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夢見がちな私が彼氏に論破された話

十八歳の時、私は小説を書いて賞をもらったことがあります。

書籍化されて、出版社の担当さんもついてくれました。印税も、少しだけもらいました。

当時アルバイトをしていた本屋では盛大に祝福してくれて、私のサイン本は平積みで売られました。出版社の方も高級な料理屋であからさまにちやほやしてくれ、疎遠だった親戚も「10冊買ったぞ!」などと大いに盛り上がりお祝いをしてくれました。

このとき私は、他の人とは一線を画す人生を送れると思っていました。

特別努力したわけでもなく、なんとなく興味本位で書いた小説があっという間に世に出てしまったから、あー、私ってもしかして、俗に言う天才ってやつなのかな?と本気で思っていました。
私の人生は、普通とは違う、小説を書いて有名になる人生なんだ。そう、じんわりと確信をしていました。

自然と、進学先の大学も、小説を書くゼミのあるところを選んで入学しました。
いざゼミに入ってみると、自分以外にも小説を書いている同世代の学生が多くいることに驚きました。
中には、授業で書いた小説が評価されて有名な文芸誌に載ったりする人もいました。
私も負けじと新しく書いた小説を担当さんに見せたりしましたが、なかなか良い返事はもらえませんでした。
担当さんがわかってくれないなら、と思って何度か別の出版社の文学賞に送りましたが、一次選考通過者の一覧に私の名前がのぼることはありませんでした。

どうせまた書ける。今はたまたま書けていないけれど、前と同じように面白いものが書けるはずだ。

そう思いながら四年が過ぎ、大学を卒業した私は社会人になりました。

社会人は、月曜日から金曜日まで、最低でも一日八時間は会社に拘束されます。
馬車馬のように働いてくたくたになった平日の夜に小説を書く気力もなく、帰ればご飯を食べて寝るだけの日々です。
土日は、たまにパソコンを開いたりはしますが、疲れているから平日からの仕事に支障を来さないようにしっかりと休養することがほとんどでした。

なんだか、これでは普通の社会人ではないか。そう思って、忙しい担当さんに連絡を取り、久し振りに会いました。
担当さんはいつの間にか偉くなって、もう編集の仕事からは遠ざかっていました。
最新の小説を読んでもらいましたが、協力できることはない、と言われました。

それが悔しくて、また小説を書いて、懲りずに賞に応募しました。
しかしやはり、結果は納得のいくものではありませんでした。

この時、小説を書くことが明らかに辛くなっていました。

何を書いても、面白くない。前に出した本みたいな話が書きたいのに、書けない。
新しく小説を書き始めても、完成する前に「面白くない」と全て放棄してしまいました。

本当に自分が面白いと思えるものが思い浮かぶのには、きっともっと多くの時間が必要なのだ。
そう考えて、私はひとまず、目の前の仕事を全力でこなしました。

そうして日々を過ごしていると、徐々に頭の中は小説のことではなく、仕事のことが埋めていくようになりました。
週に一度開いていたパソコンは、月に一度開くか、開かないかになりました。

ある時、ふと思いました。

このまま、ただの会社員として私の人生は終わるんだろうか?

