見出し画像

小池都知事の「夜の街」名指しは差別なのか? 医療従事者が考えた

ホストクラブでのクラスター発生をはじめ、「夜の街」がCOVID-19、通称新型コロナウイルスの感染ハイリスク層として取り上げられる機会が急増しています。それに伴い、「夜の街だけを名指しするのは差別ではないか」という意見をインターネット上で多く目にするようになりました。

筆者は、東京都内の病院に勤務する看護師です。COVID-19患者の直接の対応をしているかどうかは勤務先の情報に関わるため伏せますが、医療現場は、一時期よりは落ち着いたとはいえ、現在も「通常運行」とはいえない状況が続いています。

筆者は、かつて水商売の仕事をして学費を支払い、看護師になった、「夜の街」の元当事者でもあります。

「夜の街以外でも感染者は出ているのに、夜の街だけを取り上げるのは差別ではないか」「夜の街が特殊な感染源かのようにスティグマ化し、市民の対立を煽っている」そういった意見を目にする度、何とも居心地の悪い思いを抱きます。

都知事の夜の街名指しは、差別なのか。百合子は、コロナ禍の混乱に乗じて、東京から「いかがわしさ」を追い出そうとしているのか。私見ではありますが、小池都知事による「夜の街」で感染拡大しているとの指摘自体は、差別にはあたらないと私は考えます。

「夜の街」での感染拡大は事実か

 6月1日~7日に東京都で感染が確認された147名のうち、4割が夜の街関連の方であったと発表されました(1)。また6月14日に都内で感染が確認された47名のうち、7割にあたる32名が夜の街関連の感染だったとのことです(2)。

6月14日の感染者のうち18名は新宿区や都が店の協力を得て実施した集団検査での陽性者のため、この日の感染者数の扱いへの留意は必要ですが、それを抜きにしても、昼の街より圧倒的に全体数の少ない夜の街の方々の感染者の割合と、職種的な感染リスクの高さを考えると、夜の街でクラスター発生していることは明らかです。

「夜の街」という表現は個人的な心情としては耳慣れない感じを受けるものの、キャバクラ、クラブ、ラウンジ、スナック、ホストクラブ、サパークラブ、メンズキャバクラといった、法律的には風営法内の「接待飲食等営業」に該当するお店は、料金体系や指名制度により非常に細々としたネーミングの違いがあるため、総括して「夜の街」と定義したのは、おそらく苦肉の策であっただろうと予測します。

筆者は現状、差別されやすい業種が名指しされているというよりは、むしろ差別を受けやすい属性が持つ特性が、感染リスクとそのまま被っているから現状に至ると考えています。

今回、「夜の街」の中でもホストクラブでの集団感染が立て続けに確認されていますが、ホストクラブの営業形態、ホストになる若年者の社会的背景のふたつが、感染リスクを上げる要因になっていると考えます。

ホストクラブの営業形態と感染リスク

まず、ホストクラブの営業形態について。

今回の報道を受け、都内のキャバクラで働く友人と、ホストクラブに通う友人数名に連絡を取りました。キャバクラで働く友人からは、「『今まだちょっと』って感じで全然お客さん来ない」と、一方ホストクラブに通う友人からは「日によって違うけど、もうほぼいつもと変わらない感じかなあ」と返信が来ました。店舗の場所や店の特色によって集客の度合いには差があると思いますが、夜の仕事の構造的には理解しやすい返答です。

至近距離に座って接客をする仕事の特色上、「接待飲食等営業」に該当する店での飛沫・接触感染の予防は極めて困難ですが、女性店員が男性客の接待を行うキャバクラ、クラブといった業種では、客の多くが会社員や企業役員をはじめとする「昼の街」の方々です。

「夜の街」でCOVID-19の感染リスクが高いことは以前より指摘されていたため、感染すれば仕事や家庭に影響が出ることを鑑みれば、集客の減少は避けられません。経済面での当事者の生活への影響は著しいものの、「感染症対策」の面だけをみれば、集客の減少で感染拡大はある程度抑えられます。

一方、男性店員が女性客の接待を行うホストクラブの場合、客の多くは店員と同じ「夜の街」で働く傾向があります。これはホストクラブで遊べるだけの収入を女性が得られる昼の仕事が極端に少ないためです。

