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エルダー、『島時間』を語る【24.2.29】

・友人たちが5時ごろに電話をかけてくる。東京にいた頃、フリースペースのように入り浸っていた高円寺のアパートから、ついに友人が退去するらしい。思い出に浸る。

・その友人は3月から福島に移住する。東京の大学時代の友達たちがぱらぱらと東京を去っていく。彼らの新天地での活動にワクワクするとともに、東京に戻っても会えないという寂しさもある。

・二度寝して8時過ぎに起きる。まだ昨日の雪は残っているが、天気は悪くない。海から聞こえる波の音に耳を澄ませると、テンポよくサーフが立っているように聞こえる。きっといい波だ。隣のルークはそそくさとトラックにボードを積み、ビーチに走っていく。僕は昨日のランニングから膝に違和感があるので今回はパス。

・うちの敷地にはまだ雪が残っており、あまり外の作業はできなさそうだ。タモの家の銭湯プロジェクトを手伝いに行く。家で作業するもの楽しいが、やはり誰かと一緒にプロジェクトを進める方がにぎやかでやりがいがある。

・銭湯予定地では昨日と同じくクリスとスカウトが作業をしていた。何か手伝うことはある、と聞く。
「風呂桶につながるようにウッドデッキを作るんだ。今日はそのための基盤づくり。コンクリートブロックを水平に埋め込んで欲しい」とクリス。

・仕事着に着替えて作業に取り掛かる。ウッドデッキは昨年秋に我が家のキャビンの外に作ったのでプロセスは頭に入っている。今回の銭湯まわりの土台はいわゆるコンクリートを流し込んでつくるわけではなく、表層の柔らかい土を取り払って砂利を敷き詰めて平にし、その上にコンクリートブロックを乗せるという簡易的なもの。とはいえ、ハイダグワイの、さらに辺境地であるトウ・ヒルのコミュニティにおいてはよくあるものだ。だれも建築基準なんてチェックしにこないのだから。

・クリスがおのおのに指示を出し、タモと僕がデッキの基盤を、スカウトがデッキウッドを製材する。スカウトは数少ない女性の大工だ。

・あっというまに昼下がりになり、ランチにする。今日はタモと彼の同居人であるローラが作ってくれたラーメン。鹿からとった出汁は優しい旨み。炒めたチンゲンサイとキムチの食感がたのしい。

・緑茶とお餅の入った最中を食後にいただく。なんて日本的。村で用事があるので、1時過ぎに別れる。

・さっと着替えて仕事の用意をし、村に向かう。今日は仕事前にロングハウスに向かう。おととい、スフェニアおばあちゃんに誘われたのだ。
「明後日、ドキュメンタリーの撮影でインタビューを受けるの。興味があるなら、1時半にロングハウスにおいで」

・ロングハウスにはすでにスフェニアと、ふたりの若い男女がいた。握手をし、僕もとなりで座って話を聞いていいか、と尋ねる。快諾してくれたふたりは南部ダージン・ギーツ村の兄妹。ハイダグワイ・メディア・コレクティブのプロジェクトで、島の長老たちのインタビューを撮影しているのだとか。

・スフェニアは幼少期を島で過ごし、その後に本土のレジデンシャル・スクールに送られてハイダの文化を剥奪された過去を持つ。その悲惨な寄宿工事代について、彼女は静かに語る。
「インディアン・エージェントなる役人が突然村にやってきて、子供達を親から引き剥がすの。私たちはフェリーに乗せられ、プリンス・ルパート(ハイダグワイ対岸にある本土の港町)からエドモントン(カナダ内陸・アルバータ州の都市)まで貨物車に乗せられて連行されたのよ」
子供達は暗い倉庫のような荷台に乗せられ、五日間かけて遠く離れたスクールまで連れて行かれた。ろくなトイレもない車内では、すみっこで用を足すしかなかったという。「あの車内の鼻につく匂い、まだ思い出せるわ」

・「シルヴィアという友人のことをよく覚えている。ある晴れた日、スクールのすみっこの林に二人で隠れ、彼女はわたしに故郷のサン・ダンス(先住民の舞踊)を教えてくれた」
カナダ政府とカトリック教会が運営していたレジデンシャル・スクールの目的は、先住民の子供が幼いうちに先住民らしさを殺してしまうこと。スクールで先住民の文化に言及することも、彼ら自身の伝統芸能を行うことも固く禁止されていた。
「わたしたちは修道女たちに見つかり、神父にひどく殴られ、右手の爪を3つも剥がされた。その上、小さな歯ブラシで学校の階段をすべて掃除させられたのよ」
骨がちになった手を眺めながら、彼女はそう教えてくれた。「おかげで、今も家の掃除は歯ブラシでやっているわ」と笑いつつ。

