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「虹獣(コウジュウ)」1章:リルト 1話:緘黙(カンモク)

あらすじ
「棄てられた獣の子供である主人公が虐待された獣の大人と出逢う。人間との関わりや様々な生物との関わりを経て、生きるという事を真摯に葛藤していく。」
全6章40話で完結


 ある夏の夜。いつもと変わらぬ風景。そんな中を一匹の母犬と一匹のその子供が、道の端を小走りに急いでいた。
「リルト。まだ走れる?」
母犬は走りながら後ろを向きリルトの様子を伺いつつ、そう小声で叫んだ。リルトは走る事に精一杯の為か、どう答えていいのか解らなかった為か、ただただ黙って頷いた。それを確認した母犬は「しっかり着いて来るのだよ」と言わんばかりに、耳を後ろに向けつつも再び前を向き走り続けた。リルトはそんな母犬の後ろ姿を見ながら黙々と走り続けた。

 二匹の白い獣はどれだけ走った事だろう、辺りが薄っすらと明るくなってきていた。閑静な街に辿り着き小さな物置小屋を見付け、そこで休息をとろうと思った母犬は、耳を立て周囲を警戒しながら、ゆっくりと匂いを嗅ぎつつ物置小屋の安全を確認し、入口の隙間から中へと入って行った。リルトはひどく疲れたのか、母犬に従って物置小屋に入ると同時に一気に脚を折り曲げ座り込んでしまった。それを見つめていた母犬は、
「食べ物を探してくるからね」
と小声で力強く伝え、少しの間をおいてから物置小屋を出て行った。リルトはそんな母犬をぼんやりと見つめながら、中にあった箱へと寄りかかっていた。
「どこ?……」
リルトは生まれて間もなく、ただただ母犬に着いて来た。生まれた所はどんな所だったのだろう?この物置小屋は何なのだろう?そんな事が、ぼんやりとした頭に浮かび無意識に呟いていた。母犬は食べ物を探し、匂いを頼りに近くのゴミ捨て場へと来ていた。ゴミ捨て場で細かな匂いを嗅ぎ分けている時に、リルトのいる物置小屋へと何かが近付く足音を感じ取り、急いで物置小屋へと向かった。リルトはウトウトとしてきていたが母犬の唸る声で目が覚めた。

リルトはゆっくりと静かに立ち上がり、恐る恐る物置小屋の出口付近から外を覗いた。母犬の尻尾が見え、後ろ姿が見え、そして母犬の前に大きな何かが一匹居た。初めて見る人、初めて見る人というもの。何とも言えない戸惑い、何とも言えない好奇。母犬はただただ唸り、その人を威嚇し続けている。その人は困惑した内情で物置小屋の前から去っていった。母犬はその人が去ってからも警戒を解かず、少ししてからリルトの方へと歩み寄り、
「リルト。もう大丈夫だからね」
と少し荒い声でリルトに語り掛けた。リルトは母犬からそう言われて、何が大丈夫なのだろう?と不思議に思った。リルトは直感でさっきの人は善い生き物だと感じていた。母犬が何故さっきの人を威嚇していたのかが不可解だった。そして初めて出会った人という生き物への好奇心。そんな複雑な心境のリルトであった。

 そうこうしている内に何かが静かに近付いてくる足音が聴こえ、さっきの人が戻ってきた。その足音が聞こえると同時に、母犬は再度警戒心を強め低い声で唸り出した。その人はさっきと違って手に何かを持っていた。リルトはその何かから好い匂いを感じ取ると同時に食べ物だと感じた。思わず駆け寄り、その食べ物を食べたいと思ったが、母犬が無言でリルトの事を制していた。そんな母犬とリルトを見て、その人は手に持った物を地面に置き、そっと後ろへ、一歩、一歩、と八歩程下がった所で近くの石の上へと腰を下ろした。母犬は相変わらず警戒心を維持したままであったが、その後ろでリルトは「食べたい」という欲求に駆られ我慢が出来なくなり、跳ねる様に走り出し食べ物の所へ勢いよく飛び出してきた。そして母犬の事も、その人の事も忘れ無我夢中で食べ物を頬張り始めた。そんなリルトを唖然と見つめている母犬、ただただにこやかな表情で見つめている人。幾らかを食べ余裕が出来たのかリルトは母犬の方を向いて、
「ママは?」
と無邪気に言った。それを聞いて我に返った母犬は、リルトを制止出来なかった事、人に対する嫌悪感、その人が差し出した食べ物、それを食べてしまったリルト、と複雑な心境であったが、無邪気なリルトに触発されてか警戒心を少し弱め、
「ママは大丈夫だから、食べなさい」
と優しくも淡々と答えた。その返答を聞いてか聞かずしてかリルトは黙々と食べ続けていた。

 食べ終わったリルトは「食べたい」という欲求が満足したのか、今度はその食べ物をくれた人に抱いていた好奇心から、その人へと近付き匂いを嗅ぎ出した。この生き物はどんな匂いがするのだろう?そして、その人の手の先を本能的に舐め出した。舐められたその人は軽く口を開けて笑みを浮かべ、けれどもリルトの事をどことなく寂しげに見つめていた。そんなリルトとその人を見ていた母犬は「この人は大丈夫そうだ」と感じ始めていたのと、それ以上に疲弊した心身の奥底で、何かに頼りたく思っていたところがあり、その人自身も独り身であった為、共に過ごし始める事となった。



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