ホエールタウンおしかでクジラの結婚指輪を買ってもらった時のこと
「鮎川行くべ」
昨年、私が宮城に移住して1年と少し経った頃。夫が突然そう言った。
「あゆかわ?」
妻は、まだ宮城の地名に疎く、言われてすぐにそれがどこか分からなかった。
牡鹿(おしか)半島の、と説明されて、やっと「あー、前に一度行ったホエールランド!」と思い出した私に、夫はさらに続けて言った。
「結婚指輪、クジラにすっぺ」
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夫とは、昨年3月11日に入籍していた。
石巻にある夫の実家は、東日本大震災の津波で大規模半壊し、取り壊されていた。幸い義父母は避難して無事だったが、従兄弟や何人もの親族が津波の犠牲となっていた。
でも、だからこそ、入籍するなら3月11日にしたいと夫は言った。
幸せな思い出で上書きしたい、と。
夫の思いを聞いた私に、反対する理由は無かった。
でも、その時には指輪は無かった。
いや、正確には私が「結婚指輪はいらない」と言っていた。
私は金属アレルギーだった。
以前はアクセサリーも短時間なら付けていられたが、ここ数年はどんどん酷くなり、腕時計にすらかぶれて手首が赤く腫れてきてしまう。痛痒い手首にかゆみ止めの軟膏をぬりながらなんとかやり過ごしていたものの、この状態では指輪は無理だろうな、と思っていた。
だったら、付けられない指輪にお金をかけるよりは、何か二人で旅行か美味しいものでも。
夫には、そう伝えてあった。
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「ホエールタウンおしか」は、宮城県石巻市鮎川浜に建てられた、牡鹿半島の観光交流拠点施設。
こちらの敷地内の「おしかホエールランド」で営業されているのが「鯨歯工芸 千々松商店」さん。
マッコウクジラの歯を材料にした印鑑やアクセサリーを制作・販売しているお店。
いつだったか記憶は定かではないのだが、東日本大震災の後、おしかホエールランドが今の形で営業するようになって間もない頃に、二人で足を運んだことがあった。
私がクジラの歯の加工装飾品を見たのは、その時が初めてだった。
素材を聞いた時は「骨じゃなくて歯なの?」と驚いたが、初めて見るそれは象牙のような落ち着いた乳白色で、とても綺麗だった。
そして、金属アレルギーを気にする必要の無いアクセサリーというのが、私にはとても魅力的だった。
その時は確か、石巻市内での所用のついでの訪問だった。そのため、じっくりと見る時間も無く何も買わなかったのだけれど、「いいなぁ~いつか欲しいなぁぁぁ~」と眺めていた記憶があった。
後で聞いた話では、夫はその時から、いつか指輪はここでと考えていたらしい。
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ホエールタウンおしか内の「おしかホエールランド」は、2022年3月16日に発生した福島県沖地震からの修繕工事のため一時休館していたが、同年5月末から営業再開されていた。同じくホエールタウンおしか内に展示されていた捕鯨船「第16利丸」も、地震からの点検・修繕が終わり安全が確認され、7月下旬から見学が再開されていた。
夫が「鮎川行くべ」と言ったのは、その展示再開を伝えるニュースを見た後だったらしい。
そんなタイミングでの、久しぶりの鮎川再訪だった。
その日のホエールタウンおしかは、捕鯨船の見学再開もあってか、家族連れで賑わっていた。
けれど、到着したのがお昼時を過ぎていたこともあってか、おしかホエールランドの各店舗は、さほど混雑はしていなかった。
お目当ての千々松商店に入り、お店の方に結婚指輪を買いに来た旨を伝えると、こちらが恐縮するほど感激された。
様々な種類の指輪を出していただいた。どれも、天然素材を削って作られた一点ものばかり。お店のご厚意に甘えていろいろ試着させていただいた上で、シンプルな指輪を選んだ。
買ってすぐ、お世話になった店員さんに立会人になってもらって、レジの前で指輪の交換。
たまたま居合わせた観光客の方々から、お祝いの言葉をいただいた。
買ってもらった結婚指輪がこちら。
この指輪をするようになってから、それまで自分の中で「美味しい海の幸」のひとつ・食べ物としてしか認識していなかったクジラが、食べて美味しいというだけでなく「大切にしたいもの」の象徴にもなった気がしている。
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「ホエールタウンおしか」のある鮎川浜は、東日本大震災の震源地に最も近い場所だった。
鮎川浜の捕鯨の歴史、そして東日本大震災当時の被災状況は、今もネットで振り返ることが出来る。
こういった歴史のある町・場所だからこそ、ここで結婚指輪を、と夫は思ったのかもしれないと、今は思う。
もちろん、私の金属アレルギーという事情もあったけれど。
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2020年からの商業捕鯨再開のおかげで、今は新鮮で美味しいクジラをいただくことが出来る。
スーパーの店頭に並んでいるクジラの刺身も美味しいけれど、鮎川浜で食べるクジラはまた格別の美味しさ。
「おしかホエールランド」には飲食店もあり、クジラを食べることが出来る。写真は、施設内の黄金寿司さんで結婚指輪購入時に食べた「鯨刺身定食」と「鯨刺身盛」。
白いのは鯨の皮。これも私はこの時が初体験だったのだが、皮自体にはほとんど味は無いものの脂がのっていて、赤身と一緒に食べるととても美味しかった。
宮城県をはじめ、クジラ文化に馴染み深い地域では、クジラの美味しさは浸透している。
けれど、それ以外の地域の方々、特に少し上の世代の方々の中には、クジラというと「臭みが強くて、それを消すのに濃い味で煮付にして食べてた」「給食のくじらベーコンがマズかった」等々、「鯨肉=他の肉の代用品」という昔のネガティブな記憶をお持ちの方もいらっしゃるようである。
しかし、今のクジラは、新鮮で、美味い。
まだクジラを食べたことの無い方々はもちろん、過去の経験からクジラに苦手意識を持ってしまっている方々にも、是非鮎川で新鮮なクジラを味わって、その美味しさを知っていただきたいと思う。
結婚指輪の話というタイトルで書き始めたのに最後はいつものように食べて美味しいという話になってしまったが、どちらも幸せな話題なのでお許しいただきたい。
クジラは、幸せを運んでくれる。
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