・彼女が教えてくれるレジデンシャル・スクールの悲惨さには閉口するばかりだった。12歳の時、同じくハイダグワイから連れてこられた幼馴染がある日突然動かなくなり、そのまま亡くなったこと。白人の入れ歯にするために、健康な歯を抜かれたこと。就寝後に神父の気まぐれで足を掴んでベッドから引き摺り出され、殴る・蹴る・性的暴行などが横行していたこと。「わたしはいつも布団から両足を出して寝ていたわ。いつでも抵抗できるようにね」

・スフェニアは今、アルバータ州とカトリック教会を相手に訴訟を起こしている。1200万ドルの賠償金をめぐった民事訴訟だ。
「4月後半にバンクーバーに飛ぶ。わたしのためじゃないわ。スクールから生きて帰ってこれなかった魂たちのため、大きなトラウマを抱えた先住民コミュニティ全体のためよ」
カナダ政府は数年前にレジデンシャル・スクール政策について正式に謝罪をしたが、その補償は十分とはいえない。スフェニアが収容されていたスクールにかかわるアルバータ州や教会は歴史的事実を否認し続けている。カナダの司法の誠実さが問われている。

・「わたしたちは今、『島に流れる時間』をテーマにインタビューを撮っています」
インタビューをするのはエリー。スウェーデンとスコットランドの血を持ち、ハイダグワイに移り住んだ両親のもとで生まれた兄妹だ。
「生活が海と、森と、風とともにあるこの島では、すべてがゆっくりと進みます。物事がどんどん加速していく現代において、何かを示唆できるストーリーを探しているのです」
「それは本当に大切なことね」とスフェニアは優しく微笑み、彼女の島での幼少期について語ってくれる。

・「まだ私が島にいた頃、フローレンスという友人がいたの。すぐそこの通りの角に住んでいて、私たちは毎日裏の山からビーチに出て遊んでいたわ」
年上のフローレンスは薬草にも、海の動きにも詳しかった。森で木が揺れる音から天気を読むこともできたのだという。
「彼女と遊びに出ている時、日が暮れるまで家に帰らなかった。ビーチでは貝も海藻も取り放題だし、ベリーもたくさんある。外での料理に詳しい友人がいたのもあって、ずっと海や森で生きていたいと思ったわ」
ハイダの伝統的な家屋は海に面するように建てられる。海の潮の動きがここでの生活を規定している。「海とともに生きるということは、人々の生活や精神を穏やかにしてくれると思うの」

・レジデンシャル・スクールから解放されたあと、ハイダグワイに帰ってきた彼女がみたのは精神的に疲弊したコミュニティだった。
「ひとびとの精神は卑しさと嫉妬に満ちていた。そんな感情は人々をどんどんと深みに押しやってしまう」
スフェニアがいつも心に留めていたのは、幼いことに祖父が授けてくれた言葉だった『自分の中におこった感情を覚えておきなさい。次のその感情と出くわした時、よりよく対応できるようになるから』
「さまざまな人々の尽力もあって、私たちのコミュニティのヒーリングはだいぶ進んできた。人々を支配していた妬みの感情も少しずつ消えていき、今ではお互いに正面から向き合い、励まし合うことができている」

・バンクーバーで郵便配達員として必死に働きながらシングルマザーとして7人の子供を育て上げた彼女。19人の孫と12人のひ孫はすくすくと成長している。世代間トラウマの爪痕が今もなお残る先住民コミュニティにおいては稀有な健全な家庭を築いてきた。
「それでも、子供達を島で育てられなかったことは後悔している。島に帰ることができず、バンクーバーの都会で生き延びることに精一杯だったのよ。自分たちのルーツや、伝統的な食事を知ることができないほど悲しいことはないものね」

・島に生まれ、故郷から引き離され、都市で生き延びた彼女がハイダグワイに帰ってきた時、すでに彼女は60歳になっていた。『ハイダグワイで生きる』ということを、彼女は人生を賭けて勝ち取ってきたのである。
「この豊かで、質素で、静かな島での生を、私は必死になって取り戻したの。4世代の家族がいて、そこかしこにベリーが花をつけていて、海の幸はいつも腹を満たしてくれる。恵まれていると思うわ」

・そのほかにも、スフェニアおばあちゃんは興味深い話をたくさんしてくれた。ハイダの伝統的家屋ロングハウスには時刻を読み取るための隠し窓があったこと、ハイダは十三ヶ月の太陰暦を使っていたこと、昔はハイダ語に10もの方言があったこと(初耳!いまでは三つ)など。ファイヤセレモニーで火に投げ込まれるタバコは伝統的な薬草として大切にされてきたもので、決して喫煙のためのものではなかったということも知らなかった。

・ハイダの、ひいては全ファーストネーションのヒーリングのため、80歳になった今もなお戦い続けるスフェニア。家紋であるという「三つヒレのシャチ」か刻まれた帽子のしたの目線には、揺るぎない決意と覚悟が見てとれた。

・スフェニアおばあちゃんと撮影している兄妹に礼を言って、仕事に向かう。今日のクライアントはご機嫌斜めだったので、寝かしつけるまでがいろいろと大変だった。帰宅後はずっしりと疲れがくる。シャワーを浴びてベッドに潜り込む。




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