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背番号のストーリー

大人になったらなくなるもの。

そのひとつには、損得勘定のない純粋な恋心があると思うのは私だけでしょうか。


あれは中学最後の体育祭。

男女混合で全員強制参加のクラス対抗リレー。

私がバトンを渡す相手は、2年間以上ずっと片思いをし続けてきた人でした。

直接話したことがあるのは、話しかけてもらったほんの数回だけ。

ただその数回は私にとって、忘れられない幸せな時間でした。


クラスのみんなは同じ「4」組の背番号を背負い、バトンパスの練習やトラック半周の100メートル走の練習をして。

ただ、練習中はほとんどの生徒が男女混合で恥ずかしいという理由から友達とバトンパスをしてばかりで、当然私も本番でバトンパスをする相手に渡す練習は一度もしないまま体育祭当日を迎えました。


体育祭当日。

だんだんとリレーのプログラムが近づいてくるドキドキ。

いざ入場門に並んでいる時は、半周ごとに2チームに分かれて並んでいるから目の前には好きな人はおらず、それがさらに緊張をあおる。

自分の順番が近づいてくるドキドキ。


そしてついに自分の番。

バトンを受け取ってできる限りの力で走り出す。


あと20メートル。

4番の背番号が見える。

自分から話しかける勇気もないのに、全速力で好きな人に向かって走っていく、そのシチュエーションがドキドキを超えてなんだかおかしく思えてくる。


あと10メートル。

恥ずかしくて顔を見ることができない。

見ているのはずっと背番号。


あと5メートル。

好きな人の手が見える。真っ直ぐこちらに伸ばしている手。

もしこの手をつなぐことができたら。

バトンなんかない世界で。


あと1メートル。

勇気を出して顔を上げると、真っ直ぐ私を見てる彼と視線が合った。

その時間はほんの数秒、ほんとは1秒もなかったのかもしれない。

けれど、そのわずかな時間がとても長く感じた。

逆にそこからは本当にあっという間だった。

どんどん遠ざかっていく背中。

そのリレーでクラスが勝ったか、何着だったのか全く覚えていない。

そして、卒業するまで1度も話さないまま私たちは別々の高校に進学してしまった。




あれから23年。

今は別の背中を追いかけてる。

「有名な選手と同じ背番号なんだよ!」と目を輝やかせて、サッカーなんか全く分からない私に一生懸命話してくれるかわいい背中。

背番号4番をつけて誇らしそうにボールを運ぶ姿にたくさんの幸せと喜びをもらってる。


いつも私は少し離れたところに立ち、お昼に食べるお弁当の入ったバックを持ってその背中を目で追っている。


「疲れただろ?持つよ。」

同じように隣に立ち、私に優しく手を伸ばしてくれるあなた。

「ありがとう。でも、大丈夫。」

あなたが伸ばした手のひらと自分の手のひらをそっと合わせてゆっくりと繋ぐ。


あなたはきっともう覚えてないよね。

ずっと、ずっとずっとこうしてみたかった。


遠くで走る4番の背番号。

背番号をはずしたあなたはもう、どこにも行かずにずっと私のそばにいてくれる。









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