女性客が「この人のため」をモチベーションとして夜の仕事をすればその分、ホストとの疑似恋愛の関係性は深いものとなります。そのため店が開いていれば、感染を危惧して来店を避けるよりも、「こんな時だからこそ支えたい」あるいは「他の女性客(業界用語でいう被り)よりも優位に立てる」といった気持ちが働きやすく、店が混雑する状況になりやすいのではないか、と考えます。

また、「夜の街クラスター」の存在が3月頃から指摘されていたにも関わらず、夜の街での感染が拡大を続ける理由のひとつに、当事者は、「COVID-19にかかっても死ぬわけじゃない」と、ある種身を以て実感しているからではないか、「感染しても自分や周りは大丈夫」という認識が、感染予防対策の不足に繋がっているのではないか、と予測します。

COVID-19の死者、重症者の多くは高齢者や基礎疾患を持つ方であるため、感染者の多くが若年層である夜の街では、そのほとんどが軽症あるいは無症状でしょう。歌舞伎町で働く友人からは、歌舞伎町の中でCOVID-19による死者が出たという話は聞かないとの連絡を受けました。

ホストクラブで働く若年層はどんな状況にいるのか

次に、ホストクラブで働く若年層の社会背景について。

厚生労働省から発表された「新型コロナウイルス感染症による小学校休業等対応支援金の支給要綱」の支給要件から、「接待飲食等営業」である水商売と「性風俗関連特殊営業」である性風俗産業が除外され、批判を受けて撤回された時にも話題に上ったように、夜の街は貧困との結びつきの強い領域です。

夜の街は一般には、大金の飛び交う華やかな街と思われがちですが、キャバクラ嬢や風俗嬢、ホストとして働く当事者の多くは、昼の仕事ができない、あるいは昼の仕事では困難な額の収入を必要とする何らかの事情、例えば心身の疾患や借金、機能不全家庭での成育歴といった背景を持ちます。

社会活動家である湯浅誠氏は、貧困状態にあるものは社会から「五重の排除」にさらされていると述べています(3)。「五重の排除」とは、

・貧困者は相対的に学歴が低く、その背景には親の出身階層の影響があるとする「教育からの排除」
・貧困者の多くが非正規労働者であるため、雇用保険、年金保険、健康保険、時間外手当、スキルアップの機会等から排除されている「企業福祉からの排除」
・貧困者の多くが頼る家族をもたない「家族福祉からの排除」
・福祉政策のセーフティーネットがうまく機能していない「公的福祉からの排除」
・あまりにも厳しい現実が続いたため、貧困者自身が自分に自信を持つことができず、自暴自棄になりやすくなる「自己からの排除」

の5つとしています。

水商売、性風俗両者を含む、夜の街で働く方々が、傾向として高卒かそれ以下の学歴であること、また言うまでもなく非正規雇用で、さらにその多くに拠り所となる血縁的な身内がいない上、職種上公的支援に繋がりにくく、公的・私的福祉からの排除を受けやすいという現状から、彼ら彼女らはひとまずの金銭は稼げているものの、湯浅氏が指摘する「貧困」と非常に近い構造の元にあると考えられます。

加えて、水商売に関していえば、当日欠勤に対する罰金制度を設けている店舗も多く、「少し体調が悪い」程度では仕事を休むことができません。もちろん、職務上リモートワークも不可能です。

上記の理由から、今回のような非常事の際、夜の街で働く方々は、自粛要請をされても従うことができず、感染リスクが高いことを分かっていても出勤せざるを得ない状況にあるのではないか、と私は考えます。

そう考えると、ホストクラブでの集団感染をはじめとする「夜の街」での感染拡大は、社会構造によって起こるべくして起こったものであり、決して本人達のせいとは言い切れません。

「夜の街」と貧困について語るときに配慮したいこと

無論、「夜の街」と貧困を結び付けて考える際には、「それが当事者の分断に繋がらないか」という配慮を念頭に置かなければいけません。

「新型コロナウイルス感染症による小学校休業等対応支援金の支給要綱」の開始の際、水商売と性風俗が不支給要件に入っていたことに対し、主にリベラルやフェミニズムの分野で、「事情があって頑張っている人もいるのに差別するな」という理由で、不支給要件を批判する言説が多く見受けられました。

後に不支給要件から撤回となったものの、私はこの件に関して、批判の理由として「頑張っている人」を持ち出すのは筋違いであると考えます。

「頑張っている人を差別するな」という理論はそのまま反転すれば、「頑張っていなければ差別しても良い」と同義です。夜の仕事に従事する者を、自分にとって頑張っていると見えるか、そうでないと見えるかでジャッジする行為は、より根深い差別の固定化に繋がります。

