キングサーモンとの対面【24.3.24】
・キツツキが家をつっつく振動音で目が醒める。朝ごはんに白米を炊き、鹿肉ロースを薄く切って醤油酒みりんで簡単な焼肉丼にする。卵をかけて同居人と平らげる。今日はついにボートを出して釣りに出かける。
・風もなく雲ひとつない空である。今年最初の船釣りにはこれ以上ないコンディションだ。満潮は3時ごろなので、お昼頃に海に繰り出すことにする。
・タロンのトラックにライフジャケットやカニ籠などを詰め込む。久々の釣りなのでフィッシングライセンスを探すのに一苦労した。ビザやパスポートを入れているポーチの奥に眠っていた。一安心。昼ごはん用のスモークサーモンの瓶詰めとマヨネーズを紙袋に詰めて出発。
・10時半に家を出て、村に向かう。タロンの仕事仲間のボートを借りにいく。村の端っこにある巨大な倉庫に1艇のスピードボートがトレイラーに載っていた。トラックの後ろに慎重に接続し、クーラーボックスやジャケットを船に投げ入れる。もしものときのための無線とパドルも。
・倉庫にはそのほかにもトラックや他のボート、そしてトーテムポールも収められていた。だれのものなのだろう。
・村の生協でパンとチップス、そしてオレンジをふたつ買う。ガソリンとビールも忘れずに手にいれる。
・村の船着場のスロープからボートを乗せたトレイラーを進水させる。日曜日のマセット港は蓋でもしたかのような静けさである。タロンがエンジンを始動させ、ウォーリーは気だるそうに船に飛び入り、最後に僕がロープを外して乗り込む。
・原動機がパタパタとなり、水を分けて進んでいく。村の目の前の入江はとても潮の流れが早い。カヤックだとしっかりナヴィゲーションしない限りにはろくに漕ぎ進めることはできないが、エンジンというものはすごい。パドルをリズムよく、静かで平らかな海に漕ぎ進めるシンプルな幸福はないものの、原動機付きボートは楽である。
・10分ほど船を走らせ、入江の対岸の浅瀬にカニ籠を落とす。餌には昨年釣ったサケの頭を麻袋に入れる。「いいワタリガニが取れれば、寿司と味噌汁にしよう」と同居人と話す。
・とはいえ、今日のメインはサーモン釣りである。アメリカ英語でキングサーモン、カナダではスピリングサーモン/チヌークサーモンと言われる鮭を狙う。秋に川に遡上してくるサーモンを釣る際はルアーやフライで狙うが、今日は海におけるサーモン釣り。トローリング、つまり流し釣りである。
・文庫本ほどの反射板から30センチほど糸を伸ばした位置に小魚を模したルアーをつける。イワシなどの魚群に追いつけない怪我した小魚を装うのだ。肉食であるサーモンが追いかけやすい魚を狙う習性を利用する仕掛けである。その反射板とルアーを、大きなオモリと巻き上げマシンを用いてちょうどいい深さに泳がせるのだ。
・つまり、潮の流れに抗うようにゆっくり船を進めておけば、べつに竿を動かしたりせずに釣りができるという仕組みである。魚が食いついてオモリが自動的に外れて竿が上下に動くと大きくシャクって合わせる。
・満潮の前に海に出たので、海水は海から入江に向かって勢いよく流れている。ボートでもエンジン全開でないとずっと流され続けてしまう。最初の二時間ほどはソナーが故障したり自動オモリ巻き上げ機が動かなかったりでてんやわんやしていたし、ロクなアタリもなく退屈していた。「潮が変わる前後一時間で釣れるから、辛抱しな」とタロン。腹が減ったのでパンにスモークサーモンとマヨネーズを乗せ、簡単なオープンサンドウィッチにして食べる。悪くない。
・2時になる。風が少し出てくる。流し釣りでは潮に反するようにずっとボートを動かし続けており、いくら晴れた一日とはいえ体は冷え込んでくる。
「冷えてくるな」とタロン。
「なかなか潮も止まらないね」
「まあシーズンも早いし、あんまり期待しないほうがいいな」
「船出せただけで儲けもんだね」
「確かに。もう少し待ってみよう。俺の感覚では、2時半から釣れるんだ」
・流されては船を戻し、流されては船を戻す。まもなく3時になろうというタイミングだった。チップスを頬張っていると、僕の竿先が大きく引き込まれた。わかめに引っかかった時の竿の動き方とは全く違う。とっさに竿を持ち上げ、半ば大袈裟なほどにしゃくりあげる。魚だ。
・魚が走る時、強く抵抗する時は泳がせてやる。こちら側に走ってきた時、あまり引かない時に一気に巻き上げる。タロンが港を出る時にアドヴァイスしてくれたことを思い出す。海釣り用の太い竿が半円を描くように大きくしなり、リールのドラグがギリギリと音を立てて糸を吐き出す。
