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【コーヒー淹れるのたのしいよ】その断末魔を聴け

 単刀直入にいうが、珈琲豆は手挽きが良い。
 おれはこれからコーヒーに関する短い話をする。
 珈琲豆は手挽きがいいが面倒なら電動ミルで挽いてもいいし粉で買ってきても別にいいが手挽きも良いぞという話をいまからする。

これは、私が趣味で出張コーヒー屋とかやってる経験に基づいて、コーヒーについてなんか書くシリーズです。 

 コーヒーを淹れる行程には段階がある。
 ペーパードリップと呼ばれる方法の場合は、焙煎された珈琲豆をミルやグラインダーと呼ばれる道具で粉末状に砕き、ドリッパーと呼ばれる漏斗にペーパーをセットし、そこに砕いた珈琲豆を入れ、90℃程度の湯をそそぐ。
 それでおまえの前に一杯のコーヒーが出来上がる。
 単純に、それだけのことだ。誰でも出来る。だが本当にうまいコーヒーを淹れようと思ったら、行程を愛せ。ラブだ。
 べつにそれがなくてもうまいコーヒーを淹れることは可能だが、ただ漫然と淹れるんなら、自分で淹れる意味はない。 

 出来上がる一杯のコーヒーはたんなる結果だ。
 おまえは大好きな異性とはじめての温泉旅行にいくことになり、列車のチケットを購入し、乗り込むが、着いてからが旅の本番だと思っているため行きの列車ではずっと寝ているのか。そうではないはずだ。駅弁を買ったり、特別な日だからとまだ午前ではあるがビールを買ってみたりして、一杯やりながら到着したらどの温泉を巡ろうかと話しあったりするはずだ。そしておまえはそんなひとときが最高に楽しいことを知っているし、そんなひとときこそ、あとになって幸せな思い出となり、人生のそこここで傷ついたおまえをブーストするガソリンとなることを知っているはずだ。
 行程だ。行程をくまなく愛せ。
 おれの目的はうまいコーヒーの淹れ方をおしえることではない。
 コーヒーを淹れるという行いが相当たのしいということをわからせたいだけだ。
 だから珈琲豆は手挽きだ。手挽きミルで挽け。 

 いいか。まず珈琲豆だ。じっくり焙煎され、はち切れんばかりにふっくらと膨らんだ珈琲豆だ。それを一粒ピックアップしろ。指でつまんだり、手のひらにのせたり、いろんな角度で光にあててみたりしろ。
 その膨らみは、コーヒーチェリーが収穫され脱穀、洗浄の後に、熟練の焙煎人が経験と直感で焼き上げたことによって今そこにある、コーヒーチェリーの最も美しい戦闘形態だ。
 その艶を見よ。まだ抽出する前から既に、焙煎による化学変化によりコーヒーのエレメントがオイルとなりにじみだしているのだ。
 それが珈琲豆だ。おまえの手のひらの上に乗る小さな爆弾だ。
 それを、おまえは、その手で砕くのだ。粉々に粉砕するのだ。
 触れれば弾けて絶世の美味をこの世に放つその直前の――ドレスに身を包んだ美女めいて、繊細にしかし他を魅了するパワーを秘めてそこに存在している琥珀の宝石を、だ。
 おまえは機械にそれを任せるのか。あるいは、初めから粉砕しているものを使うのか。
 手だ。おまえがその手に込めるちからによって、砕け。つまり手挽きミルで、挽け。
 珈琲豆をよく眺めろ。感じろ。昂ぶれ。
 手挽きミルに入れろ。そしてハンドルを回せ。そうすると手にしっかりと珈琲豆の堅さが伝わってくるだろう。さらにちからを加えれば、潤沢な風味を讃えた結晶が砕け、表皮によって隔絶された世界から現世へと、その秘めたるエッセンスが解き放たれるだろう。
 珈琲豆が飛び出さないようにフタ付きのミルを使っているなら、フタを外しておけ。
 珈琲豆の断末魔を聴け。フタをしていると、ごり、ごり、という籠もった音だが、フタを空けると、みし、めき、ぱき、とより生っぽいシャープな音がする。そのサウンドも楽しめ。
 珈琲豆の品種や焙煎度によって、感触はちがう。その差異に珈琲豆の辿った旅を想え。
 そして挽きおわったその瞬間——珈琲豆がその身に秘めたるエネルギーを解放する必殺のバトルフォームたる粉末状へと形態変化したその刹那に、湯を注げ。
 そいつがどんな珈琲豆であったか、どんなに妖艶な肢体であったかを想いながら淹れろ。美味なる琥珀の一撃をかませ。

 そして一杯のコーヒーが出来上がったそのとき。おまえは、それがいったい何を破壊して得た蜜かを知ることが出来ているはずだ。
 ただ、その上で飲むコーヒーが美味いかどうかとかは、おれの知ったことではなく、電動ミルで挽いてもあらかじめ挽いてあるものを買ってきて淹れても、それはそれでうまいと思うので好きにしろ。
 おれはおれの性癖の話をしただけだ。ひとの性癖の話なんてものはその場であげつらって終わりにするくらいが丁度良いため、ここまでの話は全て忘れておまえはおまえの性癖に合うコーヒーとの付き合い方をしていけば良い。

#うそめがねが日記 #コーヒー #珈琲 #コーヒーの淹れ方 #コーヒー淹れるのたのしいよ #手挽きミル #ハンドドリップ #逆噴射文体

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