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「ミステリと言う勿れ」だけどちゃんとミステリ

家族を殺された刑事が犯人を復讐の名のもと殺してしまう―。刑事ドラマなんかでたまに見かける設定だ。そしてテレビを見ている側は、手錠を掛けられ涙する刑事に同情する。

だけど、この漫画はその後の展開が違った。

主人公の大学生、久能整(くのう・ととのう)君は、容疑者に仕立て上げられ、取調室で永遠と聴取を受けながら、自分の中で推理を進める。そして、被害者を殺したのは、昔被害者に妻と子どもを轢き殺されたベテラン刑事だということが判明したとき、彼にこんな言葉を投げかける。

「復讐は楽しかったですか」

刑事は仕事に命をかけて家庭を顧みず、家族が運ばれた病院にも駆け付けなかった。
それほど大事だった刑事という仕事を、復讐のためなら捨てられる。
なぜなら、仕事と復讐のベクトルは同じだから。
やりがいのあることだった。
生きているときの家族に関わることにはやりがいは見いだせなかったのに。
と、畳み掛ける。

え。あんた、本人に向かってそんなこと言っちゃうのか…。
他にも別のエピソードでは、刑事が家にいて呼び出されたとき目の前の奥さんの作ったごはんを食べずに出て行くのはどうかと思うとか、整君がぼそぼそ言っている。作者の田村由美さんは刑事ドラマをそんな疑問を持ちながら見ていたんだろう。

この作品、1巻の巻末のおまけページで田村さんが書かれているように、整君がただ喋りまくる「舞台劇のようなイメージで、閉鎖空間での会話」が中心になっている。

だからミステリーなんて書けないのでこのタイトルにしたそう(2巻おまけページより)。

たしかにコナン君や金田一少年のように殺人トリックを暴くこともなければ、「応天の門」(こちらも大好き)の道真のように知識から謎を解明することもない。

でも、なぜその人が事件を起こしたのか、事実は一つでも真実は一つじゃない、それぞれの立場で事実の見え方は違うということをベースに、一人一人の背景を探りながら謎の解明をしていく。そう、ちゃんとミステリーなのだ。

超潔癖で情に流されない整君。冷静に事件を解決するだけでなくて、疑問に思うことをなんでも口にする。整君に関わる警察官など周囲の人たちは、そんな言葉に価値観を揺さぶられ、惹かれていく。そして読んでいる方も一緒に引き込まれてしまう。

整君、本当に結構いろいろ言っちゃう。女性警察官にあなたの役割は男社会で徒党を組んで悪事を働くおじさんたちの監視をすることだ、とか、なぜバージンロードでなぜ娘だけ父親から夫に渡るのかとか。かなりせりふが多いので紛れさせながら結構言っている。そんな本編とは関係ないけど響く言葉がたくさん紛れてるから人気なんだろう。

田村さんの代表作「7SEEDS」を昔読んだけど、SFの世界に入り込めずに途中で断念してしまったけど、もう一度読んでみよう。

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