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032 彩度の高い夏が嫌いだ

六月某日。夜はまだティシャツ一枚じゃ肌寒くて、寒い寒いと燥ぐ隣でパーカーくらい着てくればよかったねと腕をさすった。一歩先、振り返って「温めましょうか?」と腕を広げて見せる君に、「公道ですので遠慮します」と返しながら追い抜く。「フラれた〜」と結局後ろから抱き締められて、歩き辛いと文句を言いながらふたりで笑った。買ったばかりのアイスがビニール袋越しに素肌に触れて、冷たいはずなのに丁度よく感じた。暖かかった。貴方がいれば暑いほどだった。

七月某日。あまりの暑さにもう部屋から出たくないと、コンビニに行くのもじゃんけんで決めるようになった。去年は「夜道に1人じゃあぶないよ」なんて制しても後ろをついてきたのは君だったのに。もう私のこと大切じゃなくなったのだろうか、なんて、考えるだけ無駄なんだけど。答えは君にしか分からないし、言葉にされても素直に信じられないかもしれない。私、捻くれてるからさ。面倒くさい女だからさ。

八月某日。あの夏のことを思い出す。君の隣で、君じゃない人のことを思い出している。彩度の高い夏が嫌いだ。眩しくて、吐き気がしそうだ。空が青いせいで、よく晴れているせいで、後ろめたい感情が一層鬱屈して見える。ああ、その、節くれだった指に嵌めた指輪はもう捨ててしまったのでしょうか。


032 彩度の高い夏が嫌いだ

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