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体験談(超)多めで語る、映画『透明人間』(2020)の恐ろしさ

昔、支配欲の強い男性と付き合っていたことがある。

当時勤めていた会社の先輩で、妙に落ち着き払って大人びて見えたのと、漫画や音楽など趣味も共通するところがあったので、出会った当時は単純に「いいな」と思った。

毎日同じ職場で仕事をするうちに自然と打ち解け、やがて二人で遊びに行くようになり、気付けばカップルになっていた。

恋愛経験が多いほうではなかったので、久々に彼氏が出来て嬉しかったし、職場の人たちには関係を伏せ、「秘密の社内恋愛」となったこともだいぶテンションに影響した(アガった)。

しかし、徐々に小さな違和感が湧き上がるように─。

その人はとにかく、愚痴や文句が多かった。
他人を褒めることはまずせず、私が誰かを絶賛すると即座に否定し粗を探した。自分のことは何かにつけて褒めてもらいたがり、サインを見逃すと不機嫌になった。職場の人たちの陰口はもちろんのこと、一緒にテレビを見たり映画を観に行ったりしても、文句ばっかりで楽しくなかった。付き合う前はだいぶセーブしていたのか、突然ネガティブ方面で饒舌になったので、ぼんやりと「思っていたのと違うな…」と思った。

要はナルシストだった。
自分の容姿やファッションセンスを自画自賛することが多く、最初は冗談かと思って笑っていた。でもその人にとっては全部本気だった。私はその人の見た目で気に入っていたわけではなく、趣味や話が合うと思って好いていたので、積極的にルックスを褒めることはしなかったが、髪型を変えたり新しい服を着てきた時は、こちらが変化に気付かないと自己申告を受け、褒めないともちろん機嫌を損ねた。

私のことは基本的にバカにしていた。
「美人でもないしスタイルもよくないし、今は若さだけが取り柄だ」とか、「外面はいいけど根暗で要領が悪い」とか「ファッションセンスが壊滅的」とか、そういったことをウケ狙いでしょっちゅう口にした。(悲しいことにどれも自覚はしていた)

私が自主的に笑いを取ろうとするのを嫌がった。
日常生活でこちらから“ボケ”ることをあまり良しとしなかった。単純に面白くなかったのかもしれない。その人自身は笑いにどん欲で、「今、面白いこと、言ってまーす!」のドヤ顔を四六時中連発していたが、それをスルーすると私はもれなく「笑いが分からない人間」扱いをされた。いわゆるお笑いコンテンツを愛し、友達の前では自動的にフザけて生きてきた私にとって、それはかなりの苦痛だった。

だけどなんやかんや味方はしてくれた。
口がうまく要領も良いその人は、職場の上司やベテラン勢に気に入られやすく、私が仕事で困った時は最優先で“うまいこと”立ち回って助けてくれた。それは社会人経験の乏しい若者だった私にとっては、とても心強い存在だった。プライベートでも、マメに連絡をよこし積極的に会う時間を作ってくれ、少なくとも寂しい思いをすることはなかった。

そのうち、「お前には俺しかいない」的なことを言われるようになった。
従来の自己評価の低さに加え、日々の「口撃」(向こうはお戯れだと思っている)によって自信をどんどん削られていく中で、その人は「こんなにお前のことを理解している男、今後絶対に出てこないよ」と言った。さらに追い打ちをかけるように、世間的に「女として終わっている歳」とされている年齢(酷すぎるよね)を挙げ、「お前は俺がいないと●歳まで独身だよ」と言い放った。

呪いの言葉だった。
この人と別れたら、もう誰とも付き合えないかもしれないな…と本気で思ってしまった。

ちょっと喧嘩になると「別れる」を連呼した。
私が「嫌だ、別れたくない」と顔面蒼白で謝罪し、おとなしく言うことを聞くのを知っているからだ。頭の中は「この人と別れたら私は孤独」という強迫観念でいっぱいになった。その人もそれを知っているのか、優越感に満ち溢れているように見えた。

