青い鳥の小さな恋の物語

太陽の下、飛んでいた。もう随分と、長い間飛んでいた。もうじき……いや、今すぐにも地面に足がついてしまいそうなくらい、僕は太陽の下で飛ぶことに疲れてしまっていた。どこか疲れた翼を休めるところはないかな。あまり心地いい疲れではないのだけれど、もう限界なんだ。太陽から、少しでもいいから、逃げられる空間。太陽の熱さからじゃなくて、太陽の存在から。

(太陽にはかなわないよ……。太陽ほど自分の命を燃やさないことに劣等感を抱く心が、僕の翼を重くする。大きな存在の前で朽ちる事が恐ろしい。太陽と張り合うのは気力のいることで。僕はもう太陽の下で飛べない……)

降り立ったところは、足を焦がすような熱いコンクリートの上。追い詰めるものが遠くにいってたことで、小鳥は自分の視界が広くなった気がした。こうして世界を見てみると、命授かったものが皆、太陽へ顔を向けて自分の命を燃やしていることがわかる。都合の良いことしか受け入れようとしない小鳥の瞳にもはっきりわかった。

(太陽と輝こうとするのだろう。太陽の下で、生まれたからだね。でも、どうせかないっこないよ。諦めたらいい、僕のように……。知らないままの真実は、絶望に変わる前に切り捨てた方が身のためだと、知ってしまってから学んだ僕が言うんだ。自分が大切なら、そうしなよ。……なんてね、一人だけ弱く命を燃やす事が、心細いだけ。
光が痛いな。苦しいと全て灰色に映ってしまう。勿体ないじゃないか。折角の夏の景色も僕は寂しい。まるで冬の空の色。鮮やかだが暗い僕の青い羽根に対象的な明るさは、一体に落ちているのだろう……。
乾いた僕が踏み出すとそこには、潤いの一滴も無くて。握っていた筈の氷の欠片は、いつの間にかなくなってしまった。結局、その氷の欠片は僕の涙ったのかな……?)

歩く力も使い果てて、立ち止まったコンクリートの真ん中。対象な黄色。落ちてはいなかった。堂々と咲いている。灰色の世界に黄色を帯びた一筋の光が[newpage]小鳥を照らした。灰色が瞬間的に実際の色を取り戻していく。小鳥を中心として。
小鳥は、かわいた道の片隅にある、その光の元へ近寄った。小鳥の正面にいたそれは、とても美しく。しかし、小鳥が逃げてきた太陽の姿によく似ていた。驚いた。太陽と同じように輝こうとするものなら、歩いてきた道の途中でいくつもあった。だけど形まで太陽と同じになろうとしているのは彼女が初めてだ。太陽に向かって咲き、太陽を追いかけて咲き、太陽と輝き続けて咲く彼女は、驚くほどに果てしなく幸せに満ちた顔をしている。そんな彼女に、小鳥は疑問と興味を持った。

「ねぇ、君はどうしてそんなに輝くんだい?太陽になかわない事は分かっている筈だろ。存在が悲しくならないの?」

小鳥がそう聞くと、彼女は笑って頷いた。

「輝く理由は簡単で、輝きたいから。それ以上、求めようと思わないわ」

 太陽から逃げてきたら、太陽から逃げない存在と出会ってしまった。

 あまりにも欲がない君。世界を希望と可能性に満ち溢れていると、賛美できる君。僕にない思いを生み出す君。だから僕は、こんな君に惹かれるのだろうか?大きい光にも臆せず、小さな光ながらに輝こうとする君の心が、僕の存在を芳しくするから……。すでに太陽と張り合うことを諦めている僕は、君に比べると尚更格好悪くて、弱く命を燃やす。

「君はすごいね。僕は逃げてしまったというのに……。それは君が強いからなの?」

「私は強くいようと望まない。弱いからこそ、強い太陽を追いかけようと努力ができるの」

 誇らしげに太陽を仰ぎ、僕に語った君の言葉は上辺は感じられなくて、素直に受け止めた。追いかけようとするだ。例え追いつかなくても。僕は君が羨ましくて、君には追いつきたいと思った。それこそ、例え追いつかなくても……。君と僕ではきっと向き合っている現実が違うんだ。命が見つめる先には、誕生の際に浴びた光の根元。太陽があった。

