【コーヒー淹れるの楽しいよ】そのアロマはバトルコマンダー
カラカラン……
客か。何しに来た。ここは珈琲屋だがおまえに淹れる珈琲はない。珈琲とは、おまえ自身が戦況を読み解いて戦う、バトルコマンダーだからだ。
突然アレな感じですが、ぼくが出張コーヒー屋をやってる経験とかを元にして、コーヒーを淹れることについて、なんか書きます。
今までのなんか書いたのはコチラ。▼
「バトルコマンダー」だ。知っているか。かつて、バンプレスから発売されたスーパーファミコンソフトであり、数多ある《ガンダムゲー》――機動戦士ガンダムのゲーム――のひとつであり、荒野を吹きすさぶ硝煙まじりの風を感じる戦略シミュレーションゲームだ。
珈琲の話をおれはする。珈琲の話をするつもりしか無いが、おれの頭の中には今、「バトルコマンダー」のBGMが流れている。「バトルコマンダー」のBGMは、荒野を吹きすさぶ硝煙まじりの風の音だ。あと、銃声、そして遠くに聞こえる爆発音だ。音楽とかは無い。もしかしたらあったかも知れないが覚えていない。
骨太な戦略シミュレーションであり、今で言う、リアルタイムストラテジーだ。基地でガンダムシリーズに登場するモビルスーツ・ユニットで小隊を編成し、出撃。先遣隊を進行させつつ次の部隊の訓練をおこない、編成、出撃。先遣隊と合流、接敵、戦闘――そして敵拠点陥落を目指す。
別に「バトルコマンダー」の話はこれ以上掘り下げない。だが、取説が100ページ近くありその難解なゲームシステムで数々のガンダム好きの小学生たちを絶望させながらも、その骨太さと荒野を吹きすさぶ硝煙まじりの風をドット絵から感じさせるハードな世界観の素晴らしさのことは伝えておきたいし、はっきり言って、冒頭でも言ったが、珈琲は完全にバトルコマンダーであり、「さてどのような珈琲を淹れようか」と考えているときのおれの頭の中にはあの荒野を吹きすさぶ硝煙まじりの風の音と、銃声、そして遠くに聞こえる爆発音が聞こえている。
ブリーフィング
おれは先日、クラシック音楽をやる知り合いの依頼を受け、コンサートのケータリングで珈琲を淹れた。その体験が相当にエキサイティングであり、珈琲を淹れることの面白さを再認識したのでそれについて少し話す。
事前にコンサートのテーマなどを打ち合わせ、イメージに合わせたブレンドを作成し、挑んだ。
珈琲のブレンドとは、焙煎した珈琲豆の産地特性や焙煎度合いに由来する風味を組み合わせて任意の味をつくる、相当おもしろいおこないだ。可能性は無限であり、無計画にまぜると珈琲豆の個性がしに、おれもしぬが、うまくハマったときは、ひとつの強大なちからとなり、飲む者におそいかかり、圧倒する。
そしてブレンド作りのポイントは、テーマを決めることだ。このバトルコマンダーの戦略会議はもう始まっている。
まず、コンサートでは、情熱的な愛をテーマにした歌曲が演奏される。珈琲の味のイメージも明るい酸が特徴のフルーティ&フローラルなものが良いだろう。そして、演奏にじっくり耳を傾けながら飲むことになるため、何度もカップをくちに運ぶよりもひとくちの余韻が長く続くほうが良いだろう。
主役は音楽であるが、そこに珈琲の香りを付随させ、歌曲の持つアトモスフィアと心地よさをブーストする。
そういう狙いでいく。
おれの編成した小隊(ブレンド)はこうだ。
【前衛】エチオピア シダモ――ハイロースト(中浅煎り)――5割
【中衛】コロンビア マグダレナ スプレモ――シティロースト(中煎り)――3割
【後衛】ブラジル樹上完熟――フルシティロースト(中深煎り)――2割
