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[書評]成功例と失敗例でひも解く、ブランディングの世界

本日紹介するのは、日本におけるブランド研究の第一人者である田中洋先生の書籍です。


様々な業種のブランドマネジメントを追体験できる

編者の田中洋先生は、電通のマーケティングディレクターを20年以上務めたのちに学者へと転身し、現在は中央大学ビジネススクール教授としてマーケティング、消費行動、ブランド、広告分野の研究をされています。日本マーケティング協会の会長を務めた経歴もあり、『消費行動論』『ブランド戦略全書』といった著作はブランド論を学ぶうえで欠かせない必読本と言えるでしょう。

本書は田中洋氏をはじめとする9名のブランディングに関わる専門家たちによって執筆され、「ブランドとは何か?」といった基礎的な話、それから様々な業種のブランド事例を取り上げ、その成功や失敗の背景にどのような戦略があったのかを分析しています。

読者の対象は、学生から専門家までと幅広く、事例の業種も幅広いため、自社のビジネスモデルに近い企業のブランドマネジメントを追体験できます。

実際にブランディングやマーケティングに関わる実務者であっても、他業種の事例を体感する機会は少ないため、そこを補足してもらおうという狙いもあるようです。まずは自社の業種に近いブランド事例を探して、そこから読み進めて行くのが良いと思います。


老舗ブランド「三ツ矢サイダー」の事例がおもしろい

三ツ矢サイダーの誕生は、1884年(明治17年)まで遡ります。その歴史は130年以上。日本を代表する立派な老舗ブランドです。

発売当初から大ヒットを記録し、時には宮内庁に献上されるほどブランド力のある飲料として知られていました。

明治、大正、昭和と順調に売上を伸ばしていましたが、太平洋戦争で砂糖の入手が困難になると、その製造を一時休止。再開は、砂糖の統制がなくなる1952年(昭和27年)まで待たなければならなかったそうです。

このように歴史と知名度のあるブランドでも決して順風満帆ではなく、ブランドの存亡を脅かす数多くの危機を乗り越えてきた事実があります。こうした事例を読んでいると、少しくらいの挫折は当たり前だと勇気が湧いてくるのではないでしょうか。

さて、この三ツ矢サイダーは近年も、売上不振の危機に直面していました。1997年の出荷数2,870万ケースというピークを最後に、そこから出荷数は減少し続け、2003年には約1,700万ケースと、6年で約1,000万ケースも縮小してしまったのです。その背景には新商品が次々と生まれる市場の中でどこか古臭いイメージがついてしまい、ブランドが伝えるべきメッセージを見失っていたという問題がありました。

そこで誕生120周年にあたる2004年、アサヒ飲料は「三ツ矢委員会」を発足し、ブランド変革を行いました。その詳細は本書を読んでいただきたいのですが、ポイントとして下記3つの成功要因が挙げられています。

成功要因(1):品質向上に集中
成功要因(2):強みとトレンドのマッチング
成功要因(3):日本的品質の訴求

この中でも特に重要なのが、(2)の強みとトレンドのマッチングだと思います。三ツ矢サイダーは昔から「安心・安全・自然」という品質へのこだわりをブランドのコアに据えていました。それは戦後の広告に「磨かれた水」という言葉を使っていたことからも伝わります。

そこで2004年にリニューアルする際は、改めてブランドの原点である「安心・安全・自然」にフォーカス。その要素を現代のニーズに合わせてアップデートし、フレーバーを果実などの植物由来のものに変更使う水はもっともおいしさが発揮できる「硬度25度」に全工場で統一しました。

新たにエレメントを追加するのではなく、ブランドが持っている強みを見つめ直し、ブランド・エクイティを再評価する。さらに、どのエクイティが時代とマッチしているのかを見極め、時代に合わせてアップデートする。

ブランドの中身をいたずらに変更するのではなく、長年培ってきたブランド資産・コミュニケーション資産を最大限に活かす戦略に、ブランディングの醍醐味が凝縮されているのではないでしょうか。

三ツ矢サイダーは愚直なまでに「安心・安全・自然」を軸にした訴求を続け、世代を超えて愛されるブランドとして、今でもお店の清涼飲料水コーナーの中心に鎮座しています。


 

「BMW」、「セブン銀行」、「揖保乃糸」の成功。そして、失敗事例も

三ツ矢サイダーの事例以外にも、「BMW」、「セブン銀行」、「揖保乃糸」、「R25」など、幅広い業種と領域から全部で10のブランドについて分析・記述がされています。

その中で本書のもう一つのポイントが、失敗事例にも言及しているところだと思います。ブランディングの成功について書かれた本は山ほどありますが、実は失敗について深く知る機会はあまり多くありません。

一昔前、プロ野球監督だった野村克也氏が「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」と発言したフレーズが有名になりました。これはもともと松浦静山が執筆した随筆集『甲子夜話」』の中の一節として知られている名言・格言です。

まさに失敗と向き合う行為に成功へのヒントが隠されているという意味で、非常に学ぶべき点が多い一冊ではないでしょうか。アカデミズムをベースにした本格的な専門書でありながら、インタビューを軸に構成されていてスラスラと読み進められる点もオススメです!


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