#007 『こころ』/夏目漱石〜きっと,心の「穴」はずっと大きく空いたままなんだろうな
高校生の時に初めて『こころ』を読んだ.
教科書に掲載されていたのは「先生と遺書」の章だけだと知って,学校の帰りにまっすぐ書店に行って新潮文庫を買った.
そうして小説の冒頭から改めて『こころ』を読むことになる.
「私はその人を常に先生と呼んでいた」
この冒頭に立ち戻って読む瞬間こそ,『こころ』の価値を感じさせる時だ.
多分,小説を読むことの魅力に触れた初めての経験になったんだと思う.
大人になった今,なお一層鋭敏に感じるものがある.
その感動,感覚を言葉にすることは簡単ではない.
正直言って,少し震えるくらいだ.
懐かしい香りを思いがけず嗅いだ時の,何かが溢れてめまいがするような気持ち.
作品自体が一個の生命で,心を持っているとする.
その心を僕は知っていると思う.
その心と確かに繋がっていると思う.
それと同時に,永遠に遠く隔てられているという強い感覚に包まれる.
「淋しい」という気持ちに心臓をつかまれるような感じがする.
作品の中から「先生」の声が聞こえてくる.
「先生」は読者である僕に話しかける.
「あなたは物足りない結果私の所に動いて来たじゃありませんか」
そうだな,と思う.
長く生きているとよく分かる.
「恋」も「淋しさ」も同じだ.
何か心の欠損を埋めたいと願って,ウロウロして生きている.
仕事をして,恋愛をして,家族を作って.
趣味に没入して,人と話して,何かを探している.
でもきっと,心の「穴」はずっと大きく空いたままなんだろうなと,どこかで知っている.生きている限り,ずっと空いたままなんだろうなあ.
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?