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シャレン!インタビュー 地域と、選手と、サポーターと、-共に戦うフロンターレ- ①川崎フロンターレと地域貢献


まえがき


 Jリーグでは2連覇を果たすなど輝かしい功績を残している川崎フロンターレ。

サッカーにおいて圧倒的な強さを示しているが、その強さは地域に対する思いも同様である。ホームタウンや地域社会にどのような影響を与えているかの調査をした結果、川崎フロンターレが「地域に大きな貢献をしている」クラブとして10年連続で第1位になったほどである。

川崎フロンターレの社会活動の姿は、他のJリーグクラブのお手本といっても過言ではない。ここから知見を得たい、そして川崎フロンターレのピッチ外での活動も知ってもらいたいとの思いでこのnoteを作成するに至っている。

今回は、フットサルを楽しめる「フロンタウンさぎぬま」へ伺い、川崎フロンターレでホームタウン担当をしている岩永修幸(いわながのぶゆき)さんにインタビューをさせていただいた。岩永さんはサッカー雑誌「STRIKER」の記者、編集者、スポーツ総合誌「Sports Graphic Number」のライター、編集者としての勤務歴も持っている。2005年より川崎フロンターレに携わっている。


クラブの持つホームタウンへの強い思いをこのnoteを通して是非感じていただきたい。一人でも多くの人がより思い入れを持って、クラブを応援することができれば幸いである。

1.川崎市と川崎フロンターレ


シャクル:資料を拝見し、川崎フロンターレと川崎市が良好な関係を築き、地域貢献活動が盛んになったのだろうと思いました。そのような関係だからこそできたことは何かありますか?

岩永さん(以下敬称略):山ほどありますね。試合自体も、地域活動、事業面やお金の面とか含めてもそうですね。

シャクル:具体的にはどういったことでしょうか?

岩永:そもそもホームスタジアム(等々力陸上競技場)は市のものだけど、ありがたいことにフロンターレの試合優先っていう取り決めをしてもらってます。市営スタジアムだから、陸上協会、ラグビー協会、川崎市主催の催し物とかっていうのが山ほどあるわけです。その中でフロンターレの試合を優先してもらえるのは行政が定めてくれないとできないことです。

シャクル:フロンターレの他にもスポーツチームが川崎にあると調整がありますよね。

岩永:そうですね。他にも川崎市が主催してくれた優勝パレードとか、行政の力がなければ実現しなかったことはたくさんあるから、フロンターレに力を添えてくれているのは本当にありがたいと思っています。


悲願の初タイトル獲得による2017年の優勝パレードの様子
川崎フロンターレホームページ『念願の優勝パレードに5万人‼︎』より
https://www.frontale.co.jp/diary/2017/1214.html


2.陸前高田への想い


シャクル:川崎市との関係だけでなく、川崎フロンターレは陸前高田市などホームタウン以外でも活動しているのが印象的です。川崎市以外の地域にも選手を含めて行くようにこだわって活動を続けているのはなぜですか?

岩永:簡単に言うと「世の中のために」ですかね。やっぱりみんな喜んでくれるじゃないですか。

シャクル:なるほど。遠方の地域と関係を作ることは難しくないのですか?

岩永:実はたまたま川崎市の先生と陸前高田市の先生が知り合いで、そこでつながったことから始まったんですよ。2011年の東日本大震災当時、川崎でもすごく揺れて、慌ててテレビをつけたら陸前高田市がものすごい津波で、これはやばいと。Jリーグも一時的に中断になって、そこでフロンターレが何かできることはないかと考えていたら、その知り合いの陸前高田の先生から教材が全部流されてしまったっていう話が来たので、、、フロンターレが毎年作っている算数ドリルがあるのはご存じですかね。