「太陽に似た、君の名は?」

「向日葵。ひまわりって言うの。あなたは?」

「僕に名は無いよ。ただ太陽を避け飛び回り、ここで力尽きた滑稽な小鳥さ。でもこんな僕にも自慢はあって、歌が歌える声があること。一曲いかがな?君の為に歌うから」

「まぁ、それは本当に嬉しいわ![newpage]私は歌を歌ってもらうことなんて無かったから……。聞かせて頂戴」

小鳥は歌った。彼女は嬉しそうに聞いていた。

(歌で思いを伝えることは難しいかもしれないけど、僕はこの時、歌に込めるんだ。君は、求めようと思わないと言ったね。だけど、この世界に生まれ落ちた命が皆、天秤にかけた時、同じ重さを示すなら。君はもっと存在の価値を求めるべきだよ。そうでなきゃ、僕が欲張りになってしまう)

それから小鳥は目覚める度に、彼女に話しかけた。歌を歌うと、彼女が喜ぶから、よく歌を聞かせてあげた。輝く元気が出てくるのと、微笑んだ彼女に照れくさくて、背を向けた小鳥のために、彼女は葉で太陽の光を遮ってくれる。優しいことは、優しい心から生まれることを証明してくれる様だった。

(太陽が見えない日だって、僕は太陽を探して。

それは僕の気持ちを知ってる上での行為なの?君は少し意地悪だ……。僕だって追いかけてるよ。君の心に辿り着きたい。でも君は決して、立ち止まってくれないだ。夏が過ぎるのより早く光りは元に返る。何度抜かれてしまったか、僕は覚えていないよ。僕も光だったことすら……)

月が半分かけた日。心なしか太陽が悲しそうに、西に沈もうとした日。いつもの光景は、小鳥の瞳には映っていなかった。

「私は今日、沈むわ……」

彼女が、小鳥に言った。太陽に似た花。小鳥の隣で咲いていた花。

(待って、まだ枯れないで!!聞きたいことがあるだ!……君は、太陽に追いついたの?僕は、君にも追いつけなかったよ……)

小鳥は、彼女に問う。彼女は答えた。

「いいえ。私は結局、太陽には追いつけなかった。でも、もういいの……。太陽の前で朽ちることは恐ろしい。太陽の近くにはいなかったけど、一生懸命、輝いていたもの。だけど、そう……輝く事に一生懸命になれたから。これは、諦めではなく。諦めないで努力した自分を、ここまで誇れた!当たり前のことなのかもしれないけど……、無駄じゃないと、残すことができた。それで生きる意味としては、十分なの」

顔は垂れていて、表情は見つけられなかった。だけど僕に君を察するのは、既に容易いことであった。か細い呟き、花びらを一枚、また一枚と茶色に染めていく君は、まだしっかりと命の灯火を握っている。まだ僕の声が太陽と共に沈んでいってしまう前に……僕が君に贈れる言葉は、変われた僕の本心だ。

(ひまわりよ、君は美しい。君の輝きに平等な、君の心さえも……。君の名前を知ったと同時に、太陽を感じる煩わしさは、夏の微かに湿った風に溶け込んで、秋の太陽を連れてきた。飛び立つことを臆していた僕に、飛び立った後の幸せをを教えてくれた……。命の終わりまで、夏の景色限りなく。君の生き様は、眩しかった。僕は君が好きだ。ありがとう、僕の……、僕の小さな太陽……。ずっと覚えているよ。君がいた夏の道。僕に香る、君の柔らかく黄色い花びらを……)

彼女は頭を小鳥へ向けて、微笑みながら、燃やしていた命の火を消した。彼女は最後の最後まで、小鳥の心に救いの手を差し伸べて、太陽と共に地平線へと沈んでいった。
長い夏の中にあった、小鳥とひまわりの短い夏。それは確かに、時の流れに思いとして刻まれた。夏の夕暮れの悲しく切ない、誰かを引き止めたくなる気持ちの衝動は、おそらく思いの面影が心にかすから……。
小鳥は飛び立った。そして自慢の歌をのせるのは、人影のいなコンクリートの隅で夏の色をどっていた一途な光。太陽によく似た、向日葵という花。

END

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