夜の仕事に必要性を持たせ、合理的に不支給要件から外すために、そう語らなければならない側面もあったとは感じますが、基本的には、「仕事なんだから業種で外すな」に留めることが、議論として誠実であるというのが私の見解です。

支援金の件に限らず、夜の仕事と貧困の繋がりを論じる時には、「その言説が当事者を追い詰めるものにならないか」と常に懸念し続けるべきです。その上で今回、感染症対策の妥当性を検討する上では、夜の街と貧困の繋がりを強く意識する必要があると考えます。

夜の街で働く人間は、「お金にだらしのないろくでもない人間」あるいは「貧困の被害者」の両極端で持ち出される機会が非常に多いものです。また、今回に限らず感染症流行は、感染の広まった属性が差別に晒されてきた歴史を持ちます。

COVID-19は、接触・飛沫感染であること、その多くが無症状か軽症であることから、経済面との兼ね合いが難しく、それは貧困との繋がりの深い、「元々差別されやすい属性」がそのまま感染リスクに直結する感染症ともいえます。

小池都知事の「夜の街で感染が拡大している」という指摘自体が差別とはいえなくとも、元々風当たりの強い夜の街で生きる方々が、今回の報道を受けて差別に晒されるであろうことは容易に予測されます。

既に一部では、夜の街での感染を自己責任とする意見も散見されますが、感染者を排除する風潮は当事者へのスティグマに繋がり、「感染したと人に言えない」状況は、接触者の追跡を困難にする面で、感染症対策として無意味どころか有害です。

感染症対策において何より大切なことは、「自分はこんなに我慢しているのにあいつらは何してるんだ」「そんなことしているから感染するんだ」と感染した当事者や属性を責めないことであり、その意識は医療従事者として、誰にでも何度でも確認したいものです。

「夜の街」PCRは妥当か

小池都知事は、夜の街での感染拡大への対策として、従業員に対する定期的なPCR検査と相談窓口の設置を行う方針であると明らかにしています。

PCR検査適応の基準については、私は感染症の専門家ではないので深く論じることができませんが、夜の街で働く従業員に対して検査を行う効果については懐疑的です。

COVID-19のPCR検査の感度が70%程度のため、残り30%は見過ごされてしまうこともそうですが、何より、「陽性だけど元気」という状態の方が大半となるであろうと考えると、検査が行動変容に繋がるとは考えにくく、「かかってたって別にいいじゃん」という意識をもたらしかねない。相談窓口を設けたところで、検査陽性になった場合の損失を考えて申告を躊躇う方が圧倒的に多いでしょう。

6月13日に国が公表した「夜の街ガイドライン」では顧客の名簿管理が求められていますが(4)、身分を明かしたくない事情の方も多く、店舗で感染者が出た場合の、接触者の追跡も困難だと考えます。

また、限られたPCR検査数の中で、夜の街に生きる全ての方々に検査を行うのはあまりに膨大な数になります。

それでもPCR検査を行うのであれば、感染拡大が確認されたエリアの、夜の街の方々の行動様式を熟知している者と共に検査の基準や優先順位を決めること、できる限りのプライバシーへの配慮(業界内の言葉でいう「身バレ」対策)、当事者への差別に繋がらない報道を行うこと、そして何より、職種のイメージに囚われることなく生活が可能な額の金銭の補償を早急に行うことが、夜の街からの感染拡大を止める手段になるのではないか、と私は考えています。

執筆=きむらえり
写真=Unsplash

(1)「夜の街」従業員に新型コロナ検査 小池都知事が表明.朝日新聞(2020年6月7日)
https://www.asahi.com/articles/ASN675SQKN67UTIL00Q.html
(2)東京で47人感染 約7割「夜の街」関連―新型コロナ.時事ドットコムニュース(2020年6月14日)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020061400175&g=cov
(3)湯浅誠(2008).反貧困―「すべり台社会」からの脱出―.岩波新書. 
(4)新型コロナ、対人距離2メートル確保「夜の街」営業再開へ指針―政府.時事ドットコムニュース(2020年6月13日)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020061300267&g=soc

Sisterlee(シスターリー)はMediumへ移転しました。新着情報はツイッターよりご覧ください。 新サイト:https://sisterleemag.medium.com/ ツイッター:https://twitter.com/sisterleemag