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第十四夜


 こんな夢を観た。
 だれかの鼻歌に騙されて、迷子になった。トゥルル、トゥルル。舌を丸めて奏でられる大鳥の熱に、わたしはチェシャ猫を探している。誘拐犯を捜そうにも、ひとっこひとりいない暗闇の奥では、愉快犯の化け猫と遇うほうが早いと思えたからだ。トゥル、ル、ル。だれかの鼻歌は、次第におおきくなっていく。軽快な音符には逝くまでの浮遊感が足りないらしく、かわいそうに、真白いだけのチューリップの隙き間に転がっては絶えていた。死にゆく音譜を拾いあげるだけのやさしさはゆめのなかには無く、なく、泣く泣く、鳴かない駒鳥を見殺しにしては駆けている。トゥ、ル。ル、ルルル、ル。迷路のなかで劈く幽霊のかげを聴きながら、ただ、ひたすらに出口を探していた。まだ、まだ、消えない耳鳴りは梟よりも、麒麟のように首を長くして、縞馬のようにメリヰ・ゴウランドのようにグルグルとまんまるい眼を廻している。輪廻のようには廻らない季節を仮説にしながら、ただ、つまらない仮設小屋のなかで、赤子のようにわたしを誘っている。トゥルルルルルルルルルルルル。息が上がるたびに、わたしを追い立てる着信音が苦手だった。朝に聞けば尚更、もう、なんにも手が付かない毒毒とした電子音が嫌いだった。チューリップ畑はまだ脱けられず、暗闇にひたひたと浸る紅とあいまみえる程度だった。トゥル、ル、ルルル。トゥル、フ、ルル。次第に、こどもを嘲笑うおとなのような雑音も混ざりはじめる。そのころには、もう、わたしの脚も疲れ切っていた。仮設小屋の向こうの看板に、小父さまの名前が見えたときには、甲板へは辿り着けそうにないわたしの生も終わろうとしていた。死の島へは向かえない。ただ、ただただ、夜闇のなかで、いたずら描きのような、あかとしろのチューリップが咲いている。フ。トゥルルルル、ル、フ、ル、フフフ、トゥルルル、フフ、ル。


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