お風呂の鏡は娘のキャンバス
お風呂にある鏡はバスタイムには曇るので、4歳娘のキャンバスとなる。
娘、まぁお風呂に入りたがらない。でも、先に入ってぼくが曇った鏡に指でお絵かきして、
「ほら見てみ! これ何の絵でしょうか?」
とかやると、脱衣所でまごまごしていた娘がぱっと興味を示したような顔をして、
「え? もしかしてピーチ姫?」
とか、
「なんでバクダンの敵(ボム兵)かいてるんかーい!」
とかノってくるので、
「こっち来ていっしょにお絵かきしようよ」
と誘うと、なかなか入らなかったお風呂に、すっ、と足を踏み入れてくれたりすることもある。
脱衣所から浴室への娘の一歩は、この世の数多ある一歩の中で最も価値を持つ一歩だ。まじで。
ただまあ上記のやりとりも、たまたまそのときうまく行っただけで、大抵は、
「おふろ、いーやーや! ねーむーたーい-!」
となって、ぼくは(えーもう! どうしよう?)と途方に暮れるのが常であり、だからこそ、娘とお風呂に入ることの達成感は甚だエグい。
まあそれはそれとして、お風呂に入った娘が最近やることのひとつが、湯気にくもった鏡でお絵かきすることだ。
これまで様々な絵を描いてきた。
キュアワンダフルに、キュアフレンディ。スーパーマリオのキャラもたくさん描いていたけど、一番多かったのはピーチ姫の絵だ。
4歳の小さな指をうごかして、大きな目に長いまつげ、ハートの形の前髪と3つの宝石が嵌め込まれた王冠を描いていく。
どの絵もむちゃんこ可愛いのに、換気をしたら消えてゆく。保存できないのがもどかしい。バンクシーはここにいる。
で、もっと最近になると、文字を書くようになってきた。
「とうちゃん、ピーチひめってどんな字かくん?」
と訊いてくるので、ぼくが鏡に、“ピーチひめ”と書くと、
「これやったらわたしも書けそうやわ」
と言って、娘も文字を真似して書く。真似してるのにずいぶんいびつなのが最高に可愛い。
というか。
娘が文字を書いている。
遊びの世界からやってきた異世界人である我が娘が、我々のよく知る文字を書いている。
文字なんて日々当たり前のように使ってるけど、こうして娘が書いてるのを目の当たりにすると既存の価値観がぐらっとゆらぐ。
文字は意味を伝達するためのものだと思っていたが全然ちがった。
文字は、次元と概念を異にする存在を無理矢理こっち側に連結させるやべぇコードだ。
要は(うおお、すげえ!!)と思ったので、浴室の扉を開けリビングにいる奥さんに向かって、
「ねーねー! ちょっと来て!」
と呼びかけて、
「娘ちゃんが字書いてるで。ピーチ姫って」
と教えてあげる。
「わぁ! すごーい!」
「な、ほんまに。なんか感動するわぁ」
これが永劫残る石版とかだったら良かったのに。しかし実際にはお風呂の鏡を指でなぞった、明日には消えてる儚い軌跡だ。
でもそれが故に良い。
つい最近引っ越して、お風呂に鏡がついてるのみて、お風呂って鏡いる? って思ってたんだけど、いるわ。楽しいわ。
読んでいただきありがとうございます!!サポートいただければ、爆発するモチベーションで打鍵する指がソニックブームを生み出しますし、娘のおもちゃと笑顔が増えてしあわせに過ごすことができます。