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K-POPのデザイン15: aespaのアシッドグラフィックス

2020年にSMエンターテイメントからデビューした aespa は常に前衛的なビジュアルを作ってきた。デザイン面におけるアイデンティティのひとつに、アーティストロゴに象徴される「アシッドグラフィックス」がある。この文脈に触れながら、aespaまわりのビジュアルを振り返りたい。
前回の LE SSERAFIM ブランディングにあったような整合性やロジックは一切ない、ただその瞬間でカッコいい表現だけでやってきた感(ストーリー設定はあるが誰も理解できない)。これこそがK-POP、SMの真骨頂。

アシッドグラフィックス

サイケデリックな3DCG、極彩色、鋭利でクロマティックな質感の書体、そして装飾的に使われる文脈のない日本語。
アシッドグラフィックスは、90年代に流行したアシッドハウスやクラブでの奇抜なフライヤー文化が、高品質なモックアップ(=製品を物撮りしたかのように見せかける編集可能な画像ファイル)の普及で大量発生した架空作品のカルチャーと結びつきリバイバルされたムーブメントで、2019年よりInstagramでグラフィックデザイナーにより本格的に盛り上がりはじめた。

デザイナーLuigi Bruscianoが2018年から収集し始めたアシッドグラフィックス @acidgraphix

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Next Level

アシッドグラフィックスを体現してきたaespaのビジュアルにおいて最高傑作といえるのは『Next Level』ではないか。2021年当時、現在のY2Kブームのように時代を先取りするかと思われたこの前衛的なビジュアルは、完成度が高すぎるがゆえに未だに後を追うものはいない。。いかにしてこのビジュアルが生まれたのか。

2020年秋、最初の解禁情報としてメンバーWinterのデビューティザー写真が公開された。このビジュアルの世界観は、アーティストGrimesのクリエイティブディレクターでもある写真家・ビジュアルアーティストのBryan Huynh氏の作品に酷似しているとのちに物議を醸した(SMアートディレクターの個人Pinterestに作品がリファレンスとして保存されていた事も発見される)

https://www.instagram.com/p/Bypy7MHFKhP/

実際こうした盗作騒動はK-POPにおいて稀ではないが、デビュー2作目である『Next Level』でまさかのBryan Huynh本人がビジュアル制作を担当することに。ちなみに彼とともに作品を作り続けてきた3DアーティストのRodolfo HernándezとスタイリストのCece Liもチームとして参加している。
完成後「私の夢は自分のRPGをデザインすることだった。これは私なりのファイナルファンタジーと言ってもいい」と語られるほどに、第4世代だけでなくK-POP史においても異彩を放つビジュアルが誕生した。

デビュー時のティザービジュアルもBryan Huynhの世界観を模倣したとしても、上の『Next Level』ビジュアルの3DCGの緻密さや実写部分の特殊効果やレタッチなど、VFXの完成度はさすが本家としか言いようがない。撮影ビハインドの様子を視聴してから改めて完成版を見てもらいたい。

もし万が一SMが前作デビュービジュアルの火消しとして引用元である彼らと共作したという経緯があったのかは不明だが、結果として世の中にこんな大作が生まれたのだから正直結果オーライだったのでは。

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マキシマリズム・アンチデザイン

アシッドグラフィックスとともに台頭してきたのが、マキシマリズム(=最大主義)やアンチデザインという概念だ。それはシンプルで明快であることが望ましいというようなヨーロッパ中心主義的なグラフィックデザインに対するアンチテーゼであり、ミニマリズムの背景にある排除的な歪みに対抗しようとする考えだ。
デザインシステムやテンプレートの普及、無料アプリによって、素人でも簡単にオリジナルデザインを作ることが出来るようになった今、グラフィックデザイナーが目立つために、ましてや実験的・革新的な試みの最前線にあったフライヤー文化から来るアシッドグラフィックスでは、もう一度そのルールを破ることに注目するのはとても相性が良かった。

今日の韓国グラフィックデザインを紐解くと、韓国を代表するデザイナーであるナ・キム氏がかつてオランダで巨匠カレル・マルテンス氏に師事し、90年代の留学生が帰国して台頭してきたように、多くはヨーロッパに傾倒してきた背景がある。
そしてそのヨーロッパの伝統的な流れを、アジア特有のプロダクト嗜好と印刷文化に独自融合してきたのが近年までのK-POPデザインの基盤だ。
これに対して、大手事務所でありながら常にカウンターパートを担ってきたSMそしてaespaを筆頭に、コラージュやグリッターなテクスチャが多用されるY2Kコンセプトでもマキシマリズムは重宝される。

第4世代のY2Kコンセプトに強いデザイナーchoisubin(suuub services)

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スタイリング

SMアーティストの最大の魅力は衣装にあるが、中でもここまで見てきた攻撃的で幻想的なaespaのスタイリングのアイデアの源は、K-POP界トップスタイリストの一人であるWOOK KIM氏と、ブランドでは特にLa Luneと32DAWNによるものが大きい。そしてガールクラッシュコンセプトのアイドルやビリー・アイリッシュ御用達のSKOOT APPAREL。

特にLa Luneに関しては多くの特徴的なステージ衣装を手掛け、コンサート衣装はWOOK KIM氏との共作である。32DAWNはクロマティックなグラフィックが具現化したような独特で大ぶりなアクセサリーでSuperMなど他のSMアーティストでも多用されている。

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シーズン2

2019年にアシッドグラフィックスを初めて網羅的にまとめたAIGAの特集によれば、その賞味期限は5年と語られすぐそこまで来ている。
"アンチ"という手法は模倣されやすく、マキシマリズムは怠惰に奇抜なグラフィックをたくさん並べただけのものになりかねない。人々はそれに飽きてしまうのだという。

それはaespaでも例外ではない。デビュー作からブラックマンバ【Black Mamba】と遭遇し、追ってKWANGYAへ【Next Level】誘われ、捕獲し【Savage】そして撃退【Girls】からの終焉というアバターの世界観を徹底してきた。
それに最もマッチする形でアシッドグラフィックスを選択してきたが、最新作『MY WORLD』では、KWANGYAからリアルワールドに戻り未知の異常現象を体験するシーズン2が展開される。それに合わせてタブロイド誌BREAKING NEWSを模したビジュアルでやっと普通の4人が見られる。

SMの先輩グループEXO(=宇宙から地球に不時着して記憶を失くした12人という初期設定)同様に、デビュー当時の世界観が今後フェードアウトしていき、無事にリアルワールドで彼女たちが活躍することがあっても、aespaがアシッドグラフィックスをK-POPのメインストリームに持ち込んで大衆化したという功績は、それこそ賞味期限が切れて風化してしまった10年後にでも再評価されるであろう。

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次回

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