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『おかえり』
くたびれて帰ってきた日はいつも、玄関のあかりの暖色がのっぺりと眼にはりついてくるように感じられて、明美はすこしだけうつむく。つ、と垂れてきた前髪はどこか湿っていて、彼女が日中やり過ごしてきた出来事がしみこんでるような匂いがする。
気づかないうちにため息が出てきて、肩にかけていた革のバッグが肘のあたりまで落ちてしまって、ぐっとからだが傾いた。うんと前に痛めたはずの腰が、ピリ、と奥のほうで光ったように感じた。眉をハの字にして目を細めている。笑っているように見える目元、頬のこわばり。
華奢な犬の蹴り足みたいにパンプスを脱ぐ。床にころがる乾いた音。わりと買って間もない靴だったから(傷がついたかも)と一瞬あたまをよぎったけれど、彼女は振り向かないで、ほの明るさをうすく引き延ばすようにしてリビングの暗がりに入っていった。