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K-POPのデザイン14: LE SSERAFIMのアイドルブランディング

K-POPグループのブランディングについて考える時、最も入念に準備され矛盾なく機能していると言える事例は、LE SSERAFIMではないだろうか。実際に世界3大デザイン賞のうちの2つ「Red Dot Design Award 2022」と「iF DESIGN AWARD 2023」においてそれぞれブランドコミュニケーション部門で賞を獲得していることもそれを証明している。
ブランディングを行った韓国のブランドデザインコンサルHuskyFoxの資料を紐解きながら、デザインの視点からLE SSERAFIMを改めて見てみたい。

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Visual Identity

一般的なブランディングの概要として、企業や組織・団体、ブランドが自分たちの事業内容や社会的価値、理念を言語や視覚表現で表明すること。これをビジュアルアイデンティティ(以下、VI)と呼ぶ。VIのプロセスに沿ってLE SSERAFIMを見ていくと、、

まず "LE SSERAFIM" という名称は "I'M FEARLESS." という文をアナグラム方式で入れ替え作った造語。世の中の視線に動揺せず、恐れずに前に進むという意志が込められており、デビュー前に事務所との話し合いの中で見つかったメンバー達の共通点である野望・強さに由来する。アナグラムによってオリジナルの意味を持ちながらブランド独自の新しい価値を付与できる上に、造語であることで検索のしやすさ・類似性の回避もクリアされる。

VIにおけるロゴにはロゴタイプ・シンボルマーク・タグラインの構成要素がある。「ロゴタイプ」とはフォントを含めたブランド名。「シンボルマーク」とはブランドを図で表現したもの。「タグライン」とはブランドの普遍的な信念を伝えるスローガン。※タグラインに対してキャッチコピーは個々の商品・サービスを販売促進することが目的

左:名称のトリックでもあるアナグラム
右:偏見や人の目を気にせず自分たちの道を切り開く「I don't give a shit.」

そのシンボルマークだが、これはアナグラムと「I don't give a shit.(=私は気にしない)」という2つのコンセプトを下図のように落とし込み、文字の変遷を強く太く記した大きなバツ印になっている。

ここまで見てきてこのVIで秀逸なのは、上図バージョンのロゴにおいて、"IM FEARLESS"はシンボルマークであるアナグラム表現の一部だけではなく、タグラインとして機能もしているという点だ。

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Regulations

VIを作る中で特に重要なのがレギュレーションおよびガイドラインの策定である。一般の企業であれば、このレギュレーションを指針として必要なアセット(名刺、封筒、ウェブ、製品など)の作成に役立てることができる。

既存のブランディング作法にあてはめると「自由・確信・野望」というビジョンを体現するために「潔さ・唯一無二・ボールド・頑丈・パワフル」というデザインプリンシパルが設定されている。
これはいわばデザイン面における「LE SSERAFIMらしさ」とは何かである。それをデビュー時に明確にしクリエイティブチームが共有することで、今後どのような世界観・スタイリングのカムバックがあっても、誰がMVを監督しても、彼女たちの芯がブレず表層的ではないアウトプットを続けられる。

ボディーコピーでは「Ringside」という書体が共通して使用されており、ロゴタイプはそれをベースに独自に調整されているため既存書体ではない様子。フォントの太さもデザインプリンシパルに従いボールドなものを使用 https://twitter.com/lesserafimfonts/status/1522094314431557632

企業的なブランディングでは、事業内容や事業価値を表明する旗印としての役割がある一方、社員に対しては企業・組織の帰属意識や一体感を作る役割も持ち、社内のコミュニケーションにも機能する。
これをK-POPグループに置き換えると、それはもちろんファンダムコミュニティでの連帯感である。ファンダムにロゴがあること自体は珍しくないが、それがアーティストロゴと連続的もしくは対となるよう設計されたVIであるということは、BTS同様にHYBEのお家芸と言えよう。

公式色「FEARLESS BLUE」星の最も高い温度を表現した色相

余談として、現在までの彼女たちのMVやステージでの衣装は、ブランディングに呼応するかのように意図的にシンプル・無地・白黒なものが多く、これもレギュレーションのひとつと言えるのではないか。飽和していくガールズグループとコピーアンドペーストされ続けるスタイリング競争に距離を取り独自路線をいっている。ただし同じ『FEARLESS』でも日本語ver.のMV(写真下)は市場戦略なのか差別化されている。

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Growth Story

2022年デビューから FEARLESS → ANTIFRAGILE → UNFORGIVEN というタイトルでミニアルバム・アルバムを出してきたLE SSERAFIM。それぞれ活動期にはシンボルマークをモチーフにした新しいロゴが公開されてきた(仮にこれをブランドロゴと区別してカムバックロゴと称する)