ああ…

これ、支配されているかもしれないな…

と思うようになった。

だんだん相手がわがままになり、「俺にお金をかけること」を求められた。
誕生日、クリスマス、バレンタインなどの記念日には、それなりに高価な洋服や雑貨のプレゼントをリクエストされるようになった。一応お返しはしてくれるが、私にはリクエスト権限がなく、「お前はセンスが悪いから」とすべてその人のチョイスで「いらないもの」を強制的に受け取らされた。
ひとりで出かけると必ずお土産をねだられたし、旅行に行った時は「駅弁を奢らなかった」だけでキレてしまい、険悪なムードになったこともある。

え、なんで…?
と勇気を出して聞いてみたことがあるが、「お金をかけてくれると愛情を感じる」「愛しているならお金をかけて欲しい」という回答だったので、さすがにまずいなと感じるようになった。

その頃には友達に愚痴る元気もなく、何せ秘密の社内恋愛(私もその人と付き合っていることがバレるのが苦痛になってきたので、ちょうどよかった)なので周囲に相談するわけにもいかず、不安と嫌悪感でかなり参ってしまっていた。

そんなある日。

突然、「親にお前と結婚しようと思っていることを伝えた」と言われた。

多分全身の毛が総毛立った。恐ろしさと屈辱に耐えかねて、思わず「やだ」と返してしまったが、その場は都合よく私の照れ隠しとして処理された。

このままだと逃げられない。

そこでようやく確信した。考えるまでもなく、その人にはもはや恋愛感情はおろか好意も抱いておらず、ただただ「独りになるのが怖いから」別れずにいただけだったのだ。

そしてぼんやり考える、「独りのほうがマシじゃない?」と。

私が私らしくいられない、好きでも何でもない男とこの先一緒になる未来など耐えられない。別れよう、離れよう。

ようやく頭がクリアになってきたので、その人に「もう無理だから別れたい」と伝えた。

私が普段から「嫌だ」と声をあげなかったせいで、その人は本当に嫌がっていることには気づかなかったのだろう。はじめは真面目に取り合ってもらえずうやむやにされたが、めげずに回数を重ねて説得を続けた。

やっと本気なのが伝わると、その人は突然「体調不良」を訴えてきた。反射的に「大丈夫?」と心配してしまったが、「もう別れるなら詳しく話す必要はない」と教えようとはしなかった。

正直良心が痛んだが、深入りするのはやめた。なぜなら、その日から「症状が悪化しそう」「お見舞いに来て欲しい」的なメールが相次いだからだ。

「こうすればコントロールできる」と思っているのかな、とふと考えてしまった。きっと執着心と支配欲が強いんだな、いつまでも大人しく従っていてはダメなんだな、とその頃には冷静に考えられるようになっていた。

結局体調不良の真相はわからなかったが、思い切って「お大事に」とだけ伝えて返信もやめ、シャットダウンを決め込んだ。

すると、まさかの強硬手段に出られてしまう。

職場からの帰り道、突然その人に背後から肩を掴まれ「ねえ!」と声を掛けられたのだ。音もなく近づかれて触れられたことにびっくりしたのと、振り返って至近距離にその人がいたことに恐怖を感じて思わず「うわあああああ!」と絶叫。その人は私のリアクションに驚きつつも、「そんな声出さなくても…」と意気消沈して去って行った。

きっと何とか会話しようと追いかけてきただけだから、危害は加えらえなかったがとにかく怖かった。なんとか落ち着きを取り戻し、以降職場でも距離を置いて、待ち伏せされないように必ずその人より先に走って帰るようにした。

しばらくして、その人が突然会社を辞めることになった。
本人の希望で送別会も開かず、本当にひっそりといなくなった。

その後は平穏が訪れた…と思いきや、数カ月経って上司に突然、

「さっき久々に●●さんと会って、会社の近くでランチしてきたよ」

と言われた。その人のことだ。

またもや鳥肌が立って泣きそうになった。聞けばその人からお誘いがあって、会社の近くに呼び出されて昼食を食べてきたらしい。特に私たちの関係をバラされるとか近況を聞き出そうとされるとか、そうしたことはなかったが、「いなくなったはずなのに、実は近くにいた」事実が本当に恐ろしかった。それからしばらくは、また「いるんじゃないか」という恐怖と戦う日々を過ごした。