「そうだ。疲れるまで泳がせてやれ」とタロンが必死にオモリを引き上げながら言う。
・へそと左腕で重たい竿を支える。腹にぎゅっと力をいれる。すごい勢いで糸が出ていく。テンションを決して緩めないよう、竿はしっかりと立てておく。
・ドラグの音が鳴り止むと、その瞬間に一気にリールを巻き込む。重たくなると走らせてやる。あちらも必死、こちらも必死である。船上ではタロンがもう一つの竿とオモリを引き上げ、巨大な網を持って隣で構えている。犬のウォーリーは何事かと言うように立ってこちらを見ている。
・数分すると引きが弱まる。こちらに向かって泳いできているのである。テンションを保つべく僕も必死の形相で糸を巻いていく。水の中に反射板がきらりと光り、銀色の魚体がその奥で翻る。でかい。
・一度こちらに姿を見せたその巨体はまた深く潜っていく。じりじりと糸が出ていく音が響く。竿を立て、ボートの真下に入られないように船腹に誘導する。僕はリールを巻き上げ、タロンが網で捕まえようとするが、そのサーモンは水飛沫をあげて何度も抵抗する。何度かの水面での格闘の末、ようやく観念した鮭は船上に引き上げられた。
・「18ポンドはあるぞ!大物だ」と同居人も興奮している。網に入ったサーモンは巨大だった。硬い口先にはしっかりとルアーが食い込んでいる。僕の元に来てくれてありがとうと感謝をし、木の棒で頭を殴って気絶させる。人生初のキング・サーモンである。
・タロンとハイタッチし、写真を撮るために魚を持ち上げる。たしかにすごい重さだ。
・「言っただろ!この時間に釣れる、って」
「すごいファイトだったよ。海に出てきた甲斐があったね」と僕も興奮気味に答える。
「リール使いも竿使いも完璧だった。よくやったな」
・同居人の言った通り、3時過ぎにかけてが食いどきだったようだ。僕の竿がそのすぐ後また大きくしなり、悪くないサイズのキングが釣り上げられた。タロンも二匹ひょいと船上にあげてしまった。僕はそこそこのサイズのハリバットも釣った。
・キングサーモンの一日の捕獲量はひとり二匹まで。潮が完全に変わってしまう前にリミット・アウトしてしまう。うれしい悲鳴である。こんなに上手くいくとは思っていなかったふたりだったので、これ以上ない釣果に興奮しっぱなしだった。
・4時前に港に戻ることにする。帰り道にカニ籠を上げてみたが、手のひらサイズのロッククラブが二匹入っているだけだった。どちらもリリース。カニ寿司・カニ味噌汁はお預けである。
「今夜はフィッシュ・アンド・チップスだな」
「バカみたいな量のポテトも揚げよう」
・船を港にあげ、トラックで牽引して上陸させる。村の友達の家に船を帰し、キャノーラ油のボトルとタルタルソースを買って家に帰る。
・庭にテーブルを出し、サーモンを捌く。腹を出し、頭を落とし、エラをちぎり、血あいをスプーンでこそぎ取る。同居人がハリバット(オヒョウ)の捌き方を教えてくれる。平べったいへんてこな魚だ。新鮮なハリバットの白身からは素晴らしい香りがする。
・僕はサウナに火を入れ、タロンが魚とポテトを揚げる。ポテトは低温と高温で2度あげし、オーブンでカリカリにする。サーモンとハリバットは小麦粉とスパイスで味付けし、パンケーキミックス・ガーリックパウダー・チリパウダー・塩胡椒などとビールを混ぜた衣を纏わせてディープ・フライ。揚げたてを僕とタロンとサシャの3人でかぶりつく。
・「これまで幾度となくフィッシュ・アンド・チップスは作ってきたけれど、今回が最高の出来だな」とタロン。同意する。キングサーモンの脂のノリは素晴らしく、ハリバットの引き締まった白身もホクホクで絶品である。チップスも申し分ない。さっきまで海で泳いでいた魚たちである。これ以上ない新鮮さ。
・猫に魚の皮をおすそわけする。冷蔵庫にはまだたくさんのサーモンが眠っている。明日捌いてフィレにする。
・満腹のまま超高温になったサウナに入る。満腹感と数本のビールも後押ししてものすごい汗をかく。海で冷えた体を温めるにはぴったりだ。サウナから上がってシャワーを浴びたらとてつもない疲労感がくる。簡単にストレッチをし、下半身をマッサージして日付が変わる前に布団に潜り込む。
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