅かでしかない。

僅かだからこそ、自分の好きなこと得意なことを他者に提供するのが理に適っている。

自分が生み出したものを他者に喜んで貰うことで自己信頼が生まれ、喜んでくれた他者も信頼できるようになる。

提供することに喜びを感じ、それを喜びの気持ちで受け取って貰えることで、人は自分も他者も信頼できるようになっていく。

そういった喜びの相互作用が我々の幸せの姿といってもいいだろう。

自分が生み出したことを、万人に喜んで貰う必要はない。

喜びの気持ちで提供したものを一人でも喜んで貰える人がいたのなら、そこに嬉しいという幸せの感情が発生する。

幸せは自己と他者の揺るぎない信頼があって生まれるものであり、自他の信頼がひとつになるとき起こるもの。

人数の数だけ、幸せの数がある。

しかし、幸せの感情が生まれる原理はそう多くない。

幸せは、自分が喜び他者が喜ぶことで生まれる感情なのだ。





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