口に含んだときにまず最初に来るのは、前衛のエチオピアだ。煎りの浅いエチオピアは素晴らしくフローラルな香りで、風味にはさわやかな甘酸味があり華やかだ。これがこの珈琲の全体の印象を決める部分であり、このファーストアタックが相手の装甲を通らなければそもそも勝利はないため、非常に重要な部分と言える。
そして中衛のコロンビアはこのブレンドのボディを決める非常に重要な部分を担う。ボディとは味の厚みであり、ここにどのような珈琲豆を使うかによって、いわゆる重層的なコクがある珈琲なのか、スッキリとライトな珈琲なのかが変わってくる。今回は、コンサートの脇を支える珈琲を目指すため、歌曲にパワーに吹き飛ばされない程度の安定性を持ちながら、しかしエチオピアの軽快でフローラルなアサルトを妨げないバランスを考え、このコロンビアを選んだ。
また、コロンビア スプレモ系の持つ、ある種の中庸さは、単体でもとてもほっとする風味でおれは好きだが、ブレンドに使用するときにその真価を発揮すると思う。個性の強い珈琲豆同士をとりまとめる能力に長けるため、本当に良い仕事をする珈琲豆だと言え、こういうやつがいる小隊は生存率が高い。
最後は後衛のブラジル樹上完熟だ。後衛は、前衛・中衛の援護も担うが、それよりも、アタックのあと、場を自陣として占領する役割がある。つまり余韻だ。
珈琲をくちに含み飲み込んだあと、ふわりと香る余韻――後味は、このブラジルが決めると言っても差し支えない。コンサートの傍らにある珈琲として、「長く続く余韻の中で歌曲をたのしむ」というシチュエーションを作りたく、この部分には注力した。
ブラジル樹上完熟は、凝縮感のある風味を持ちながらクセが少なく、他の珈琲豆の風味を損なわず、むしろ際立たせながら余韻を延長できるため、非常に優秀な珈琲豆だと言える。殿(しんがり)が優秀であれば、その行軍は非常に効率的に成果を挙げることができる。
そうして編成した小隊を、狙い通りの戦略を展開できるよう微調整し、実戦に挑んだ。
出撃
そしてコンサート当日だ。
ブレンドの出来は上々。しかし、それだけでは勝利できない。強力な作戦遂行能力を持つ小隊を持っていても、采配を誤れば、敗北し、荒野の風に舞う砂塵と化す。
問題はこのブレンドをどう淹れるか。ここで発揮せねばならぬのはハンドドリップのタクティクスだ。
コンサートでの提供ということによる特殊条件がある。それは、開演前と幕間の休憩に注文が集中するということだ。
おれは日々のトライ&エラーにより、珈琲を美味く淹れるための自分なりの戦略を確率している。
珈琲のドリップにおいて味を決める要素はいくつかあるが、今回意識すべきポイントを列挙すると――
・珈琲豆の挽き目(粉砕した珈琲豆の粒の大きさ)・湯温。・抽出時間。
――といったところだ。他にも要素はあるが、割愛する。
これらの要素を狙った味を出すために微調整するわけだ。今回作ったブレンドの場合、おれの思うベストな戦略は――
・珈琲豆の挽き目――中粗挽き(やや粗め)・湯温――85℃(やや低め)・抽出時間――4分(長め)
とくにポイントとなるのは、湯温と抽出時間で、ぬる目のお湯でじっくり時間をかけ抽出することにより、雑味(珈琲豆の持つエグみ。バッドな味)が出るのを抑えつつ、美味しいエキスのみを限界近くまで取り出すことが出来る。
これで湯温だけ高いと、過度な抽出により、苦すぎてしまったり酸っぱくなってしまったりするし、逆に抽出時間だけ短すぎると、単純に味の薄い珈琲になる。
しかし、舞台はコンサートだ。幕間の短い休憩時間にいちいち時間をかけて珈琲を淹れていられないことはわかっている。ならばどうするか。
・珈琲豆の挽き目――中挽き(やや細かめ)・湯温――95℃(やや高め)・抽出時間――2分(やや短め)
とする。これにより短時間で十分にそのブレンドの美味しいところを選択的に取り出すことが可能となる。
