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謂城朝雨と中国出張

中国に出張したときに、ずっと私たち一行の通訳をしてくれた中国人のKさんから「日本人は漢字は読めますか」と聞かれた。漢字を使う日本人が漢字をどう読んで(発音して)いるのか不思議だったのかも知れない。日本人は、漢字を中国人が読むようには、読めない。音読みは当初は中国風の読み方だったのだろうが、時代とともに双方変わったようだ。日本は何度か漢字を取り入れたため、呉音、漢音、唐音と3種類の読み方をするようになった。これは中国でも音の変化があったことを意味する。しかも、和風の訓読みも作られた。「行」の読み方には、「ぎょう、こう、あん、いく」があり、一文字に対して数通りの読み方を学び、使っている日本人には感心する。

この通訳のKさんとにこやかな若いRyuさんには、出張中大変世話になった。私たち一行をいろいろな観光地に案内してくれて、楽しませてくれた。

Ryuさんは、上海の繁華街を歩いているとき、客引きが寄ってくると、さっと私の側に来て、何度も客引きから私を守ってくれた。一行の中で私が一番危なっかしく思えたからだろうか。それだけにRyuさんに親しさを感じた。京劇のような古典芸能が好きで、明代の町並みが残る周荘で、街角で演じられている京劇を真剣に観ていた。ある時、「日本に仕事でくることはありそうですか」と聞いたら、ちょっとさびしく首を振っていた。多分今の役割からは可能性がないのだなと思えて、聞いて申し訳なく思った。

最後の晩の会食に、お別れの言葉のつもりで記憶していた王維の詩を紙に書いた。多分私には、日本人がどの程度、漢字に馴染んでいるのか関心があるKさんのことが頭にあったのかもしれない。また、団長が最初のあいさつで中国から漢字を教わり、両者長い友好の関係にあると言われたことが脳裏にあったのかも知れない。「謂城朝雨」の次の浥の字をど忘れして、そこを空けて、「軽塵、客舎青青柳色新、勧君更尽一杯酒、西出陽関無故人」と書いたら、Ryuさんが分かったらしく、さんずいを書く真似をしてくれたので、思い出して、浥の字を書いた。劉さんに詠んでもらった。初めて、生の中国語で読まれた漢詩を聞いた。韻を踏んでいるのが分かった。団長が「韻を踏んでいますね」と言った。

謂城の朝雨軽塵をうるおし
客舎青青柳色新たなり
青々とした柳は、周荘の水辺を思い出させた。「さあさあもう一杯酒を飲んでくれたまえ。君が西の方陽関を出たら、その先には知っている人はいないだろうから」そんな別れの気持ちを伝えたかったが、私たちは、西出陽関ではなく、東出上海だったし、これがお別れの言葉として伝わったか覚束ない。


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