やがて時間が経過し、私も転職し新たな環境に移り、そのうち人脈も広がって新たな彼氏も出来て、その人の影におびえることはなくなった。いまでは完全に過去として処理できている。

だけど、思い出しても本当に恐ろしい。

「いなくなったはずなのに、実は近くにいた」という事実
どこへいても「いるんじゃないか」という恐怖

これを経験してしまったからこそ、映画『透明人間』で描かれる恐ろしさが「わかりすぎて」怖かったのだ─。


DV彼氏が透明人間化して襲来!二重の意味で怖すぎる映画『透明人間』

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映画『透明人間』 © 2020 Universal Pictures

本作はずばり、タイトルの通りヒロインが「透明人間」に襲われる話なのだが、物語は「DV彼氏に体も心も支配されたヒロインが、軟禁状態にあった彼氏の豪邸から脱出する」ところからスタートする。

背中を向けて寝ていたのに、目覚めたら彼氏の腕でがっちりホールド。起こさぬようにそれをゆっくり払いのけ、忍び足でモニタールームに向かって家中の大量の監視カメラをオフ。去り行くヒロインにすり寄る彼の愛犬に「連れていけなくてごめん」と謝りながら、首輪に仕掛けられた電流装置もオフ。冒頭の数分で、キングサイズのベッドで寝ているだけの彼氏の“異常性”をビンビンに感じてしまう、最高の走りだしだ。

なんとかDV彼氏のもとから逃げ出したヒロインだが、去り際に彼から放たれた「どこにいても絶対に見つけ出す」的な脅し文句に戦々恐々。何せ彼女に執着し軟禁してしまうような彼のこと、その後遠い場所に拠点を移しても、「彼が追いかけてくるかも」という恐怖から引きこもり、家の外に出られなくなってしまう。いつでも何をするにも「彼がいるのでは」という強迫観念から逃れられず、ハタから見たら”おかしな人”、“かわいそうな人”だ。

そんな中、DV彼氏がまさかの自殺。これで物理的に追われる心配から解放されたかと思いきや、夜な夜なヒロインの周囲で怪奇現象が起こるように…。よく見ると、姿は見えないが「何か」そこにいるらしい。そしてヒロインは、さまざまな手がかりからその怪奇現象が「確実にDV彼氏の仕業である」ことを確信するのだった。

何が恐ろしいって、ずばり追ってがDV彼氏であることに尽きる。劇中で彼がヒロインを説き伏せようとするシーンが登場するが、優しく巧妙にコントロールしようとしていて本当に気味が悪い。私はいわゆるストーカー行為にあったわけでも著しく心身を傷つけられたわけでもないが、精神的に支配され「逃げなきゃ」という気持ちにさせられるしんどさを体験したので、ヒロインの設定がホラー、スリラーとして“効果的”すぎて素晴らしいと思っている。

(それが言いたいことのすべてだったのに、ここまでたどり着くのに結構な文字量を使ってしまったね……)

しかもDV彼氏、よりによって透明になって襲ってくるのだ。「逃げ切ったはずなのに、奴の気配を感じる」恐ろしさの相性が良すぎてもう…!

劇中で一番ぞっっっとしたのは、ヒロインが「透明人間を視認する」シーンだ。

透明人間モノでよくある描写と展開なのだが、部屋に色のついた液体や粉末をまき散らすと、それがかかって透明人間の一部が着色し、「あ、そこにいるんだ!」とわかる、アレ。

ヒロインも例にもれず色のついた液体をあるタイミングでぶちまけるのだが、そこで現れる着色された透明人間が、予想外の登場をするので危うく大きな声を上げるところだった。本当に危なかった。

このシーンだけで満足してしまったが、誰かにつきまとわれたことがある人もそうでない人も、誰でも恐怖を味わえる上質なホラーなので、ぜひお楽しみいただきたい!




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