なら「初めからそうすれば良いのに」などとおまえは思うだろうが、ものごとには理由がある。リロード時間を限りなくゼロにしつつスピーディかつ正確に目標を撃ち抜くのは簡単ではない。
高めの湯温で短時間で淹れる。それだけだが、それだけじゃない。わかるか。本来コーヒーのハンドドリップは時間がかかる。それは戦況を冷静かつ的確に捉えつつ、着実に進軍することが最も効率的に成果を挙げる方法だからだ。焦って功を急ぐ者は、判断を怠る愚者を待ち構えるスナイパーにとって的でしかなく、辿る未来はヘッドショット死だ。
だが、そこをなんとか、短時間でいく。
それには、決断的な覚悟と、めまぐるしく変わる戦況に遅れを取らず状況判断を行えるようニューロンをブーストすることが必要だ。
要は、気を抜くな。
接敵
さあ注文が入った。コーヒーミルのモーターは回り始め、戦闘が始まる。渇いた風が吹く。いい香りだ。
まずは蒸らしだ。少量の湯を注ぐ。珈琲粉の反応をみろ。ここで10秒だ。焙煎後間もないため珈琲豆の挽き粉は、高温の湯に反応し内部に保持した炭酸ガスを放出し、ドーム状の膨らみが生まれる。20秒。時間はない。だが焦る必要はない。注いだ湯がゆきわたるのをじっくり待つ。30秒。そうすれば、準備が整う。抽出のためのバトルフォームは整った。40秒。そこからは、突撃だ。自分と小隊を信じるのみだ。時間は短い。だが、しっかりと抽出できる。決断的な「蒸らし」により突破口は開いた。蒸らしによる豊満なドームの中心に、さらに湯を注いでゆく。1分。蒸らしがキマっている場合、あとはスピーディに湯を注いでもしっかり味がでる。湯温も高めであるため、コクもしっかりと出る、1分30秒。だが、まだだ。焦りは禁物だ。一定のペースを保つ。抽出量に注意だ。珈琲豆が美味いエキスの限りを出し切るまで待つ。だが、深追いは禁物だ。雑味というトラップは、いつも欲張りを喰うべくその先で待ち構えている。2分。だから、そこでストップだ。目標の抽出量を確保した。ドリッパーを外す。
そして、一杯のミッションをやり遂げ、芳醇なアロマ発する珈琲が出来上がった。
通常より短時間で抽出したが、タクティクスがハマり、かつ正確に完遂した場合、そこには最小限のロスで魂がノる。
そして、カップに移して提供する。
リザルト
コンサートは、素晴らしい演奏と温かい拍手と共に、無事に終わった。
珈琲も多くのオーディエンスに提供することが出来たし、もらった感想はおおむね良好であった。
これは相当に価値のあることで、そのときのことを思い出している今も、ハイになる。与えられたミッションの中で最適な作戦を練り、実行に移し、成功するのは、相当に気持ちよく、最高にビールが進む。
もちろん珈琲の味なんてものは、ともすれば曖昧で、まるで本のようにそれを読み解こうとしなければ全く意味をなさないものでもあるが、なればこそ、それによって相手の心をほっこり侵略せしめるために巡らすタクティクスと、それを完遂出来たという実感が得られる経験には価値がある。
荒野を吹きすさぶ硝煙まじりの渇いた風は、〈珈琲を淹れる〉というタフなバトルコマンダーのBGMであると同時に、本気で珈琲を淹れるおれと、それを本気で受け止めようとする相手との間に生じる、芽吹く前の幸せの気配でもある。
珈琲は、珈琲を淹れるというおこないは、やはり、おもしろい。
おもしろいから、おまえもやれ。
どんなかたちでも良い。そんなマジにならなくたって良い。だけれども、楽しめ。〈珈琲を淹れる〉というおこないは、おまえが既にプレイしている人生というタフなバトルコマンダーをほんのちょっぴり良い香りにしてくれるだろう。
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