それぞれのカムバックロゴにおいてデビュー作「FEARLESS」では前述したグループ起源となるアナグラムの軌跡を示し、「ANTIFRAGILE」では試練に向き合いより堅くなる内面の物語性を、陶磁器の不完全性を受け入れることで割れた部分をそのまま表現する"金継ぎ"で示した。デビュー直後に1名の脱退を経験し、残されたメンバー数と同じ5つの破片が金継ぎによってより強固に結束しなおしている様が見て取れる。
最新作「UNFORGIVEN」にはタイトル曲の前奏曲である『Burn the Bridge(=背水の陣を敷く)』とアルバム最後の『Fire in the belly(=野心)』に通ずる火のモチーフが採用されている。

そして毎回タイトル曲のMVの最後には次回作を示唆するキャッチコピーが恒例で表示されるように、それぞれのカムバックが単発の独立したものではなく「I'M FEARLESS.」のもとフェーズの成長を感じさせる。
こういったカムバックを超えた物語の繋がりは、TOMORROW X TOGETHERのチャプターごとにストーリーが進む『The Dream Chapter』シリーズ、aespaのストーリーテリング・コンテンツ『SM Culture Universe』など他のK-POPグループにも存在する。

ロゴモーションでは金継ぎの破片はなぜか6つに変更されている。余談として熾天使してんしを意味するキリスト教神話のセラフィム(=Seraphim)説がある。セラフィムは6枚の翼を持ち神への愛と情熱で体が燃えているとされている。デビュー時は6人メンバーであったため、ANTIFRAGILEのカムバックロゴの破片が5つだったことがむしろイレギュラーだった可能性もある。

しかし、ここに入念に用意されたVIを掛け合わせることでLE SSERAFIMブランドの真価は発揮され、物語性のあるロゴモーションは完成する。デザイン面においてシンプルでありながらK-POPというカムバックごとの世界観表現に特化したジャンルでも通用する強固な物語性。前述したCLEAR, BOLD, STRONGというデザインプリンシパルがうまく機能している。

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Design Assets

前述したように、カムバックごとに様々な世界観で魅了するK-POPというジャンルである。そんな世界でスタイリングやビジュアル展開の豊富さと天秤にかけた時、LE SSERAFIMのように強力に統一されたブランディングというのは選択肢を狭めるようで、どうしても牽制されがちでもある。
しかしVIがシンプルで明確な信念を持つことで、ノイズを減らしシンボルマークを世の中により浸透させ、以下の非言語なコミュニケーションであってもグループを体現することができるようになっていく(が、結局はこれはHYBEという巨大な母体だからできる力技な気もする)

とはいえ、下はアパレル展開した際のポップアップストアの外観とその製品だが、非言語なシンボルマークのみだけでなく、ロゴタイプのみでも製品展開していく関係性は、ちょうど現代のアパレルハイブランドの流れと重なるし、前述した彼女たちが選択したシンプルなスタイリングの必然性が製品にも現れる。(メンバーをイメージしたアパレル展開は、他のグループもノベルティグッズレベルではあるが、デビュー1年で本気でアパレルやってくるはTEAM WANGも想像してなかったろう)

https://twitter.com/elsserafim/status/1650851527421202432
CLEAR, UNIQUE, BOLD, SOLID, STRONG を体現した今K-POP界で最もシンプルなペンライト
アナグラムの前後をパッケージのミシン目構造にするのヤバすぎる

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NU KIM + HuskyFox

これまで説明してきたLE SSERAFIMのブランディングを制作したのは、韓国のブランドデザインコンサルであるHuskyFox。BTSの『Love Yourself』シリーズ、TOMORROW X TOGETHERの『The Dream Chapter』シリーズなどのブランディングなども行う。これらの事例全てに共通するのは、作品の第一印象がアイドル本人のスタイリングではなく抽象化されたビジュアルコミュニケーションである点。そのあたりがクリエイティブ部隊を社内に置き、どうしてもスタイリングファーストになりがちなSMエンターテイメントには無いHYBEレーベルとブランドコンサルのタッグの強みだろう(自分の個人的な好みは断然SMなのだが)

また上位で全体を統括するクリエイティブディレクターには、これまでBTSを担当してきたNu Kim名義で知られるKim Sung Hyun氏が参加している。
Nu Kim氏とHuskyFoxのタッグは、ロゴ刷新などを伴う2017年のBTSリブランディングに始まったと思われる(制作は連合会社のPlusX)。
Nu Kim氏が指揮を執ることもさることながら、明確なグループビジョンやカムバックを超えて統一されたパッケージデザイン、タイトルごとのスローガンの打ち出し方、前述した呼応するファンダムロゴなどから、デザイン面で見ればLE SSERAFIMはBTSの正統継承に位置するというのは暴論だろうか。

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次回

昨年末、Numero TOKYOさんでK-POPのデザインについて書かせていただいた記事もご覧ください。noteは3年ぶりの投稿になりました。。次回以降も気長にお待ちください。


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