社会人になって三年が経ったときでした。

急に焦りが生まれて、小説の書き方を教えてくれる講座があると知り、急いで申し込みをしました。

毎週水曜の90分。それも、仕事との兼ね合いで全てに出席することはできませんでした。

講座で学んだうろ覚えの知識を小説に投影してみたりしましたが、余計に書きたいことが分からなくなって、完結できずに終わりました。

賞を取ってから十年が経ちました。

二十八歳の私は、転職をして大手メーカーで働いています。
面接で「過去に小説で賞を取ったことがある」と言ったら、面白い経歴だと気に入られて、採用してくれました。

その時私はもう、小説が一切書けなくなっていました。

書きたい気持ちが全く沸かない。

書きたいものもない。

パソコンにも向かいたくない。

何をどうしたらいいのか分からなくなって、とにかく文章を書きたいと再び強く思える日が来るのを、じっと待ちました。

平日は死に物狂いで働き、待ちに待った土日が来て、特に予定がない日はパソコンを開く気力が湧かなければ無理やりに予定を詰め込みました。

友人が誰もつかまらない日は恋人に連絡をします。
しかし彼は「やりたいことがあるから」と私に断りを入れることがほとんどでした。

「やりたいことがある人はいいよね」

私に予定を合わせてくれない彼に、そうやって嫌味ったらしく言ったりもしました。

「小説は? 書いてないよね、最近」

「もう、書くエネルギーが沸かない」

「やめたら?」

彼が言いました。

「文章書くの、やめたらいいんじゃない?面白くないなら」

平然と言う彼に私は反論しました。

「簡単に言わないでよ」

「どうして?書くのが楽しくないなら、それはもう、君のやりたいことじゃないんじゃない」

私は心の底から怒りが湧き上がりました。あなたに私の何がわかるの?

「私の十年の何を知ってるの? 今までできていたことができなくなった人間がどれだけみじめな思いをしてるのか、何もわからないくせに。私には、才能がないんだよ。それにはっきりと直面しているのに、認めたくなくて、無駄にもがいて。でもやっぱり何もできなくて。辛いよ、すごく辛いんだよ」

「才能はあるでしょ。一度本になってるんだし」

「ないよ。もう、書きたくなくなってる。書きたいと思えなくなってる」

それに対して彼は冷めた目をしながら言いました。

「HUNTER×HUNTERって、すごい休載してるじゃん」

想像していなかった言葉に、私は咄嗟に次に何を言えばいいのか思い浮かびませんでした。
彼は続けます。

「冨樫義博だって、あれだけ休載してる。あの手塚治虫でさえ、締め切りがくることの辛さをキャラクターに喋らせてる。あれだけの天才たちだって、書きたくて書く人なんて一握りだ。その道を選んでしまったから、書かなきゃいけなくて、仕方なく書いている人たちなんだ」

彼はそう言いました。

彼は、IT関係の仕事をしています。毎日家に帰ってくるのは終電を過ぎていて、休みの日もパソコンを開いて仕事をしています。

それでも、彼は「叶えたい夢があるから、今は金を稼ぐしかない」と言って、眠る時間を削って、日々を過ごしています。

そんな彼の発する言葉は、いやに重みがありました。私にはそれが嫌でした。

彼は続けて言います。

「とにかく、書け。やる気が出るのを待って、書きたいものが見つかるのを待って、そんなことしてたら、いつまでも何も書けないのは当たり前だろ」

正直、「正論だ」、と思いました。
言葉が出ません。

でもこれを認めたら、今まで私が苦しんできた時間が全て否定されるみたいで、それはとてつもなく耐えがたくて、私は、言葉を絞り出しました。

「でも仕事も忙しいし、土日はゆっくりしたいときだってあるよ」

彼は鋭い目つきで言いました。

「目の前の短期的な快楽に溺れるな。書け。とにかく100書いたら必ずいいものがある。積み上がったものがゴミだとしてもその先には成長がある」

「でも中途半端なものなんて、書きたくない」

「勝手に自分の中でハードルを上げるな。世の中の誰も、もはやお前に期待なんかしてない」

誰も期待をしていない。その言葉に少なからずショックを受けた私は、黙りました。

彼は容赦なく、続けます。

「変なプライドなんて捨てろ。逆に、何をやってもいい状態なんだ、やりたい放題だよ。自由になんでも書けるんだ。そうだ、今日から毎週、週に二作品書けよ。とにかく、書け。書きまくれ。いいな!」

駄作でもいい。なんでもいいから文章を書け。

何ももう恥ずかしくないんだから。

彼はそう言いました。

彼のこの言葉が、小説を書く私に対する、この世界で最後の期待だ。そう感じました。

この言葉を全力で受け止めて、書き続けて、いつか後ろを振り返ったときに、私はこの十年間をきちんと成仏させることができるのだろうか。

彼は、最後に言いました。

「もし仕事が邪魔なら、辞めろ。お前が失敗しても、俺が金持ちになって養ってやるよ」

彼はにやりと、笑いました。
彼の夢は、起業をして資産を築き上げることです。
過去に色々あって、なによりもお金のために生きてきた彼なのです。

だから、彼の口から発せられるとは到底考えられない台詞でした。

かくして、私は後に引き下がれなくなりました。

noteに週に二作品投稿することが、これより余儀なくされたのです。

#小説 #コラム #日記 #エッセイ #大人になったものだ

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