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標準日本語との対照から学ぶ八重山語の音韻 前編

北大言語学サークル所属のもけけです。
全2回に亘る本記事では、琉球諸島の南部に位置する八重山諸島で話される言語である「八重山語」の音韻的な特徴について、日本語の標準語(標準日本語)と対照して関係を確認しながら紹介していきます。

第1回の今回は、そもそも八重山語とはどのような言語なのかを簡単に紹介していきたいと思います。


琉球諸島と琉球諸語

琉球諸島とは、北から順に奄美諸島沖縄諸島宮古諸島八重山諸島からなる諸島であり、八重山語は、その中の八重山諸島を中心に話されている言語です。宮古諸島と八重山諸島は合わせて先島諸島とも呼ばれます。
なお、琉球諸島の範囲には、尖閣諸島や大東諸島、奄美諸島を含めるかどうかによって複数の定義が考えられますが、ここでは一般的な定義の一つとして上村(1997: 311-312)の内容に基づいて紹介しています。

琉球諸語の区分
(出典: 地理院地図 https://maps.gsi.go.jp/vector/ より境界線と文字を加工して作成)

一方で、上に地図で示したように、言語としての「琉球諸語」の区分は微妙に異なっています。
上村(1997: 313)や加藤(2007: 39)を始め、琉球諸語の下位区分には、奄美語沖縄語からなる北琉球諸語と、宮古語八重山語与那国語からなる南琉球諸語を想定することが一般的で、ここでは、八重山諸島の一部である与那国島で話される言葉が、その方言差の大きさのために「八重山語」と同じ階層に独立に置かれています。
また、上の地図のような境界線を引く上では無人島は考慮していないため、ここでも地理的な琉球諸島の区分との差が見られると言えそうです。

八重山語ってどんな言語?

宮良(1995: 2)でも触れられるように、八重山諸島は「詩の国、歌の島」として知られるような豊かな文化を有しています。八重山語は、そうした文化を担う言語としての役割も果たしてきたと考えられます。
加治工ほか(2021)によれば、八重山語は現地では「八重山(ヤイマ)+物言い(ムニ)」に由来して「ヤイマムニ」と呼ばれるようです。

一方で、八重山語では、他の琉球諸語と同様に、日本語との接触によるいわゆる「ウチナーヤマトグチ化」が進んでおり、消滅危機言語に関するユネスコの6段階評価では「消滅」と「極めて深刻」に次ぐ「重大な危険」とされています。

田中(2015: 27-28)は、八重山諸島全体の人口として「約52000人」という数字を挙げてはいますが、若年層における理解度が低下している点や、集落ごとに方言差が大きい点を指摘し、八重山語の話者数について「5万人という数字にはあまり意味がない」との見方を示しています。
上村(1997: 311)でも、標準語普及政策が若年層における方言圧迫に繋がったことに触れながら「琉球列島内でのその話し手の人口は、知るすべがないが、総人口より相当少ないはずであり、しかも、話し手のほとんどは、標準語との二言語使用者である」との理解が示されています。

このように、八重山語や琉球諸語の話者数は減少傾向にあり、前述のような島や集落ごとの細かい言語変種のレベルで考えるならば、極めて現実的な消滅の危機に瀕していると言えそうです。

日本語との関係

ところで、冒頭から「八重山語」と表記してきたことについて「日本語の方言じゃないの?」と疑問に感じた方もいるかもしれません。
上村(1997: 311)では、琉球諸語は日本語との系統関係が証明されている唯一の言語群とされますが、実は、琉球諸語を「~方言」と呼ぶか「~語」と呼ぶかには複数の基準を考えることができます。(注)
上村(1997: 311-314)および加藤(2007: 35-41, 52-53, 70-72)を参考にしながら、以下に整理します。

日本語の方言と考える立場の根拠としては、系統関係があること、形態的に類似していること、同じ国家の内部で使用されていること、相互理解を可能にする共通語としての標準日本語が存在すること、話者自身が「方言」と認識していることなどが挙げられます。
このように考える場合、日本語はまず「本土方言」と「琉球方言」の二つに大別され、その中にそれぞれ「近畿方言」や「八重山方言」のようなさらなる方言区分を想定することとなります。また、この場合、日本語は、系統関係にある言語を持たない「孤立した言語」と考えられることになります。

また、上村(1997: 313)では、話者自身が自らの言葉を「方言」と認識していることについて、沖縄の祖国復帰運動において「琉球語」という民族を区別するかのような呼称が避けられた可能性についても指摘されています。

一方で、独立の言語と考える立場の根拠としては、地理的な方言連続体としての日本列島の中で日本語と琉球諸語の間では直接的な相互理解が難しいほどに急激に大きな方言差があること、琉球諸語内部でも島や集落ごとに相互理解が難しいほど大きな方言差があり、その多様性は本土の日本語内部の多様性と同等かそれ以上であること、そうした方言差を考慮すると個々の島の言葉のレベルを「方言」と設定した上で上位区分として前述の図の「八重山語」や「沖縄語」のようなレベルを想定する妥当性があること、歴史的に琉球王国という政治的単位が存在したこと、本土の日本語から離れて独自の発展を遂げた時期があったことなどが挙げられます。
ペラール(2013: 83)を参考にすると、このように考える場合には「琉球語派」のようなまとまりが想定され、本土で話される「日本語派」のようなまとまりと合わせて「日琉語族」を設定することとなります。(注)

このように見てくると、言語か方言かの区別において、言語学上の本質的な違いはなく、単に、系統関係にある言語のどの階層までを言語と呼び、どの階層からを方言と呼ぶかという「基準」の問題にも還元できそうです。
また、したがって「方言」とは、特定の「言語」に属する下位区分を指す用語とも考えられ、上位区分を要求するため、「本土の言葉と琉球諸島の言葉は共に日本語の方言である」との表現に比して「琉球諸島の言葉は本土の言葉の方言である」という表現は適切な理解ではないように思われます。

本記事では、後者の諸要素および「特定の言語変種を標準日本語との関係の中で取り立てて紹介する」という記事の特性を鑑みて「八重山語」と表現することとしています。

次回の記事では、いよいよ、八重山語が持つ音韻的な特徴について標準日本語との関係の中で確認していきましょう。

脚注

八丈島や青ヶ島で話される「八丈語」を日本語諸方言から独立した言語と見なす場合には「唯一」ではないと考えることとなります。八丈語も琉球諸語と同様に「日本語本土方言の八丈方言」や「日琉語族日本語派の八丈語」のような複数の捉え方が可能であると言えそうです。
比較言語学には詳しくないのですが、ペラール(2013: 83)によれば、八丈語は系統的な位置についての定説が得られていないようで、あるいは「日琉語族八丈語派」のように想定される余地もあるかもしれません。

文献

  • 加治工真市・中川奈津子(2021)『鳩間方言 音声語彙データベース』国立国語研究所言語変異研究領域

  • 加藤重広(2007)『学びのエクササイズ ことばの科学』ひつじ書房

  • 宮良信詳(1995)『南琉球・八重山石垣方言の文法』くろしお出版

  • 田中善英(2015)「八重山方言継承へ向けて -スイスの言語政策と比較して-」『フランス文化研究』46号 pp.27-44 獨協大学外国語学部

  • トマ・ペラール(2013)「日本列島の言語の多様性 琉球諸語を中心に」田窪行則(編)『琉球列島の言語と文化 その記録と継承』pp.81-92 くろしお出版

  • 上村幸雄(1997)「琉球列島の言語 総説」亀井孝・河野六郎・千野栄一(編著)『言語学大辞典セレクション 日本列島の言語』pp.311-354 三省堂

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