シャクル:はい。有名ですね。

岩永:それをまず届けることにしました。他にボールとか持てるものを持ってクラブスタッフが現地に行ったんだけど、実際の被害を目の当たりにして、他にできることはないか自然と考えていましたね。みんなに元気になってほしいという思いを選手たちも持っていたから、全員で行ってサッカー教室とかBBQをやろうって話になって、浸水したけどギリギリ使えるグラウンドが現地にあったからそこでやりました。

シャクル:現地に行って状況が分かったからこそ、より活動をしていきたいと考えたんですね。

岩永:そうですね。縁あってつながった陸前高田市への支援を、1回で終わらせるわけにはいかないという気持ちがあったから、力を入れてやりましょうと。それから毎年サッカー教室を開いたり、新加入の選手にも現地の様子や当時の状況VTRを見てもらったりしてきました。これも偶然なんですけど、震災明けの試合がフロンターレのホームでのベガルタ仙台戦だった。ベガルタさんとは元々仲良くやっていたけど、ここで一緒に何ができるかって改めて考える機会にもなりましたね。やっぱりみんなが喜んで前向きになってもらうって願いが両クラブで同じようにあったから。

シャクル:思いはずっと変わらないんですね。

岩永:ただ数年経って、「支援する」っていう考え方だけでは失礼で、変えていく必要があるなってクラブでは思い始めました。ただ「支援する」ではなく、私たちや選手たちも逆に力をもらっていましたからね。だって遠い地域の人たちに応援してもらえるんですよ。2015年、「お互いに」ってことで「支援」から「交流」という形に切り替えて、同市とフロンターレで「高田フロンターレスマイルシップ」という友好協定を締結しました。
例えば、年に1,2回ホームゲームの時「陸前高田ランド」というイベントで陸前高田の方々がやって来て、向こうの名産品を等々力で売ることもあります。本当の復興ってまだまだなんですよ、実際はね。だから私たちにできることを一つ一つやっていきたいと思っています。


2017年陸前高田サッカー教室の様子
川崎フロンターレホームページ『選手会主催「第7回陸前高田サッカー教室」開催のお知らせ』より
https://www.frontale.co.jp/info/2019/0812_6.html


3.地域密着のマインド


シャクル:互いに助け合うという方向に変わっていったのですね。陸前高田のような遠方地域やホームタウンも含めた地域密着の中で、川崎フロンターレが一番大切にしていることをお聞きしたいです。

岩永:クラブのミッション「スポーツの力で、人を、街を、もっと笑顔に。」ですね。

シャクル:具体的にはどういったイメージでしょうか。

岩永:サッカーのクラブ経営って、ボールが右に転ぶか左に転ぶかで変わっちゃう。選手一人が怪我をしたら、審判が一つジャッジミスをしたら、それで変わってしまうような事業だから、サッカー的な要素だけに任せきりでは着実な経営は難しいですよね。だから何をすべきか考えると、ホームタウンで何ができるかだったり、さっきの東日本大震災みたいなことに対してできることを考えるような方向になってきたかな。

シャクル:そうですね、確かに壊れやすい事業にはしたくないです。では川崎フロンターレが今までシルバーコレクターと言われたりした時期と、連覇やタイトルを取っている現在では、活動の中での考え方や、活動自体に変化はありましたか。

岩永:いやないです、いい意味でない。

シャクル:特に変化はなかったんですね。

岩永:初めて優勝した2017年、中村憲剛はインタビューで「自分たちがファン・サポーター、市民の皆さんと一緒になってやってきたことは間違いじゃなかったって証明できた」って言っていました。
地域活動ばっかりやってるから優勝できないって揶揄されたこともあったわけです。それが、「地域での活動に力を割いても強くなれる。ちゃんと優勝できるんだ」というのを証明できた。むしろ、地域から力をもらえているんです。そしてそのことを、いろんな形でどんなときも支えてくれた市民の皆さんと分かち合えたことが最高に嬉しいんです。
昔から選手たちも地域の活動を大事にしてやってきたのを、優勝したから変えます、なんてことは絶対だめですよね。変わらずに絶対にやっていきたいって、改めて強く思っているところです。

第二弾はこちら!


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