見出し画像

「これ以上の地獄ってもうないと思うよ」

仕事がしんどかった。

その日に朝起きて会社に行くのがとんでもなく嫌だった。

でも働かなくちゃ食べていけないし生きていけないし無職なんて誰がなんと言おうと自分が嫌だし会社を辞めるわけにはいかない。

でもでも、もう行きたいくない上司の顔を見たくない。

これでもししょうもないミスなんてした暁には死にたくなってしまう。

怒られるが怖い。落ち込むのが嫌だ

でも頭が働かなくて、手が動かなくて、上司が何言ってるのか分からない。


そんな時があった。

新卒で入社した会社で、まだ勤めて半年ほど。そのとき私は20歳だった。今思えばなんでそんな会社で頑張っていたんだろうと思う。

あの時はこんなにも何もできない自分が、他の会社に行ってうまく行くとは思えなかったし、ここから逃げてもまた同じ状況になるんだろうと信じて疑わなかった。

それに今と違って就職難と言われている時期だったので、やりたいこととは違っても安定した会社に正社員として就けたことだけで奇跡だと思っていた。


「おつかれさまです」

そう言って私は会社を後にした。

当たり前のように誰からも返事はなかったが、もう気にならなくなっていた。

会社を後にした私は彼氏にラインを送った。

今から帰るね!お疲れ様。

すぐに返事が来ると思っていなかったので、携帯をポケットに入れて、駅へと向かっていた。

「お疲れ」

そういって立っていたのは当時付き合っていた同い年の彼氏だった。

「あれ、なんで?ここまできたん?」

「近くで面接やったからさ」

彼は就活中だったのでたくさんの企業に面接に行ったりしていた。

「待っててくれたんや、ありがとう」

「疲れたやろ、ご飯行こうや」

「うん」

一足先に就職した私はこうやって会社帰りに彼に時間を合わせてもらってご飯に行くことが増えていた。

友達のいない私にとってはそれだけが、本当に唯一の楽しみだった。

牛丼が食べたい、そう言ってすき家に入った。

私は牛丼ミニに豚汁と豆腐をセットにした。牛丼はすぐにきた。すぐにきてすぐに食べてすぐに帰って寝れるから牛丼にしたけど、本当はもっとゆっくりご飯を食べたいと思っていた。

牛丼を一口食べるたびに会社に行く時間が近づいてくるようで、食べるのが嫌だった。

私は言った。

「仕事やめようかな」

実際は思っていない。新卒で入って半年しか経っていないのに、何もできない自分がこのままやめても何もできないと思っていたし、また別の会社に行くのも怖かった。

でもここに居たくなくて、少し八つ当たりのように思ってもいないことを話した。彼は就活中でやりたいことを叶えるために沢山面接を受けている。倍率の高い企業にだって物怖じせずに応募して、受かるための努力をしていた。彼は頭が良かったし、行動力もあった。はっきりした目標を持っていたので、こういう人が夢を叶えるんだな、そう思っていた。

そんな彼に私の今の状況を話せずにいたから、彼からすれば急な話だろう。

怒られるだろうか、呆れられるだろうか、夢に向かって努力している人間にこんなこと言って私は何がしたいんだろう、なんて言って欲しいんだろう。いや、わかっている。彼のことだから、やりたいようにやれば。そう言うんだろう。

いつだって彼は私の決定に否定も肯定もしてこなかった。
自分の意見を押し付けないというよりかは、自分の意思で決めてくれと、優しさのような、興味の放棄のようで、寂しく感じたり、自由に思ったりしていた。



「いいね、すぐ辞めや」

ええ

私は呆気にとられた。

「まあすぐには無理やけどさ、いつか辞めたいなって」

「来月くらいに辞めちゃえば」

「簡単に言うやん」

私は呆れた。

辞めることを後押ししてくれるとは思わなかった。でも、そんなことまだ働いていないから言えるんだ。すぐになんて辞めれるわけないじゃんか。

「いつか言うと思ってたわ」

「そうなん」

「しんどそうやからさ」

「でも」

「これ以上の地獄ってもうないと思うよ」

「どういうこと」

今より状況悪くなるかもって考えてるんやろ、でも心配事の9割は実際に起こらない。考えれば考えるほど身動きとれなくなってしまうで。

でもね、千晴は我慢し続けるなんてできないはず。

結局最後は辞めることになるから早めがいい。

自分の居場所は早めに見つけた方がいい。

居場所っていうのは息がしやすい場所のことやろ。

見つけるのは運と時間が必要だから早めがいいよ。

「逃げることも大切やで」

どうしても働けなくなったら俺が養ったるやん、そう言って彼は笑った。

「冗談じゃないな」

逆に養ってやるよって言って私も笑った。
転職サイトに登録だけして放置していた、ログインしてちゃんと転職活動しよう。

その日食べた牛丼はとても美味しく感じた。





#君のことばに救われた