さまよう若き原敬(3)【宮沢賢治の風景と、新渡戸稲造・原敬・佐藤昌介達の時代(8)】[#38]

〇 腹が減った原敬達が退学処分へ

 難関だった受験を突破し、司法省法学校に入学した原敬は、未来の司法エリートとなるべく、厳しいカリキュラムの中で学生生活を送ります。学費の負担のない8年間の学生生活を送るはずだった原ですが、入学から2年半が立った頃、退学させられます。学生寮での食事の量が少なかった事をきっかけに、学生達の不満が噴出した際に、学生達の交渉役を勤めた事が原因とされ、この事件で退学処分となった10数名の中に、原が含まれていました。
 この退学処分によって、法律のエリートコースから脱落した原達は、「放廃社」というグループを作り再起を目指しながらも悶々とした日々を過ごしていたようですが、彼らのその後の進路は様々です。
 原敬に関しては、最終的に、そのまま法学校に止まっていてはたどり着くことができなかったであろう高い地位まで上り詰めますが、原の人生が軌道に乗ったように見えるまでには、まだ時間がかかります。

2022(令和4)年10月30日(日)

(続く)

【参考資料】
「原敬-「平民宰相」の虚像と実像」 清水 唯一朗 中央公論新社 2021年
「国萌ゆる 小説 原敬」平谷 美樹 実業之日本社 2021年
「本懐・宰相原敬―原敬日記をひもとく」木村 幸治 熊谷印刷出版部 2008年
「原敬と新渡戸稲造: 戊辰戦争敗北をバネにした男たち」 佐藤 竜一 現代書館 2016年
#宮沢賢治 #新渡戸稲造 #原敬 #佐藤昌介 #内村鑑三 #斎藤宗次郎 #後藤新平 #斎藤実 #ディキンスン #岩手 #花巻 #札幌 #北海道 #北大 #盛岡 #北海道大学 #札幌農学校




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?